第231話
「でしたら、我が国はその提案には賛同できませんな」
「しかし、以前の被害が残っている現状、お互いに協力を惜しむ必要は無いと思うが」
「いやいや、今は良かれど、将来的な禍根を残す可能性を少しでも排除するのは当たり前の話。特にもはや安寧という言葉が意味をなさないこの時勢においては尚更」
「我が国は内陸であるが上海軍を持たぬ故に。そのような提案を呑んでしまうと国防に必要な兵力まで貸し出さなければならないことになる。ここはさきのはなしでひなく、地を見つめ、現状回復を優先するべきだと愚考するが」
南大陸の各国がお互いに牽制し合っている。何故こんなことになったかと言えば、ポーソリアルのような国がまた攻めてきたときのために、あらかじめ防衛拠点を作り敵国撃退の橋頭堡にしようという議題が話されていたからだ。
各大陸の国々が各々兵力を出し合い、特に海岸線を重点的に防御する構想なのだが……南大陸の国々は立地的に魔王軍による侵攻が起こっている時もそれほど被害がなかったため、以前から続いている小競り合いによる鬱憤の重なり合いが解消されていないのだ。
よって、別の大陸の目があった連合軍ならまだしも、南大陸だけで構成することになっている防御陣地を築くために自分の領土に隣国の兵を入れたくない国々が反発しているのだ。少しでも隙を見せれば、内側から国が喰われてしまうという恐れを抱いている各国首領を見ると、それだけ根の深い問題なのだと改めて知らされる。
他にも、ファストリアの民主制移行案をポーソリアルと絡めて批判されたり、エンシェントドラゴン族の動向注視について賛否意見が分かれたりと議題ごとに全然落ち着く暇がなく、結論を先延ばしにしてとりあえず無理やり意見を出させ集約するだけの一日目となってしまった。まあ初めての国際会議な訳だし、この場での発言の瑕疵等は外には持ち出さないと誓約書にサインもさせているのでこんなものだろうという感じだが。
「ーーーーそれでは、本日の会議はここまでとさせていただきます。また明日午前より再開させていただきたく存じます。この後には会場を移し舞踏会を兼ねた親睦会を開催致しますので、もしご都合がよろしければご参加いただけますと幸いです。私のような立場の者が申し上げることではありませんが、意見の相違はあれど、共に鞍を並べた仲間。和気藹々とした雰囲気の中で進む話もありましょうし、円滑な議題の処理の為にも参加していただく事をお勧めいたします」
宰相閣下による一時閉会の言葉をもってこの場は閉められる。キュリルベクレ閣下の仰るとおり、今日一日は殆どずっと険悪な雰囲気であった。俺のせいも多分に含まれてはおろうが、このままでは平行線上の議論が延々となされるだけなのは目に見えている。まだ一日目であるし、軌道修正もやろうと思えば出来ないことはないので、パーティという場で少しでも和やかな雰囲気なら当てられ各国首脳の態度が軟化することを祈るだけだ。
「みなさま、第一回五大陸国際会議記念パーティは一刻後であります。それまで暫しご休息を」
その締めの言葉は、パーティ会場でもこの空気が改まらないことを予見してのことなのか、それとも単純にゆっくり準備して大丈夫だからねという意味なのか。
ただ一つ言えることは、この場にいるものは皆散会しても動きが重たくそうそう簡単に解消されるような蟠りでないことを表しているということだ。
「それにしても、まさか国軍指導官の任を解かれてまで管理職の大変さを味わうことになるとは……」
「仕方ないわよ、もうヴァンは一国に匹敵するだけの戦力をたった個人で有しているのだから。歩く惑星破壊爆弾みたいなものなのよ? 警戒しない方がおかしいと思うけど」
「ベルはどっちの味方なんだっ」
「わ、私は旦那様の味方ですよっ?」
「えへへっ♡」
正論をぶつけるベルの一方、サファイアはあくまでも俺をたてる方針らしい。思わず頭を撫でてしまったが、ドラゴン族お得意の幻影魔法がなければその可愛らしい長さの尻尾がブンブン振られていることだろう。
「むぅ」
と、そんな俺の胸にグリグリと頭を押し付けてくる女勇者様。その姿を見た各国代表団の半分は苦々しげな顔を、もう半分は複雑な表情を浮かべている。人類の希望であり象徴である勇者が一人の男にデレデレと甘えている様子がどうにもしっくりこないのか、それともやはり俺が相手だからなのか。どうしても今日の会議を聴いていて、自分の責任だと言われているように感じられて仕方がない、ここは宰相閣下のおっしゃっていた通り気持ちを切り替えなければ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
「ええ」
「かしこまりました」
一人落ち着いた様子のエンデリシェも伴い、当てられている客室へ。
因みに今回の会議に際して王都に別荘や住宅を持つ貴族たちがこぞって誘致合戦を行った。魔王軍もほぼ壊滅状態でありなおかつポーソリアルという一先ずの脅威が去った今、今度は
ーー北大陸という"人類未開の地"が人間の手に渡った以上、当然開発競争が始まるわけで。いかにしてそこの利権に食い込むかを皆で競っているのだ。強国を誘致できた貴族はもちろん、小国であっても思わぬ産業需要によって一気に上り詰められる可能性もある。そこらの見極めをし領地や親族に富をもたらすのも貴族の務めだ。
また、王国が民主化した後それぞれの国と友好を結んでおけば、国内でも国外でもいち早く優勢を保てる可能性がある。例え貴族派王党派などと名乗っていても、同じ仲間であるはずの別の貴族家と仲良しこよしをしたいわけではない。利害の一致という一点が崩れ去ればそれはすなわち敵となるのだ。
「おお、お待ちしておりましたぞ! ヴァン=ナイティス……いや、マジクティクス閣下とお呼びしなければならないかな?」
「おやめください、侯爵閣下。今まで通り騎士爵で結構ですよ。それよりも当分お世話になります」
「なになに、いいのだよ。それよりも、例の話はどうなっているのかね?」
「はい、それなのですが……「ーーベルさん!」実は、ってえっ?」
王都に別邸など持っていない弱小貴族の俺たちが部屋を借り受けているのは、ピラグラス侯爵邸。いち早く手を差し伸べてもらえたので、王党派としての閣下の思惑は別としてありがたく使わせてもらうことにしたのだ。断るのも怖いし、かと言ってあまりおんぶに抱っこも怖いところだが、こればかりはどうしようもない。むしろ王党派の中でも少し遠巻きに見られている俺たちを受け入れてくれるだけありがたいというものだ。
そしてそんな館の主人と話をしていると、ある少年が声をかけてくる。
「おお、来たか!」
「あっ、申し訳ございません! お話中でありましたか」
「こら、ブラウン! 失礼だろう!」
「いやいや、いいのですよ男爵。ようこそお越しくださいました」
「いえ、こちらこそお世話になります、閣下」
それは、あのブラウニーくんと。そのまま何年か歳をとった雰囲気を持つダンディなおじさん、それにその中間くらいの青年、最後に妙齢の女性だった。
話の流れから推測するに、あの方達がブラウニーくんの家族ーーバーゲッド男爵一家なのだろう。どうやら彼らもここに泊まるようだがでもどうしてここに? この館がいくら侯爵仕様と言っても部屋数は有限、侯爵は他国の要人を案内する気はなかったのだろうか?
「紹介しよう。こちらがかの有名な勇者様、ベル=エイティア嬢。そしてその夫であるヴァン=ナイティス卿だ。そしてそちらにいらっしゃるのは、もうご存知であろうが元皇女殿下であらせられるエンデリシェ様。さらに、ナイティス卿の第三夫人であるサファイア嬢だ。サファイア嬢はなんと言ってもかの伝説の生き物であるエンシェントドラゴンの直系であるという。全く、ヴァン殿は素晴らしいお身内に囲まれているな、心底羨ましい」
「いえ、そんな。ご紹介に預かりました、ヴァン=ナイティス騎士爵であります。バーゲッド男爵閣下でよろしかったでしょうか?」
「ええ。こちらは正妻の息子二人、そして正妻だ。ブラウンには随分と目を掛けてもらったらしく、感謝している」
男爵は頭を軽く下げる。
「部隊長として部下の命を守るのは当然です、そんな謙る必要はございませんよ」
などと、会話を交わしながら応接間に案内される。未だ疑問に思うこともありながら、この場は引っ掻き回すようなタイミングじゃないと自制をし、そんなこんなでパーティの時間まであっという間に過ぎていったのだった。
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