第200話
「ねえ、本当に良かったの? あの話が本当ならレオナルド陛下の護衛がいなきゃ危ないんじゃない?」
「別に護衛は俺一人だけというわけじゃないさ。気にはなるが、勅命としてポーソリアルに向かうよう言われている以上それを拒否して無理やり王国にとどまることも出来ない。バロメフェイスたち近衛やグアードの国軍に任せておくよ」
結局、侯爵の話は保留のままで終わってしまった。その話が本当かどうか裏が取れていないし、ベルが侯爵についたところですぐにコトが解決するわけでもないからだ。
侯爵はかなり残念がっていたが、当人の話だとその反レオナルド派は勢力は拡大しつつも今すぐにでも大きく動こうという気配は見られないらしい。しかし話半分に聞くにも冗談では済まされないことだから、裏は取れないにしても一応信じてはいる。個人的には七対三ほどの割合で真だと思う。
というのも、もし嘘だとすれば、侯爵は勇者に虚偽の説明をして国家を揺るがそうとした反逆者として処刑されるのが確実だからだ。公爵を除けば最高位にあたる侯爵の位を持つピラグラス卿がそのような行動に出て何か旨味があるとは思えない。嫌いな貴族を蹴落とすためにベルを利用しようとしているのだとしてももっとマシな嘘をつけばいいだけだからだ。そこで王位簒奪などという物騒なネタを利用する必要もない。
さらに、昨今の魔族や魔物による被害によって自治体運営に大きなダメージを受けている貴族も多い。中央、つまり王宮は何も支援をしてくれないという批判を溢すものもいる(もっともこれは以前説明した通り、よっぽどのことでなければ国は地方に個別の支援をすることはないので言いがかりであるが)。それに加え以前の陛下の民主化宣言。ただでさえ大変な状況なのに余計なことをしてくれやがってと反抗心を募らせる者たちが結託していてもおかしくないとは思うのだ。
--本音を言えば、この手の簒奪劇は主人公が往々にして目に入らぬところにいる時に限って起こるものだ。俺がこの世界の主人公だとかそんなことまでは流石に思ってはいないが、嫌な予感がするのも事実。念のために陛下のお近くで待機していて何かあればすぐに駆け付けられるようにしてはおきたい--
だが、レオナルド陛下だってなんの考えもなしに俺を送り出されたとも思えない。仮にも大国の王様なのだから己の身を守るすべは幾つも用意をなされているだろう。一介の臣民である俺如きが余計な口出しをするまでもない、とも考える。
「それに、陛下にはこの国始まって以来五本の指に入るともいわれている名宰相、シルベッテ閣下もついている。あの人がいれば、木っ端貴族の思惑なんてすぐに見抜かれてしまうだろうさ」
「まあ確かに、あの宰相閣下なら裏で暗殺組織とか操っていても不思議じゃないわね」
シルベッテ=キュリルベクレ伯爵は宰相であるため領地を持たない法衣貴族ではあるが、その地位に負けないくらいの聡明さを武器に貴族たちからも一定の支持を集めている。
武の方はグアードが先日の王都防衛戦でのアレコレの棚ぼたによってほぼ全ての派閥を手中に収めてしまったわけだが、文の領域に関しては伯爵が第二派閥の地位にあり、まだいくつかの派閥に分かれたままになってしまっている。
この国の歴史を古く遡った上でというくらい貴族の中でも異色な経歴の持ち主である伯爵閣下には色々な噂が付き纏ってはいるが、陛下の一番信頼のおける部下の一人である。ならばこそ、その人脈と知力によって陛下をお守りすることも充分なはずだ。ピラグラス侯爵のように外から様子を観察する者がいれば、キュリルベクレ伯爵のようにうちから様子を観察するものがある。その両方が合わされば、例え敵がいようとも対処ができないことはないと俺は思っている。
「ヴァンくんの国も一筋縄ではいかないようだな。我が国も民主的とはいうが、金や権力にモノをいわせ幅を利かせている輩は存在する。一方で、自らの努力不足や一方的な逆恨み・僻み妬みによって真っ当に成り上がった人間に良からぬ感情を抱いている庶民も存在する。クーデターというものは我らの住む南大陸にある国家でもかつて数度起こったことがあったが、その大半は後者による暴走が膨らんだ結果であることが多い。そのような輩は一度暴れ始めると止めるのは難しいぞ? 何せ、失うものがなく特攻覚悟で参加するものも沢山あるからな。その王位簒奪を狙っている者たちの中にも半ば自棄になっている存在が含まれているのでは? そうなると、例えどれほど注意を巡らしていても思わぬ方法で隙をかかれることがあるぞ。ま、これは独り言のようなものと思っておいてくれ」
俺と一緒にサファドラに乗るマリネさんはそんなことを言う。
ううむ、なるほど。計画性など無視して暴れるだけ暴れて後はどうとでもなれと考えている者もいるだろうという話か。貴族だからと言ってその全員が思慮深い存在な訳ではない。あの公爵の例もあれば、もう一つの侯爵位であったテナードの件もある。もしかすると、テナードの件も先程のピラグラス閣下の話と繋がりがあるのかもしれないな……また帰った時に聞いておくことにしよう。
「でもそれですと、私たちがこうして旅をしている間に反逆が起こる可能性も充分にありますね。貴族だけではなく、復興していないことに腹を立てた臣民が暴れることだって考えられますし」
「うむ。むしろ我々の感覚ではその方が多いぞ? 貴国のように上位の人間が用意周到に計画を実行して云々というのはあくまでも統制のとれた状況の話に過ぎないと思える。さらに言えば、王都やその周辺ではまだファストリア王家の威光が強く発揮されているかもしれないが……遠くなればなるほどそれは薄れ、逆にその地方を統治している貴族のいうことを聞くものが多くなる。これは完全な地方自治を採っている国ならどこでも起こりうる現象だ」
なるほど。日本で例えるならば、中央政府や立法府に関与している与党野党は全国に支部を置き地方の選挙にも影響を与えているが、一方で県によっては地場政党が幅を利かせているところもある。で、もしその中央政府の支部がなくなった状態になれば……きっと地場勢力の発言力はとてつもなく高まるだろう。そこで民衆がクーデターを煽ったり、逆に政党が煽ったりすれば……考えるだけでも恐ろしい話だ。
「なんだか話を聞いていると怖くなってきましたね」
「別に怖がらせるつもりはなかったのだが。まあそういうこともありうる程度に捉えておいた方が心労も少なくて済むだろう」
「ううーん、侯爵の話が与太話であればいいのだが……」
当然だがあの話を精査する時間なんて無かったので、ベルが云々の話を保留にしたまま、反王家派閥が存在する確証もなく宙ぶらりんになっている。もし俺たちに半日でやってくれました! みたいな超絶有能なブレインがいたらまた話も違ってくるのだろうが。
ともかく俺たちは今勅命を受けポーソリアルに向かっているのだ。陛下のことも大切だが、国家の行先を左右するに違いないこの使節派遣を蔑ろにもできない。今は海の向こうに意識を集中させておこう。
「<皆、まもなく例の海域じゃぞ! ……なんだ、これはっ!?>」
エンドラが念話を飛ばしてくる。今の話は一旦終わりということで、皆で素直に海の方をじっと眺めるが。その視線の先には----
----あるはずの荒れた海と空はどこにもなく、ただ穏やかな空間が延々と広がっていた。
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