第195話

 

「----なるほど、そういうことでしたか……」


 ブラドラやエンジュさんから事情を聞き、俺たちに嘘をつかなければならなかった理由はあらかた理解できた。


「つまりは、勇者パーティである俺たちに伝えると、魔族の血を持つヒエイさんやホノカがどうなるかわからなかったから。さらに、帝国との婚約解消による呪国への支援打ち切りを恐れたから。これは俺たちだけではなくこの地に生きる人類が元々魔族を忌み嫌っていることも含まれていると。そしてもう一つ、ホノカの心労を考え隠しておいた方が良さそうだと判断したから、が大まかな理由になりますかね」


「そうや。その中でも一番大きかったのは、あんさんらが勇者とその仲間やっちゅうことや。わっちらは勇者パーティという存在については、魔族を討伐するために組まれた少数精鋭のエリート部隊という印象を持ってるねんな。その力を以って各地の魔族を倒してきた快進撃についても聞いとる。やから以前、ウチの国に来た時追い払ってしまったのは、何かの拍子に魔族を匿っていることがバレて問答無用で討伐されてしまうんやないかと恐れたからや」


「確かに私たちは、魔族、つまりは魔王軍に与するものを人類の敵として討伐対象としてきました。結果、魔王をこの手で打ち滅ぼすことに成功し、この先の人類の未来を守ることができたと自負しています。また先日の魔王軍残党についても、紆余曲折ありはしましたがその全軍を殲滅することに成功。あとは各地に蔓延る残党から逸れた者や元々個別に活動していた者などを倒すだけになりました。それらはまだ完全に倒しきれてはいないので心残りではありますが……」


 ベルの説明の通り、魔のモノは人類の敵と昔から言われ続けてきたし、それはこのドルガという世界で現代においても共通認識である。そこに、もし元魔族であるというヒエイさんや、その血を受け継ぐホノカの存在が知れ渡るとどうなるか? エンジ呪国自体はそこまで大きな国ではないし、人類の敵を匿っていたとして周辺国から攻められる可能性だってある。それが俺たちが情報の発信源となれは疑うものもまずいないだろうし。


「でも、それじゃあまるで私たちが魔族を刈り取る生物兵器みたいです。知らない仲でもないのですから、理由を聞きもせず問答無用で斬り捨てる真似はしませんよ」


 ベルがフォローするが。


「そうは言ってもなあ、わっちらはあんたらの為人までは詳しく知らんかった訳やし。間諜を送り込むいうても限度があるっちゅーねんな」


「でもお母様は結果的にお話になられました。それは、先程お婆様から許可を頂いたからだけなのでしょうか?」


「それもあるけどな。ふと思ったんや。王城では虚偽の説明をしてしもうたけど、ここに来てエンジュを起こすまでの過程の中で、『この子達はただ猪突猛進に魔を滅ぼす道具なんかやない、ちゃんと人と人との繋がりを大切にできる人たちなんや』って思ったんや。それは、実は虚偽の説明をする前から……そうやな、ホノカをファストリアで一旦預けた時から徐々に理解して行ったたんやけど、そこの最後の背中を押してくれたんが、エンジュの一言やったって感じやな」


 ヒエイ陛下だった時から、ブラドラは空気のようなふわふわした掴み所のない性格だと思っていたのだが、そんなことはなく接触している中できちんと人物評価を下していたらしい。俺たちがホノカを保護し、そのまま前からいた仲間のように自然に扱っていたことを嬉しく思い、バーサーカーみたいな印象があった俺達のことを見直したのだと。


 一見すると失礼なようにも感じ取れなくもないが、実はそうではなくて。元々勇者パーティというのは歴史の中で神格化されやすい存在だ。云えば当時のエンジュさんのように、人心掌握のためそういう形として利用されてきた存在なのだ。

 そしてその印象は、数千年の時を生きたブラドラにとっては特に強いものだっただろう。魔王が現れると勇者が現れ、強大な力と力がぶつかり合い、結果的には勇者が勝ってまた持ち上げれられる。

 そんなこの世界の歴史を見てきた方からすれば、選ばれた個人個人ではなく勇者という固形の存在として評価を下すようになるのも頷けるというものだ。


 だが、国を開くときめ、俺たちと接触したらホノカを顔合わせさせたりするうちに、俺たちも一人の人間がたまたま力を持っていただけなのだと気づくことができたと。そしてそれは、自分たちがヒエイさんを娘として扱うようにした時にも感じたことだったと。

 タイミングがタイミングを呼び、様々な符号が重なり合ってブラドラの中で一つの答えに辿り着いたということだ。


「……そうでしたか。おばあさまも色々と悩まれていたのですね」


「それはそうや。わっちだって伊達に長生きはしてへんけど、それが逆に固定観念を己の中に植え付けていた節もある。それを溶かしてくれたのがあんさんらやったって話や。ホノカを嫁にやったのは国家としての判断もあったけれど、結果的に良かったと思う。どうや?」


「はい、勿論です。お母様……とお呼びしていいのでしょうか? ブラックドラゴン様とお呼びしましょうか?」


「今更やな。まあブラちゃんでええで」


「それは流石に……ブラックさんがそれほどまでに悩んでいたのは初めて知りはしましたけど、私がジャステイズ様やエメディア達と共に過ごす機会を得られたのは、とてもいいことだと思います。不安がなかったと言えば嘘にはなりますが、それでも皆さんはすぐに受け入れてくださりましたから、すぐに吹き飛んでしまいました。そしてそれが巡り巡ってお婆様……エンジュ様を起こす今回の結果に繋がったのは、決して偶然でもなかったと思います」


「そうやな、わっちはその手のはあんまり信じひんようにはしてるけど、もし運命や神のイタズラなんてものがあるとすれば、それは今回の一連の流れに作用したんとちゃうかな? ともかくそういうわけで、今一度確認だけしておきたいねんけど、ヒエイやホノカのことを殺したりせーへんよな?」


 ブラドラは答えはわかっているという顔をしながらも、俺たちを見回す。


「当たり前です。今代の勇者、ベル=エイティアとして誓います。皆さんのルーツがどこにあろうとも、決して差別はしませんし、斬り掛かったりもしませんっ!」


「俺も、同じく。このパーティの中では今は一番強くなってしまったけれど、その力を向けることはしないと約束します」


「私も、ドラゴン族としても一人の意志としても、お婆様やそのお友達の方に危害を加えるような真似は致しません」


「むむむ、色々と難しい話が多かったんじゃが……取り敢えず、我はみんな仲良くしてくれたらそれでいいのじゃ!」


 ルビちゃんまでも、皆一様にいい受け答えをし、そしてブラドラやエンジュさん達はそれを聞いて嬉しそうにうなずいた後、最後にエンドラの方を見る。

 だが。


「ワシは……ワシは、後悔しておる、お前が離れてしまうような真似をしてしまったことを。もし浮気なぞせねば、今頃サファイア達も含めて本当の家族の形を保ちながら暮らせていたのだろうと。しかし、お前はお前で、また新たな家族の形を見つけたのではないか? 呪国という大きな家族を育て上げ、ここまで守り抜いてきた。そのことは決して後悔されるべきことではないし、エンジュ氏と出会えたことも含め豊かな竜生を送るきっかけになったじゃろう。だから今更戻ってこいなどとは申さん。だが、無視のいい話だとは分かっておる前提で頼むが、もう過去のことは水に流してはくれまいか?」


「それは、浮気やらなんやらを許せと、そういうことなんか? それを許さんかったら、ヴァンくん達がああ言ってくれたのは関係なしに、ヒエイ達を殺すんか?」


「そんなことは言っておらん! そうではない。ただ、孫達のためにもどうか、形だけでもドラゴンの里に帰ってきてはくれないか? お前達の歩みを否定する気はさらさらない、むしろソレに感銘を受けこのような申し出をしておる。どうじゃ?」


「…………そうやなあ…………分かった、うん、許したるよ。わっちも、この国に来たのとは別に、話し合いもせず竜の里を飛び出したのは少しは悪いなと思っとる。孫に会うのにも、長い年月が必要になってしまったしな。やから今回だけ、ホンマに今回だけはこれで手打ちにしてあげたるわ」


 そういうと、ブラドラは竜の姿になり。

 エンドラのことを尻尾で壁に叩きつけた。



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