第53話



「ヴァン!」


「ベルか」


 夜、宿舎で収納魔法と生活魔法を使い部屋の片付けをしていると、勇者の戦闘服から私服に着替えたベルがやってきた。


「大変なことになったわね」


「まあ、そうだな」


「本当についてきてよかったの?」


「ああ、構わないさ。世界のためだし、なによりもベル達の助けになるなら本望だよ」


「本心なの?」


「ああ、そうさ」


 それに陛下から頼みを聞いた時、ついに俺も旅をして異世界らしい冒険を、(パーティとはいえ)勇者らしい人助けの旅をできるとワクワクしてしまった。

 いくら大丈夫だ、もう気にしていないと自分に言い聞かせ他人になんともないフリをしていても、心の奥ではいけない感情が燻っていたのだろう。

 それも今はなく、晴れやかな気持ちでいっぱいだ。勿論、まだまだ苦しんでいる市井の民は沢山いるだろうから、気を引き締めて仕事にかかるが。


「……ヴァン、なんだか楽しそう?」


「え?」


「もしかして、冒険の旅に出られるのが嬉しいの?」


「なななんでそんなことを」


「あれー、やっぱり。私に遠慮して平気なフリをしていたけれど、実はやっぱり結構勇者になりたかったんでしょ? 隠す必要はないわよ、ヴァンの気持ちは全部私が受け止めてあげるし、辛い時も悲しい時も頼ってくれていいんだから。その代わり私も同じ分だけ頼らせてもらうけどね」


「ベル……ほんと、今更だけど俺なんかには勿体無い女性だよ」


「ちょっとヴァン、今のは言っちゃダメでしょ?」


「え?」


 ベルはいきなりプンスカと頬を膨らませ抗議する。


「それって、ヴァンのことを見初めた私のことも馬鹿にしていることになるよね? 貴方のことを選ぶ女性は見る目がないって言ってるのと同じなんだよ、そういう謙遜はしちゃダメ」


「そ、そうなのか」


 知らなかった、本当に俺なんかのことを好きになってくれたのが不思議なくらいできた女性だと思っただけなのだが。

 前世でも今世でも幼馴染じゃなければ、出会うことすらできなかった可能性が高い。


「恋人っていうのは、一方が一方を好きなだけじゃ意味がないんだよ? お互いに尊重しあって、相手の気持ちを慮って。そりゃ時にはぶつかることもあるだろうけど、そういう壁も乗り越えていくのがパートナーってもんじゃない?」


「うん、そうだな。正にベルの言う通りだ。俺が悪かったよ、自分のことを不必要に悪く言うのはこれからはやめる」


「そうそうそれでいいのよ。あっ、でもまた変なことをした時はきっちり反省してもらうからね? もうあんなことはしないって信じてはいるけれど」


「わかっているさっ、信じてくれと言ってすぐに百パーセントは無理かもしれないが、心を入れ替えたのは事実だ。ベルだけが俺の好きな女性、愛したい異性であるのだから」


「その言葉覚えておくからね。それじゃあ今日はもう寝ましょう」


「そうだな。明日も朝早いし」


 朝は国軍やらに対しての身内向けの挨拶。昼は民衆に向けての挨拶。夜は一部階級に限定した場内でパーティだ。

 俺たちの親も来てくれるはずだったのだが、両家とも用ができてどうしてもいけないと連絡があったので今回は顔を合わせることはできないようだ。ならば転移魔法でと思ったのだが、逢いたい気持ちはあるけれど邪魔してはいけないとベルが言うので諦めたのだ。


 彼女の持つこの魔法はオリジナルの魔法だ。どうやらベルもそこそこの魔法創造能力を有しているらしく、戦闘において使える小技のような魔法も多く有している。但し俺のように本当の"クリエイト"が使えるわけではなく、努力で魔法を作ってしまった本物の天才なわけだが。


 それに加えて、歴代の勇者は戦いの中でただ単にステータスが上がるだけではなく、俺が持っているような幾つかの固有能力、つまりは俺の表示できるステータスでいうところの『ギフト』や『覚醒』を手にいれていたらしい。


 ベルの場合は、『この世に存在するあらゆる魔法を使うことができるようになる』という"全魔法適性"の『ギフト』と『掌から闇を消滅させることのできる強大な光を発することのできる』"一撃必殺"という『覚醒』の二つだ。

 全魔法適性については俺のように完全に一から創りだすことができるわけではなく制限があり、元々この世界に存在する又は存在していた魔法(とその法則に準ずる新たに創造された魔法)以外は使うことができない。

 どうやら厳密には世界に存在する魔法の記憶とやらにアクセスできる能力ということらしく、彼女はその情報をもとに正に自力かつ独学によって様々な魔法を習得していったわけだ。


 オリジナルの魔法についても、元々ある魔法同士を組み合わせることにより創ることができるのでどうしても制限がかかる。

 なのでこの世に存在しないまさに次元の違う魔法であるらしい"ステータス"の魔法は使えないため俺のように自分の力を数字で客観的に測ることは出来ないが、それでもそこらへんの戦士よりは何倍も力を有しているのは間違い無い。

 また転移魔法については過去にそういう魔法が存在したが、今は使える人がいないということになっているみたく、ベルはそれを使えるように努力をしたというわけだ。


 なのでその精神力や攻撃力は頼りになるし、これからの残党討伐でもメインの戦闘力となることは間違い無いだろう。


「……ねえ、私達やっと同じ立場になれたわね」


「ん、そうだな。ベルは勇者様で、俺は陛下の直轄部隊員という肩書になったからな。もう俺はただの貴族でもなく、国軍指導官でもない。勇者様御一行の仲間なんだから。他の5人にも認められるよう頑張るつもりだ」


 まあ、あの決闘騒ぎがあったし、ジャステイズと会うのは少し気まずくもあるが、だが彼もエメディアさんと付き合うことになったからもうベルのことで言い争うことはないだろう。

 他のミュリーさん、デンネルさん、ドルーヨさんとも別に仲が悪いわけではないので、旅をするうちに付き合いも慣れると思われる。


「ヴァンなら大丈夫だよ、その力もあるし」


「ああ、未だによくはわからないが……」


 ベルと同じように、俺も掌から光を出すことができる。以前の魔物となってしまった侯爵との戦闘においては、テナード侯爵の体に流れ込んだ悪い魔力を消し去ったおかげで元に戻すことができた。

 ベルの光は逆に、どんなものであろうとも破壊することができる。


 まだあの能力を使う機会がないので、俺に関してはまだまだ未知数な力なのであるが、ベルに関しては勿論魔王討伐の旅の間に何度も使用した能力だという。転移魔法と二つの能力がベルのもつ固有能力というわけだ。


 ジャステイズに残っていた魔王軍幹部の魔力の残滓が暴走した時も、掌を突き出して破壊していたな。更なる固有の力が存在するのかはわからないが、旅の中で試せる時があればそれぞれの力を比べてみてもいいと思う。


「俺としては、世界を救った勇者様の後始末を出来るだけでも十分だ」


「ヴァンもやる気でよかった。私も一緒に冒険できて嬉しいよ?」


「ありがとう、そう言ってもらえるとますます離れられなくなっちまうな」


「いいじゃない、もう一生一緒にいよう、ね?」


「まあ、そうだな。俺も他の女性の尻を追っかけるようなことはしない。ベルだけを一緒そばに置いて共に歩む覚悟はできているつもりだ」


 そうして語り合いながら、いつの間にか眠りについていた。







 次の日、国軍の奴らに残党掃討作戦の訓示を垂れ流す。彼らの一部もこの作戦に乗じて別働隊として徐々に人間の勢力圏を広げる遠征に出ることとなる。

 俺も出来うる限り鍛えてやったので、簡単に死んでもらっては困る、ぜひ人々のために魔物を追い払って欲しい。


「ヴァン様、行かれてしまうのですね」


「ああ、あとは任せたぞ。と言っても元々グアードが元帥なんだがな」


「いいえ、この歳でまさか、師匠と呼べる方に出会えるとは思ってもみませんでした。是非そのお力添えを無駄にしないようしっかりと指揮を取らさせていただきます」


 グアードも総大将として俺たちと別方面に向かうこととなっている。


 俺たちはまずは西大陸にあるジャステイズの故郷でもあり、また王国の同盟国でもあるフォトス帝国へ向かう。その途中魔物やらを狩っていく予定だ。

 グアード達国軍師団は東に向かう。そのまま最終的には、周りの国々の軍を吸収しながら北大陸へ向かい、魔王軍残党の本丸が潜伏していると思われる魔王城を完全に潰してしまう。このドルガという世界全てを魔の手から解放するのだ。


「うむ、また会おう」


「ええ、是非」


 俺たちは硬い握手を交わす。


 そして皆の見送りを受け、俺たち7人は一旦城へ戻っていった。


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