第232話
ーーーー数ヶ月前、ヴァンたちがポーソリアルを撃退した頃、とある大陸とある土地にて
「まさか、ポーソリアルまで跳ね除けられてしまうとは」
「あれほどまでの力を持つ人類など、我々の組織が相手取ってきた中で間違いなく一番だ!」
「しかも、今回はあの神の使いまで出しゃばる始末。想定外が重なり過ぎもはやコントロールは不能と言わざるを得ないところまで来てしまっている」
そこでは、真っ暗な空間の中で計五体の異形の生き物が五角形の辺を一席とする形の宙に浮く机を用い会議をしている。
「しかし、戦力の逐次投入はあの方の方針。何を考えていらっしゃるのか……」
「おい、不敬だぞ! そのような発言は慎みたまえ!」
「だが、事実は事実だ。このままではジリ貧と言わざるを得ないだろう」
異形達はそれっきりしばらく黙りこくってしまう。
「ともかくエックスアイアイもクロスワンもやられてしまった。計画通りであれば、次に出るのはスラッシュダブルだが。残念ながらお前があいつ相手に一人で勝てるとは思えない」
会議に参加しているうちの一人が、数メートル下の眼下にある床に跪く者を睨み付ける。
「お待ち下さい」
自らを見下ろす複数の上司から視線を向けられた部下ーースラッシュダブルはしかしその発言を否定する。
「なんだ、申してみよ」
「はっ。
「なに? それはつまり我々の想定不足、この組織が敵を甘く評価し見誤ったせいだというのか!?」
出席者の一人が怒りだすが、スラッシュダブルはあくまでも冷静にさらに言葉を紡ぐ。
「ええ。相手は人間という枠を完全に超えています、それも勇者と呼ばれる歴代の超人達をも。もはや怪物という括りで扱うほかありません」
「それほどまでなのか……こうなれば、カオスの再始動を要請するしかないのでは?」
別の上司は顎に手をやり今後の展望を見通そうとする。
「いやしかし、あの方は未だカオスの再出動許可を頑なに拒否されておられる。どのような理由かも語られることはないこの現状、下手に駒を動かすのは危険だという証左なのでは?」
議論の対象は、突如現れた超能力を持つ少年の対処法から、次第に自分たちの主の最近の動向へと移る。
「…………ここは、動くしかないだろう」
「動く、とは、つまり?」
「我々がーー統治会議のメンバーが出向くのだ」
「「「なにっ!?」」」
その提案をした者に、視線が一瞬にして集中する。その殆どが驚愕で染められていた。
「あまりにも危険だ! これ以上の被害をもたらせば、我々に課せられた使命を、神を裏切ることになるやもしれんぞ!?」
「だが、そうなったら所詮この組織はそれまでだったということ。行くも地獄、行かぬも地獄。では、せめて一縷の望みに賭け暗闇を突き進むしかあるまい」
リーダー格が断言する形で反論のさらに反論を述べる。すると、会議場は重苦しい空気に包まれながらも、少しずつそれとは別の使命感のようなピリリとした緊張感が漂い始めた。
「……では、折衷案ということで、スラッシュダブルに加え我々のうちの一人が出向くことにしよう」
「うむ、賛成だ」
「賛成」
「賛成である」
「賛成です」
「賛成と言うほかあるまい?」
「皆様、ありがとう存じます。このスラッシュダブル、必ずや組織のお役に立って見せましょう」
そして、この場は締め括られた。
★
「へえ、これまた凄い人だなあ」
「ええ、会議場にはいなかった人たちも来ているもの」
国際会議に利用している大広間ではなく、この城の近くにある広大な敷地を贅沢に使って新たに建てられた迎賓館を用い、今回の記念パーティーは行われている。これは城の空きスペースを潰して新たに設けられた区画を丸ごと建物にした所で、その中の会場となっているメインホールの広さは城内の大広間の何倍もあるのだ。
建設が始まったのは魔王軍を最初ベルが倒した直後くらいであり、当然戦後ということで批判もあったのだが、レオナルド陛下の私財やエンデリシェの薬を売った代金などで賄われており殆ど税金は使われていない。せいぜい行政手続き程度だ。
また、表立って公表はされていないものの王党派貴族による支援も投じられており、この迎賓館自体が貴族派に対する牽制のような物体になっている。本格的な利用はこの国際会議の日程が終了してからとなっているため、この一週間はプレオープンみたいなものだ。
噂によると、今まで存在しなかった大使館的な建物もファストリアのリードにより各国に建てる計画があるらしく、それに伴う王都の大規模な区画整理まで検討されているとか。流石に今すぐは無理だろうが、それでもそう遠くないうちに新たな王都の姿を目にできるかもしれない。
で、そんなパーティ会場には、ブラウニーくん他低位の貴族も参加しており、会議の時よりも何倍もの人が一堂に介してるため、ぶっちゃけ建物の広さとかあんまり感じられないくらいだ。
「いたいた、おい、ヴァン!」
「ん? ジャステイズ! 昼間はすまなかったな」
「いや、いいさ。僕たちも南の方の首長たちには少し思うところもあるからね。やはり魔王軍との戦いにそれほど関与していなかったせいで、いまいち他国との連携というものの重要性を認識できていないみたいだ」
「まあまあ、それはそれ、これはこれということで。あまり聞かれないようにしないと」
「あはは、そうだね」
相変わらずキザな笑顔を浮かべ頭に手をやる帝国の皇太子殿下。
ジャステイズは複数の婦人を持ったことにより、ついに立太子することになったのだ。それもこの会議が終わって殆どすぐらしく、また俺が転移でこき使われ、それによって色々な目で見られる未来が今から簡単に予想されるな。
「ジャステイズ、お義母様よ」
「ん、本当だ」
そしてそんな未来の皇帝の視線の先には、ちょっと未来の皇后陛下の"母親"が。
「おー、あんたらこんなところにいたんか。全くくたびれてもうたわ……確かに呪国は今まで全然交流らしいことはしてこんかったけど、でもいきなりバッと寄って来られるのも怖いわ。それにこの身体はヒエイの姿なわけやし、女としてもちょっと複雑やんなあ」
幻覚魔法で"ヒエイ陛下"の姿を採り、ヒエイさんやエンジュさんを快復させる方法が見つかるまでの間の代理をしているブラドラが珍しく口を尖らせて愚痴を言う。
「ですが、呪国はこれから必ず発展していく国。今のうちに『唾をつけられておいた』方が後々得なのでは?」
「簡単に言いよるわ、皇太子はんも。弱小国家は一度飲み込まれてしまったらもう二度と独立することも出来ひんねんで。まあ今回は自ら属国になったわけやから、帝国に文句を言うわけにも行かんねんけどね」
宗主国であるフォトス帝国の皇太子であるジャステイズは、今や実質的にヒエイ陛下の上司に当たる。だがその嫁さんの母親はヒエイ陛下とブラドラなわけで……や、ややこしや〜〜
「あ、皆様、こんばんは!」
と、そんな話をしているところにまた違う国の代表が。
ミュリーと、その父親であるゴードン=エク=ゾグス=バリエン陛下だ。ゴードン陛下は相変わらず蓄えたままの長い白髭を揺らしている。
「久しぶりだな、勇者殿とそのお仲間よ」
「ええ、その節はお世話になりました」
俺たちが記憶を失った後運び込まれたのがバリエン王国だったわけで。ベルはその時に面会して以来の再開となるかな? 因みに俺は各国同様転移魔法で迎えに行ったりしていたので既に顔見知り程度の仲ではある。
「ああ、バリエンのおっさんか、久しぶりやなあ」
「うむ? そなたは確か、エンジ呪国の」
「そうや。元気そうで何よりだ」
「そちらも、壮健なようで。そういえば、娘さんが結婚なされたのでしたな、これはおめでたい」
「ありがとう存じます、陛下」
ジャステイズが素早く代わりに礼を返す。こういうところは流石だな。
「うむ。我が国も、娘が最近惚気を出していて親としてどう接すればいいのか困っているところだ」
「おおお! お父様!!」
「ハッハッハ!」
ミュリーは途端に顔を真っ赤にして慌てた様子。親の前ではドルーヨに引けを取らないくらいの普段冷静沈着な様子の彼女もことこの手の話になるとめっぽう弱くなるようだ。
「そういや、そのドルーヨは?」
「はい、今はあちらでお食事を。ドルーヨさんと出会ったので二人で話し込んでいるようですよ」
「そうなのか、なかなか見ない組み合わせのようにも感じるが」
仲が悪いわけではないが、その二人っきりというシチュエーションが頭の中に思い浮かばないのだ。俺だけかもしれないが。
「ーーーーみなの者、お待たせした!」
すると、そこに会場いっぱいに声を響かせる人物が。ホスト国の元首であるレオナルド=パス=ファストリア陛下だ。
「これより、記念パーティを開催する! なお今回は立食かつ舞踏会方式になっている。休む場合は控えの間を用意してあるので、そちらの座席にて」
そうして、礼儀的な拍手が止むと穏やかな音楽が流れ始めた。
「うむ、それでは我々はここで。ミュリーはもうしばらくここにいていいのだぞ?」
「では、お言葉に甘えて」
「わっちも食事をとってこよかな? また後でな!」
「はい、どうぞごゆるりとお楽しみください」
ゴードン陛下とヒエイ陛下が連れ立ってこの場を去る。見たところ知った仲のようだが、どこで交流があるのだろうか? やはり同じ東大陸でかつ立地も近いために何回か顔を合わせたことがあるのかもしれない。呪国は長らく鎖国をしていたはずなのだが……他国のこと、この場ではあまり詮索しない方がいいだろう。
「それでは、僕と一曲」
「ええ、喜んで」
すらりと流れるような動作で正妻を誘ったジャステイズが、ホノカを連れてダンスエリアに。それを見たエメディアは何も言わないが、その雰囲気は明らかに頬を膨らませていますよと言いたげだ。後で宥めるのが大変だろうが頑張れジャステイズ!
「ねえ、ヴァン?」
「うん?」
「はい」
すると、ベルが俺の腕を軽く突き、手を差し出してくる。
「そうだな。ベル=マジクティクス王妃殿下、どうぞ一曲」
「うふふ、喜んで♪」
そして俺たちは連れ立ってジャステイズ達の後をついて行くのだが……サファイアやエメディアがそれを見て実際に大きく頬を膨らませていたと知るのは、踊り終わってその場に戻ってきてからなのだった。
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