第199話
「これは、ピラグラス侯爵閣下。お久しぶりです」
「ええ、ええ、どうも。こたびの戦における勇者パーティの活躍、改めて耳にしたよ。なんでも
「いえ、やったのは私ではなく殆どこちらの彼でして」
ベルがさりげなく功績を押し付けてくる。間違ってはいないが今はやめてほしいゾ☆
「そうだとしても、彼もまた勇者パーティの一員のはず。結局は勇者ベル、君を中心にまとまっていることに違いはない」
「確かに、ベルは俺たちのリーダーであります。が、如何様で? 失礼ですがそろそろ用件を仰っていただけないと、俺たちにも今後の予定がありますので……」
このまま会話を続けていても延々と
「うむ、先日も提案させていただいたが、勇者ベル殿に我が侯爵領の専属になってほしい」
「その理由はどのようなもので? 以前お伺いした時は今は理由をいうことはできないと仰っていましたが」
「うむ。だがその前に場所を移そう。ここでは流石に話しにくいのでな」
「はあ、かしこまりました」
そうして、侯爵に連れられて客間の一つに。帯同者は俺とベルのみということだったので仕方がなく従うことにした。何かあれば念話を飛ばせばドラゴンズが飛んできてくれることだろう。
「……ふう。さて、まずは二人とも。この国の現状をどう受け止めているのかな?」
「どう、とは?」
「もう少し具体的に絞れば、今代の国王陛下レオナルド=パ=ファストリアの治世についてだ」
「レオナルド陛下の御手腕について評価せよということなのでしょうか? 私にはそのような畏れ多いことは為せません」
「まあ、まあ、いいじゃないか。今ここには三人しかいない。他の者は全て外で待機させている。思っていることを正直に話してくれていいんだよ?」
ピラグラス侯爵は両膝を太腿に置いて前のめりになると回答を催促してくる。
「じゃあ俺から……大変僭越ながら申し上げますと、レオナルド陛下はここ最近のこの国の歴史においても評価の高い為政者だと思われます。先代国王陛下がお亡くなりになったのと時を同じくして魔王軍の侵攻が始まったわけですが、ご戴冠なされてすぐに周辺諸国との協力を取り付け、二十年にも及ぶ今回の対魔族戦争の間この国の舵取りを続けなさいました。弱冠という大変若い年齢で国王になられた当初はその手腕を疑う声も大きかったと聞きますが、批判していた者たちもすぐさま掌を返すようになったとか。ファストリアの歴代の為政者の中でも上位に入る治世だと思います」
ファストリアだって大国だ、その力をひがみ戦を仕掛けてくる国も存在する。そんな国々と和平を結び、対魔族戦線で協力するよう取り付けた。それもまだ国王に就任してすぐのことだったというのだから、天性の指導者能力が備わっているお方なのだろう。
「うむ、それで勇者ベル殿は?」
「私は、勇者として各地を旅してきました。その間当然、陛下の評価を耳にする機会もあったわけですが、その殆どが好意的な評価でした。中には細かい失策をさも大失敗であるかのように大袈裟に批判する人や、どう考えても言いがかりとしか思えないことを言ってのける人もいましたが。それに、この城の中で耳にする話でも、内の人間しかわからない横暴さとか、裏の汚い話なども聞こえてくることはありません。真っ当な政治を真っ当な方法でなさっている素晴らしいお方だと思います。それに……」
「それに?」
「個人的な話にはなりますが、ヴァンのことを掬い上げてくださったことにとても感謝しています。きっと陛下が声をかけてくださらなかったら、彼は今頃田舎で不貞腐れていたでしょうからね?」
ベルはこちらを見て苦笑いをする。
「ひ、ひどいなあ、まあ間違っちゃいないかもだけどさ」
「それに彼だけではなく、人の持つ能力や人柄を重視して人材登用をなさっています。今までの権力や賄賂、家柄などが重視されていた王宮周りの人事も一新され、本当の意味で国のために働くことのできる者たちが多く職を手にしました。そのせいで恨みを買うこともあったみたいですが、その分古い慣習に囚われることなく思い切った施策を実行できるお方であることは間違いありません」
「ふむふむ、なるほど。二人の陛下に対する評価はよく理解したよ。そう、その通り。陛下は今までの国王とは一味違う、この国に真の変革をもたらそうとされている。それが国王を頂点とした今の専制政治を撤回し、民衆の手による政治を行おうというものだ」
あのバルコニーでの宣言。あれから半年ほどは経っているわけだが、その間もいろいろな騒動が起こったせいで未だ本格的な着手には至っていない。しかしながら細かな作業は既に始まっているらしく、ベルが言ったように以前からではあるが実際に今まで登用されていなかったような立場の人たちも王城に出入りするようになっている。
つまりそれだけ前から、この"ファストリアの民主化"について考えを巡らしていらっしゃったわけだな。
「でも、それが今ここにきて大きな問題となっているのだよ」
「大きな問題?」
「そう、立場を追われた者たちの処遇だ。言い換えれば、今までの王を頂点とした体制に胡座を掻いていた貴族たちが没落する可能性があることだ」
「なるほど……民主化すれば、その家柄等に関係なく使える人間は上に行けるし、逆に使えない人間はどんどんと落ちぶれていくことになるでしょうしね」
「うむ。特に、私も含めた高位貴族はその家柄によって職を与えられている者も多い。親の縁故であったり賄賂や癒着による取引も横行している。それらができなくなれば、使えない人間は今まで吸っていた甘い汁を味わえなくなるわけだ」
ええと、つまり何がおっしゃりたいのだろうか?
政治体制を真逆にするわけだから、人材の栄枯盛衰が起こるのは仕方のないことのように感じるが。現代日本でも、創業者一族ではなく使える社員を社長にしたり、外部から招いたカリスマを登用することも増えてきていた。その反面、たとえ血の繋がりがあろうともボンクラであれば容赦なくクビになったり閑職にさせられたりした訳だ。それがこの国でも起きようとしているということか。
疑問なのは、そこからなぜベルが侯爵領付きになる話につながるのか? まさか侯爵はベルの力を手に入れて、その国王陛下の思惑に反旗を翻そうとしているとか? もしそうならば彼女が頷くことは万に一つもないわけだが。
「それと私が閣下に仕えることとなんの関係があるのでしょうか? 失礼だと承知はしておりますが、私たちにも時間がありませんので勿体ぶらないで教えてくださると助かります」
「うむ。そこでなのだ、自分の立場が危ういと分かっている貴族たち、つまり立場や家柄に胡座をかいていたことに自覚のある者たちが派閥を作り、それがさらに今大きくなろうとしているのだ」
「派閥? それは恐らく国王陛下に歯向かう為のですよね?」
「そう、しかも既に歯向かうというレベルではなくなっているのだ。話が話を大きくし、最初は役立たずどもの交流会のようになっていたその派閥も、今では高位貴族の当主まで巻き込むようになってしまった。というのも、どこの誰が考えたのかはわからないが、国王陛下の甥……つまりは君たちが処刑したあの
「えっ!? あの公爵に息子が?」
「ああ。しかし実際はそこらの街娘を孕ませた非摘出子と言われている。しかしその当人も元公爵家である
実際に公爵をパックンチョ! しちゃったのはルビちゃんだったわけだが。
それにしても、言ったもの勝ちということか。既に公爵は亡き人になっているし、血のつながりを保証してくれる
「しかし、私は違う。私は陛下のことを心から尊敬しているし信頼もしている。ならばこそ、君に私の手助けをしてもらいたいのだよ」
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