第52話
翌日、正式にエンデリシェ様にお断りを入れ、俺はベルという女性だけを愛すことに決めた。王女殿下は悲しんではおられたが、でも二人の愛、特にベルの気持ちを尊重して文句を言うこともなく恋の争いからは早々に身を引いた形だ。
尚、転生したことについては今後また詳しく話す機会を設けることにしている。ベル曰く、今はとにかく俺との関係が深いものであるということを理解してもらうことが第一に必要だということだった。なので殿下もこの関係に割って入るのは難しいとお考えなのだろう、ベルの手札はライバルに対して使うにはあまりにも危険かつ大きなものであったわけだ。
「んじゃあ、ヴァンはこれからまた国軍の指導なのね」
「ああ、魔王が消え去ったとはいえ、魔王軍の不穏な動きを掴んでいるという情報も入っている。ベルの方こそ、残党の討伐に出かけるんだろ?」
「そうなの、せっかくヴァンと共に過ごす時間ができたのに、二週間も経たないうちに再び旅に出掛けさせられるなんて残念。でも、これも私のやるべき仕事であり使命でもあるから、文句は言ってられないわね」
「流石だなベルは、その強い心があるからこそ、勇者に選ばれたんじゃないのか?」
「婚約者が浮気してもめげずに面倒を見てあげているんだから、そうかもね?」
「うっ、それはごめんってば」
「はいはい、でも本当に私がいないからって余計なことしないでよ、ただでさえ女性に流されやすい性格なんだから」
「気をつけるさ……」
やはり百パーセントの信頼を得る、のは難しいらしい。先日叱られた時には俺という人間に対する信用と、俺の行動に対する信用は別物だと言っていた。ならばその行動でベルのことをもう裏ぎったりはしないと示さなければな!
「それじゃあ」
ベルは別室で待機している仲間たちの元へと歩き去っていく。
「俺も戻るか」
国軍兵士が集まる宿舎へ戻ると。
「これは、ヴァン様。お探ししておりましたよ」
「うん? 何か用事か? 訓練ならこれからちょうど始めようとしていたところだ」
魔の危機は敗れ去ったとはいえ、ベルが出向かなければならないように、人々にとっての脅威も一緒にすぐさま消え去るわけではない。いまだに魔物が村を襲ったという報告が上がってきているし、それに残党による企みも気になるところだ。
ベルも以前テナード侯爵の反乱の際、カオスがどうとか言っていたし。
「はい、それなのですが、本日をもってヴァン様の国軍指導官の任は解かれました」
「……は?」
「異動です」
「異動、ということは他の仕事を任せられるということか?」
「はい、左様で。詳しくは陛下が自ら勅命を下されるということですので、大事な仕事を任されるのではないでしょうか? いやあ、その若さで国王陛下からも信頼を置かれているとは流石です」
「グアードは俺のことを買いかぶりすぎだ。そこまで持ち上げなくてもいいんだぞ?」
「いえ、私も最初のうちは近衛たちのように生意気な態度を取ってしまっていましたが、その力の一片でも知った暁にはどのような者もひれ伏してしまうのは当たり前というものです」
本人の言う通り、元帥という立場にあるグアードは、俺が指導官に就任した当時はそれはもう俺のことをスラム街のネズミを見るかのような扱いをしていた。
だが兵士たちをチートでバッタバッタとなぎ倒し、その後何度もかかってくるグアードを失神するまで叩きのめした結果、国軍全体が俺のことを尊敬半分恐れ半分といった態度で見てくるようになったのだ。
そして当のグアードといえば、俺のことを師匠と崇め始めて。流石にそこまで遜られるとこちらもやりにくい面はあったが、彼の立場も国では相当上なため、パイプを繋いでおくに越したことはないと考えて好きにさせているのだ。
「俺は別に、皆を奴隷のように扱う気はない。ただ、陛下から頼まれ、またプリナンバーの嫡男として世間に態度を示さなければならないこともあってこうしているだけだ。俺自身勇者にはなれなかったが、その勇者の後ろで国を守る兵士を育てる力はあると自負できるつもりだ」
「ヴァン様……」
40過ぎの髭を生やしたおっさんにキラキラした熱い目で見られるのも気持ち悪く感じてしまうが、国軍のトップの尊敬を得ている点については悪い気はしない。俺だって、出世欲が全くないわけじゃなく、人並みに華やかな人生を贈りたいとも考えているのだ。
「じゃあグアード、国軍の方は任せたぞ」
「はい、仰せのままに!」
ビシリ、と敬礼をした元帥殿に礼を返し、謁見の間へと向かう。
「おお、待っておったぞヴァン=ナイティスよ!」
部屋の中には、勇者パーティがカーペットの横に並んで待機しており、他にも軍関係の者たちが幾つか同席していた。
「ははあっ、国王陛下におかれましては、その凄腕に一人の臣民として常に感服しております」
「前江上などよい、時間の無駄である。今更そのような美辞麗句を並べ立てられたところで、私からお前への評価は上がりも下がりもせん」
「はっ、失礼いたしました」
「さて、お前を呼んだのは他にもならん。魔王軍の残党狩りを手伝ってほしいからである」
「ははあっ……? 残党狩りを、でございますか」
「うむ。もう今更紹介するまでもないだろうが、こちらの勇者パーティと共に世界各地を回り、いまだ燻る戦火の火種を完全に摘み取って欲しいのだ。その為に、我が国からもまた同盟国からも幾人かの手練れのものを潜伏先と思わしき地域にだしておる。そこまで大袈裟なものではなく。間諜、というまで魔王軍の規模があるわけでもなし、あくまで情報収集の為の組織の再利用だ」
この王国には、いくつかの同盟を結んでいる国がある。互いに共存共栄をした方が相互利益になると判断してのことだ。魔王軍が蔓延っていたとはいえ、隙をついて関係の良くない国が攻めて来ないとも限らない。
殆どの同盟国はプリナンバー家系が在籍している所であるが、逆にいえばそうでない大国などは常に仮想敵国となる。世界広しという言葉は異世界にも通じる。人類皆手を取り合ってといかないのはどこであっても変わらないらしい。
「俺にこの国をで、ベルたちと共に世界を旅せよと」
「うむ、何か不満が?」
「いえそんな、陛下の仰せとあればたとえ世界と果てまでも向かって見せましょう」
俺を拾ってくれたのは他でもない、目の前に座るレオナルド=パス=ファストリア国王陛下である。
一年前、勇者が自分ではないと知って失意の底にいた俺の力を見出し、その権力を持って兵士たちを指導してくれと担ぎ上げてくださったのだ。
元々プリナンバーとして、ナイティス家と交流があった為、俺の状況のことも知っていたという。
結果として、こうしてベルと会いやすい立場になった為、指導官になったことは悪いことではないと思う。ただ、一年経ったというのに元々国軍の上にいた近衛騎士団を筆頭に未だに俺の存在を不快に思う人がいるのが残念ではあるが。
俺の存在は独立職でありなおかつ国王陛下直下の組織という名目でもあるので、近衛騎士団が国軍の上にいようと俺の上にいるわけではない。その状況がなおさら今の歪な軍の空気を作り出してしまってもいるのだが……俺がいなくなれば、少しは気も楽になるんじゃなかろうかといらぬ心配をしてしまう。
「それでは決まりだな。早速、明日勇者パーティを送り出す催しを開く。その場にお前にも立ち会ってもらいたい」
「はっ」
そうして、俺の王国出征は決まったのだった。
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