第198話

 

「陛下、私めにポーソリアルへ向かえと仰せであると伺いましたが、真なのでありましょうか?」


 謁見の時間が出来るのを待って、陛下と対面する。


「真である。私はそなたら・・・・が必ずしや期待に応えてくれるものだと信じているぞ」


「そなたら、とは、自分以外に誰か同伴者が?」


「うむ。まずは当然、そちらにいるマリネ=ワイス=アンダネト卿だ。貴殿の身柄は依然我が国預かりではあるが、交渉の駒として共に出向いてもらいたい。意味はわかるかな?」


「ええ、それくらいわたしにも。せいぜい、丁寧な待遇を受けることができたと喧伝して参りますよ」


 マリネさんは陛下の前であろうとも物怖じせずに笑顔で答える。


「良い心意気だ、そなたが我が国の人間であったなら、上の方で登用したものを。そして、他にも。今代の勇者ベル=エイティアと……降嫁させた元王女であるエンデリシェ=ナイティスの両名の同行を命じている」


「えっ!? べ、ベルだけではなく、エンデリシェ様もですか!?」


「何か不満が?」


 レオナルド陛下は身を乗り出しこちらをお見つめになる。


「い、いいえ、決してそのようなことは。しかしエンデリシェ様を遠く他国の地に引き連れて回るのは、彼女の負担も大きいかと思いまして」


「なるほど、あくまであやつを気遣ってのことというわけか。しかし、当の本人は乗り気だったぞ? 今頃鼻歌でも歌いながら荷造りしている最中であろうな。それに」


「それに?」


「ここのところ忙しくて、一緒に過ごす時間もなかっただろう。なに、すでに手元を離れたとは云え、血の繋がった実娘なのだ。例え王であろうとも親心を持つのも悪いことではなかろう」


 陛下は、ニヤリと口元を曲げ上げる。


「は、はあ、左様で」


 確かに、エンデリシェは俺たちがバタバタしている間殆ど放置状態であった。だがその間、王城に留まっていたお母様と仲良くなったとも聞く。このなんというか外堀を埋めてから内を一気に攻めるみたいに見えるのは気のせいだろうか……? まさか、陛下がこれを機にエンデリシェと俺の仲を詰めさせるような真似をなさるとは思わなかったが。


「では、そのように」


「ぎょ、御意っ!」


「ああそうそう、言い忘れていたが。あのドラゴンたちも連れて行って良いからな。他の同伴者はそなたが好きに選ぶが良い」


「はっ」


 せめてもの配慮だろう。これでお供も全て用意しておいたからと言われれば息苦しい旅になっていたであろう。


 そうして俺は謁見の間を後にした。









「ぼ、僕は置いてけぼりですかっ」


「仕方なかろう? お主はまだ若い。怪我はだいぶ良くなってはきているようじゃが、その歳で遠距離旅行は里の長としても祖父としても許可できん。今回ばかりはどのような我儘を言おうとも連れて行く気はないぞ?」


「そ、そんな……ベルさん?」


 当然のようにパライバくんも着いて行こうとしたのだが、エンドラの強い意思によりお留守番となってしまった。それをイヤイヤしているのが今だ。確かに、身体はもう殆どリハビリも終え、後遺症も残らなかったことから日常生活に負担はないだろうが。

 しかし当の目的地のポーソリアルは、この五大陸間よりも遥かに広い海を渡らなければ着かない土地にあると聞く。その間、この子を引き連れて長旅するのは遠慮しておいた方がいいだろう。


「私のことを見てもダメよ。エンシェントドラゴン様に賛成するわ。それとも、パライバくんはなんでも駄々をこねて言うことを聞かせるお子ちゃまなのかしら? 早く大人になりたかったら我慢というのを覚えるのも大事よ?」


「うう、ぐむぅ……」


 膝に手をつき目線を合わすベルは、まるで保育園の保母さんのように見える。これであの時子供が出来ていたら、何年か後にはきっとこうなっていたのだろうなと思うのだが……




 俺たちが記憶喪失になる前、ベルは俺のことを拘束して強制子作りをしたわけだが。あの時彼女は確かに自分が妊娠したのを感じ取れたという。しかし、何ヶ月も経ったというのにお腹の中には胎児の影も形もなく。あの時の感覚は間違いだったのかと落ち込んでいたが、俺としてはこれも記憶喪失に関係しているのではないか……と推測している。

 俺が力を手に入れ、ベルが力を失った。しかも同じタイミングでだ。さらに二人ともなんらかの重大な出来事を目の当たりにしたのに、その記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。


 更には、あれ以降全く姿を消した『カオス』も気になるし、俺たちを助けてくれたミナスと名乗った少女も行方知れず。

 あの夜を起点に、様々な物事が繋がっておりまた動き始めてもいる。肝心の記憶が思い出せないのが逆にそれを俺の中で確信めいたものにしてもいるのだ。




 ともかく、ベルとの子作りはもう少し経ってからまた改めて励むとして。


「私たちも帝国で色々とすることがあるから、ごめんね?」


「いいのよ、エメディア。それにホノカも。むしろジャステイズの手綱を握れるよう今のうちからきっちりと宮廷の中を掌握しておかなきゃね?」


「そ、そんな、私は別に手綱を握るなんて」


「そうだよベル!? 物騒なことを言ってくれるよね全く」


「あら、もう既にエメディアには逆らえなくなりつつあるように見えるけど?」


「そ、そんなことは……ない、はず……」


 ジャステイズは何故かブツブツと独り言を言い始めてしまった。恐ろしや。エコエコセイウチ。


「皆様、本当にお気をつけください。敵地ではなにが起こるかわかりません、出来れば私も着いていければ良かったのですが、神聖教会も流石に許可はできなかったようで。この地からではありますが、皆様が遠くへ行かれても無事にまたこの国に戻って来られるよう祈りを捧げさせていただきますね?」


「うむ。外敵はそちらに任せた、内敵は我らに任せるのである!」


「僕も支援物資の面で協力させていただきました。ヴァンさんの持つ倉庫魔法、本当に便利なのですね。ウチのお抱え倉庫職人とかになるつもりはありませんか?」


「あはは、それはちょっと。でも助かるよ、イエン商会も流石にこの商機は逃さなかったようだな」


「当然です。こんなに美味しい案件、おっと、どこかで聞かれていたら拙いですね。今のはナシで」


 ミュリー、デンネル、ドルーヨも非同行組だ。彼らも彼らでやることがあるというので、国内も含めこの五大陸のことはみんなにお任せしておこう。いつ帰ってこられるかわからないが、再び目にした祖国が滅んでいては元も子もないからな。


 ミュリーは戦争が終わったことから神聖教会の聖女代理の任を解かれ、通常の業務に戻りつつあるようだ。とは言っても一度ついた肩書き、そう簡単に影響力が消えることはないようで、あの手この手ですり寄ろうとする不届き者も多いと聞く。そこはミュリーの専属護衛としての地位についたデンネルに任せておけば大丈夫なはずだ。


 またドルーヨもドルーヨで、ホノカ達に接触して呪国へのツテを作り始めている。魔族や魔物の脅威がひとまず去ったところで、それぞれがそれぞれの道を歩み出しているのだ。


「そろそろ時間じゃぞ。中庭へ向かおうとしよう」


「ですね」


「のじゃ!」


 そうして落ち込むパライバくんも含めたドラゴンズと、パーティの皆を伴って城の中庭へ。簡易的ではあるが出征の儀を行うと聞いている。一応は国を代表しての外交になるからな、形だけでもこういう行事を執り行うことは必須なのだ。


 そうして細々とした儀式次第を終え。

 小さめではあるがパーティーを楽しんでいると。




「おおっ! ようやくお会いできました、お久しぶりです皆さん」




 媚を売る木端貴族や官僚達を躱しつつその波が一旦途切れると。


 いつぞやの侯爵様がお見えになった。


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