第197話
「ふう、これで一旦落ち着けるかな」
ファストリアの城に戻り、ようやく書類整理が終わった(と言っても一旦波が去った程度の意味合いだが)のがアレから一週間後だった。
「ヴァンくん、お疲れ様」
「あ、はい、ありがとうございます」
と、ちょうど良いタイミングで、マリネさん--今ではすっかり慣れてしまった呼び方だ--が飲み物を差し出してくれる。敵国の人間に飲食物を渡されて大丈夫なのかと思うかもしれないが、そこは魔法の力があるこの世界では当たり前に解決できる問題だ。銀食器をわざわざ用意しなくたって有毒かどうかは検査すれすぐにわかることだ。
当然、今回もそんなものは入っておらず。どうもマリネさんは俺が帰ってきたのが何故かはわからないが嬉しいようで、こうして積極的に執務の手伝いをしてくれるのだ。仮にも敵なのだから、見せられない書類などがあるのでそれらが無いところ限定で行動する許可も出ている。
プラス、俺が見張ることのできる範囲という条件もあるが。まあ、この人は自分の立場をわかっているからか、あまりそこらを彷徨こうとはしない。寝る時に限ってはまた別室で見張りの兵のもと執務室近くの部屋で寝ているというのだからよほど何かがお気に召したのか? また今度聞いてみることにしよう。
「はぁ。さて、そろそろ次のことも考えて行かなきゃなあ」
「次、とは?」
「ええまあ、"やること"を頭から考え出して見たのですが、案外と多いもので。敵国の貴女にこんなことを話してもどうかと思いますが、俺の領土の復興とか、夫婦生活の今後とかそういう類のすぐには片付かない事案もありますから。俺の人生、子供の時に思っていた時よりかは意外とゆっくり出来ないものですね、ハハハ」
「誰しもそういうものだ。小さい時に憧れた大人の世界なんて、いざ自分がその領域に立ち入ってみればどれほどつまらなく汚いものか」
「そ、そこまで言ってはいませんが……」
マリネさんは余程その"大人の世界"に思うところがあるようで、吐き捨てるようにそういう。ポーソリアルという国のトップの娘なのだから、見たくもないものや知りたくもないことに沢山触れてきたであろうことは想像に難くないが。
もしかすると、そこらへんでジャステイズと話があったり? あいつもあいつで結構な苦労をしているようだし。
「まあでも、君の場合も『勇者の伴侶』として生きていくと決めた以上、最初から平凡な人生が遅れるとは限らなかったのでは? 強い者も苦しむが、その横にいる者もまた同じくらい苦しむ物だからな。その点で言えば、勇者という存在は必ずしも光り輝くだけのヒトでは無いと思う……実は私たちの国にも似たような制度があるのだが」
と、流れで教え始めたマリネさんの話によると。
ポーソリアル、というか彼女ら曰くの『本来の南大陸』には、『ヒーロー制度』なるものがあるらしい。俺たちでいう『勇者』に当たる存在のようだが、神に選ばれるのではなく民衆の投票によって選ばれるのだという。
力や人気を反映した民によって作られる英雄。ベルのように、最初から存在してこの人を応援してあげてね! という形ではなく、真の意味で民による信用信頼が寄せられる存在なのだと。
だが、マリネさんはそのヒーローを前から胡散臭く感じていたらしい。
「ヒーローは確かに、人々の意見を反映させた救世主のような奴だ。私たちの大統領と同じく最終的には国民投票によって選出される。だが、その間には選挙運動というものが行われるのでな……簡単に言えば、賄賂や敵対工作、不正投票などによって"選ばれてほしい人"を作り出すのだ。その点で言えば、そちらの『勇者』の方がまだ健全と言えるかもしれない。勿論神聖教会なる組織が神からの信託を偽っていなければの話だが」
「流石にそんなことはないと思いますが。ベルが勇者に選ばれた理由の心当たりが俺にはありますから。今ここで詳しくは話せませんけどね。それに、そのヒーローなんたる人も選ばれた以上はきちんと仕事をしているのでしょう? 魔物を倒したりとか、魔王を仲間と討ち滅ぼしたりとか」
「いや、そうではないのだ。そうでは。ヒーローというのは簡単に言えば対魔王軍の一番槍みたいなもので、その後から何十万もの軍勢が蟻のようにくっついて回るのだ。そりゃあ、よっぽどのことがなければ負けることはないってものだ。言っては悪いが、我らは貴殿らと違い発展した技術を有しているわけだからな」
あのビーム砲とか魔法の銃とかがあれば、確かに俺たちがやってきたことよりも格段に効率が良いだろうな。ポーソリアルの二十万ですら最初のうちはてこずったのだから、それ以上となると一体どれほどの戦力になるのか。
しかも尋問の結果を聞いた話だと、あの南側を襲った二十万人の殆どが職業軍人ではなくいわゆる経済徴兵制によって連れてこられた者たちだという。しかもそこに加えて『謎の白い粉』で戦意高揚まで
何が言いたいかというと、つまりはそれよりも鍛錬を積んだ正規兵たちが後ろを歩いて回るなら、俺が想像するよりももっと上の戦力だろうという話だ。ヒーローとは要するに"自然に作られた人工的なカリスマ"ともいうべき存在なのだろう。
「選挙といえば……レオナルド陛下も
グアードが横から訊ねて来る。
「まあな。民によって選ばれるという形は、一見すると沢山の人々の意見を知ることができるので良いことのように思える。しかし一方で、その選ぶ基準となる情報を操作することで、ある程度投票先を絞らせることができるのだ。これは最終的に判断するのは一人一人なのだから思想等を強制するわけではないというところがまた厄介な問題なのだ」
選んでほしい人のポジティブな情報を流し、敵対する候補のネガティブな情報を拡散する。そうすることで人々の印象操作を行うことができる。しかも別にそれをみることも強制しないので、民の間では自分で判断したという感覚が残る。地球においてもこの手の話はどこの国だろうとあったことのはず。異世界においてもそれは変わらないということか。
「しかし、悪いことばかりでもない。愚鈍な為政者が世襲制で国をめちゃくちゃにするという事案は無くなるし、選ばれた者がダメな大統領になればリコールという制度によって解任することも出来る。この国では王が不甲斐なかったら民の手によってやめさせることができるのか?」
「いいえ、それは不可能です。可能なのは同じ王族による簒奪か、軍の反乱くらいでしょう。どちらにしても平和的解決には至らないのが常です」
「まあそういうことだ。この国が今後どのような道を歩むのかは知らないが……例え民主制になったとしても監視の目を緩めることは避けるべきだ」
「そのようですね」
「私も一国がどのような移り変わりをしていくのか興味があるが……その前にどんな待遇が受けられるのやら」
「ああ、その話なのですが。ヴァン様」
「え、俺? なんだ?」
マリネさんが処刑やらの不安を訴えていると、グアードが唐突に立ち上がり一枚の書類をこちらに手渡してきた。
「こちら、畏れ多くも陛下の勅命でであります。マリネ卿を連れて、ポーソリアルに向かえと」
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