第196話
「いてて、まだ痛みよるわい……」
「手打ちならぬ尻尾打ちでしたね」
「上手いこと言ったと思っておるのか? また修行に付き合ってやっても構わんのじゃぞ?」
「うっ、え、遠慮しておきます……」
エンジュさんとヒエイさんも共に、内裏地階に戻り今後の方針を話し合う。
壁に打ち付けられたエンドラの身体を俺の障壁で慌てて受け止めたはいいものの、数千年眠っていたとはいえブラドラの身体は全盛期のまま保存されていた。ということはつまり、それなりの激しさで障壁に叩きつけられた訳で……
でも、エンドラは痛がりながらも大したことはない様子なので、そこはさすがドラゴン族の王者というところか。
一先ずはこれでブラドラが竜の里に帰属することにはなったが、後のことはドラゴン同士でどうにか解決していくことだろう。俺たち人間が口を出す領域ではないはずだ。
ところでエンジュさんの身体は、"ヒエイ陛下"とホノカの手により一時的にではあるが衰弱死を免れている。だが、ブラドラの精神を受け入れさらには自身も数千年の間一所にとどまり続けていたため、またいつ危険な状態に陥るかわからない。俺の力を持ってしても、死者を生き返らせる魔法を創り出すことはできないからだ。
過去に試したことがあるが、やはりあの『世界の理』の壁にぶつかってしまった。もしソレが可能ならば、今頃はお父様もソプラもアルテさんもベルの母親も生き返って和気藹々と家族団欒の時間を過ごしているはずだ。しかしそうはならなかった。RPGゲームならば教会で復活! みたいなのか当たり前になっていたりするが、この世界の教会ではそんなことは当然出来やしない。全く、神様も酷な制限をかけたものだ。
ヒエイさんも相変わらず眠り続けたままである。
身体の傷を治すくらいは、ホノカ達や神聖教会の聖職者らその手の魔法を使える者ならばお茶の子さいさいだが。鎮まっている精神を呼び覚ますとなれば、話は別だ。
神聖教会であろうとも出来ないことはできない。死んだ人間を生き返らせる術を秘匿しているとの噂が出回るほどの組織ではあるが、そもそもブラドラが行ったような精神を他人の中に移動・融合させる魔法なんていうものが俺たち人間にとって想像の外にある技なのだ。そんなものを人間が作った組織である神聖教会が知る由もないし、それによって起こった症状を快復させることなんてもっと無理な話だ。
よって、ヒエイさんを起こすのも彼女らに任せることになってしまう。だが手出しができない以上無理に干渉していても良いことはない。俺が精神を起こす魔法を創ることが出来ればいいのだが……どのようにして作れば良いかわからないのだ。
創造魔法は、個人の想像力に依存している。魂を目覚めさせる魔法が一体どんなものなのか俺の中で形作ることが出来ない以上、新たな魔法を創ることは永遠にできない。せっかくなんでも願いの叶う魔法のランプを手に入れたのに、願い事をする時は具体的な条件を述べなければならないみたいな感じだ。
「それで、ヴァンくん達はどうするつもりやの? わっちは少しここでエンジュと話しとこうおもてんねんけど」
「そうですね。一旦国に帰らなければなりませんし。それに、まだやることもいっぱい残っていますので、呪国とはまたしばらくおさらばさせて頂こうと思っていますが」
俺個人の用事も含めて山積みになったままだし。
・マリネさんの処遇を確定させる
・ナイティス騎士爵領の復興
・侯爵からの誘いの真意
・南方の遠洋の偵察
・国軍指導官の事務処理
・記憶喪失の解消
・ベルの力を取り戻す方法の模索
・時折思い出す謎の記憶の整理
・ベルと過ごす時間の確保……etc.
考えれば考えるほど億劫になってくるな。
「そうなのかえ? 残念やなあ。ま、わっちらもわっちらで、これからこの国のいく先を舵取りする仕事が残っとるからな。ホノカを嫁に出すと決めたその時に、この祭祀長が頂点に立つ国家体系も終わりにしようと決めたし」
「そうなのですか?! では、次代の指導者はどのようにして決められるので?」
「うん、それなんやけど。ジャステイズくんには既に教えとるんやけど、ホノカとの間に生まれた子供をウチの指導者に据え置くっちゅう約束を帝国と結んどるんや。やから、呪国民からトップを選ぶ今の仕組みは、再びその時が来るまでは一旦おしまいっちゅつことになるな」
「ジャステイズとの子供を?」
俺は思わず二人を見る。
「な、なんだよ、ヴァン。何か言いたいことがあるのか?」
「いいや別に。ただ、そうなると子作りも子育ても大変だろうなと。だって最低、帝国の次代と呪国の次代の二人必要なわけだろ? それ以外にも、皇族なんだから万が一の予備の子供も数人は必要になるだろうし」
「確かに、夜の負担も増える――――「ちょちょちょっと、ベルまで何を言い出すんだい!? 下世話な想像はやめてほしいよ全く」――――わねってうるさいわよジャステイズ」
「いきなり変な話をしだす方がおかしいだろう?!」
「ううっ……」
ジャステイズは慌てて話を遮ろうとし、ホノカに至っては顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あの、でもその間、この国はどうやって舵取りをなさるのですか? ヒエイさんは今はもう一人の人間として精神も肉体も独立したわけなんですよね? じゃあ、今までこの国を取り仕切っていた『ヒエイ=コカゲ陛下』はどうやって存続させていくおつもりなのでしょうか」
今の話で気になったらしいイアちゃんが質問をする。うん、確かにそれも大きな問題だ。
「そうやなあ、その問題もあるなあ。でも、もう一回ヒエイの中に入るっちゅうのも、今度こそどうなるかわからんわけやし。だって保存魔法の効果は切れてしもたんやから、わっちが入り込んだらエンジュのように擦り切れるのが早うなってしまうやろ? エンジュの時はまだそんなんになるとは知らんかったからごめんって思うけど、今はもう分かっているわけやからそれを承知で使い潰すのは流石にかわいそうや」
再び中に入ることも出来なくはないらしいが。その場合今度はヒエイさんの意識が戻らないまま肉体だけどんどんと劣化していくことになる。それはブラドラの望むことではないという話だ。
「取り敢えず当面は、わっちが幻影魔法を使うしかないかなあ。でもあの魔法結構疲れるねんな。でもそれは仕方ないし割り切るわ」
「幻影魔法? そんなものがあるのじゃ?」
「なんや、可愛い孫のルビちゃんは知らんのか? 爺さんは一体どんな教育しとるんや、そもそもわっちらがこの人間の姿になれるのは、幻影魔法の一種やのに」
「えっ!? 今のお姿って、偽物ってことなんですか?! でも、ルビちゃん達には普通に触れるのですが……」
「そうや、そこが普通の幻影魔法と違うところや。わっちら昔からいるドラゴン族--巷ではエンシェントドラゴン族なんてけったいな名称が付いているみたいやけど--は、生まれ持ったドラゴンの姿ともう一つ、生まれ持った人間体の姿がある。それはあんさんの知ってる通りやと思う」
「ええまあそれは」
ルビちゃんと初めて会った時から今まで、何回も人間の姿になったドラゴンを目にしてきたのから、今更疑うことではないだろう。
「でもそれは実体がある幻影にすぎひんのや。しかもそれは、わっちら己自身までを騙す強力なものでな。例え人間体でボロボロになったとしても、一回だけなら命が助かる仕様なんや。その代わり、もう二度と人間にはなれへんけどな」
ええとつまり、人間の姿は身代わりのようなものだと。そのお陰で一回セーフというルールが働いているということかな。
考えてみれば、パラくんが怪我した時も、人間の姿とドラゴンの姿ではその見かけは違っていた。あれはそれっぽく見せる幻影だったからということか。
「お爺様、今の話は」
「うむ、本当じゃ。じゃがわざわざ教えるほどのことでもないと思っておったからのう。ワシらドラゴンに勝てるものなぞ、今の世の中にはいまいと思っていたのでな」
確かに、あの当時のベルですらボッコボコにやられて逃げ帰ったと聞いている。俺ですら、人間体のエンドラにまともに太刀打ち出来なかったのだから。生物としての強さの限界が桁違いだということだな。
「じゃあ、しばらくは幻影の重ねがけという状態で過ごされるということでしょうか」
「そうなるなあ。ま、そこは辛抱するわ。っちゅうわけで細かい話は終わり! あとはこっちに任せて、いつまでもあんさんらに頼っとるわけにもいかへんしな」
「そうですか……どうする?」
「私はどちらでもいいわよ? みんなに任せるわ」
「私も……お母様と離れ離れにはなってしまいますが、そろそろ帝国での暮らしに慣れておかなければと思いますし」
ホノカもまた
「我はヴァン達についていくのみじゃ! な?」
「はい」
「ううむ、それじゃあワシは」
「爺さんは早よ帰ってええで。ご苦労さん」
「なんじゃ、軽い扱いをしよってっ」
「そうさせたのはそもそもアンタの行動のせいやろ? 人のせいにしんといてーや」
「ぐむむ」
とまあ喧嘩する元夫婦は放っておいて。
俺たちは今後の呪国のいく末を案じながらも、一同揃ってファストリアとフォトスに舞い戻ったのだった。
★
「む? 出番の気配がするぞ?」
「はい? 一体なんの話で?」
「いや、もうすぐ私の出番がやってくると、お告げを受けた気がするのだ」
「は、はあ……?」
「むふふ、ヴァン殿が帰ってきたら、あの手この手で籠絡してゴニョゴニョ」
「これは、もう一度牢に入って反省してもらった方がいい気がしますねぇ……」
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