第183話
そうしてすぐに謁見の間へと到着し。敵の大将と共に自国の王へ会いに行くというなんとも形容し難い奇妙な光景に微妙な気持ち悪さを抱きながら、開けられた荘厳な扉をくぐり抜けると。
「おお、きたか少年よ!」
こちらを見るや否や、すぐさま大きな声で呼びかけてきた老人が一人。
そして俺はその老人を見た瞬間に、相手が誰なのかということがわかってしまった。
「もしかしてエンシェントドラゴン様、ですか?」
「うむ。いかにも」
「えと……陛下、畏多くも私めの我儘を聞き入れてくださり誠にありがとう存じます。私一人では判断が難しいと思われる事案が発生致しましたので、臣下の恥を忍ばず直接お訊ね申し上げたく参りました所存」
「畏るな、表をあげい」
陛下のもとまで歩み、臣下の礼を取る。横にいるマリネ女史も同じくだ。敢えてという訳ではなく特に謁見時の説明はしていなかったが、同じ態度を取れるあたり頭は悪くないのだろう。
「はっ」
顔を上げると、待っていたかのように視界の端に映る老人が目の前におわす陛下を遮るように、尊大な態度で俺の前まで出でた。
「よくワシとわかったな?」
「その、オーラが明らかに老齢龍様のものでしたから」
「なるほどなるほど。驚いただろう? 無理もない。以前説明したが、この姿がワシの本来の人間形態。お主と
「ええ、存じておりますよ」
老人--エンドラは竜の里で修行をした時のあの白髪青年を、そのまま歳を取らせたような見た目である。
しかし、その内から漏れ出るパワーはその時を軽く凌いでおり、ドラゴン形態のあの絶対強者と言う言葉が似合うエンドラをそのまま人間という器に押し込んだような感じだ。眼力も衰えなく常に世界を見通しているかのような輝きと深みを含んでいる。
つまり何が言いたいかというと、エンドラは人間形態でも裏ボス然としているということだ。
作務衣のような一枚の羽織りを腹の辺りの紐で括り、ズボンは少々ダボついたもので足元にはサンダル。手に杖のようなものは持っておらず、一人でシャンと背筋を伸ばして立てている。まあそれだけなら、少々鍛えている老人と言えなくもないのだが。
明らかに人間のものとは思えないそのオーラは、魔王ですら瞬殺してしまうのではないかと錯覚させるような(実際やろうと思えばできたのかも知れないが)漲る力を象徴している。よく見れば、周りにいる官僚や近衛兵の全員が怯えているのがわかる。俺はステータスが高いからまだこのくらいで済んでいるのかも知れないが、普通の人間にしてみれば指が触れただけで木っ端微塵に吹き飛ばされそうな化け物が悠然と構えているのだ。そりゃあ恐怖以外の何物でもないだろう。
だがその中でも一人、レオナルド陛下だけはいつもの通りに落ち着き払った様子で玉座に腰掛けていらっしゃる。流石は我が国の王、五大陸の雄と言っても過言ではないこの国を治めるには、これくらいのキモがなければやっていけないのだろう。
「お、おい、ヴァン君、あの怪物は君の知り合いなのか!? まさか魔王とかじゃないだろうな!?」
とてもどうでもいいが、マリネ女史には俺のことをヴァン君と呼んでほしいと言っている。最初は貴殿とかナイティス卿とか呼ばれていたが、敵からそんな遜られるのもむず痒くなったからだ。それにお姉さんから君付けで呼んで貰えるってなんだか
「違います、あの方は----」
エンシェントドラゴンとその一族について軽く説明をする。
「な、なるほど、以前見たあのドラゴンの親玉というわけか……君の交友範囲は一体どうなっているんだ? 全く、世の中にはまだまだ思いつきもしない存在が溢れているものだな」
後半の呟きは俺のことなのか、はたまたエンドラのことなのか。どちらにしても、世界は広いということだな。俺たちもまさか、五大陸以外に"外の世界"が広がっているだなんて知らなかったからな。
「それで、エンシェントドラゴン様はどうしてこちらに? 態々自らこちらにいらっしゃるくらいなのですから、何か重大な事象でも発生だということで?」
「うむ、正しく、重大にも程がある事態が起きた。そこの女、そなたは外の世界から、つまりはこの五大陸を超えた先にある地からやってきたのじゃな?」
「ああ、いえ、はい。その通りですが、それがなにか?」
「じゃがそもそもそこがおかしい。どうしてこの地にやって来られたのじゃ?」
「おかしいとはどういう意味だ。普通に海を渡って来たに決まっているだろう」
んん? 確かにおかしいぞ?
「マリネさん、待ってください。本当にそれはおかしいですよ」
「だから何がだっ。お前のように転移をするなぞ普通の人間にできるわけないだろう。しかもこちらは大軍なんだぞ? 連れてくるだけでどれだけ大変だったと」
「ええ、ええ、わかります。少し落ち着いて。おかしいというのは、つまりですね。この五大陸の遠方には常に、海には大時化が、空には激しい雷雲が広がっていて、それ以上先に進むことができないんですよ」
特に、南側にある時化は何人たりとも通さない『悪魔の領域』として有名だ。そこを越えて来たというのだから、敵さんもえらく気合が入っているなあと思った覚えがある。
「それは知っている。だが私たちはそこを越えて来た。越えて来はしたが……一つ、カラクリがあってな。なるほど、この地域の人間にとってもあの聳り立つ壁のような悪天候は有名なようだな」
「カラクリ?」
マリネ女史は言っていいのかどうか迷っている様子だ。もしかすれば、ポーソリアルのあの俺たちが魔導と呼んでいる技術が関係しているのかも知れない。
「その前に、ワシの仲間が探査して来た情報を話そう。あの荒れに荒れた海も空は綺麗さっぱり無くなってしまっていたのじゃよ。もちろん、ワシも直ぐに直々に確認しに行ったが、そこには確かにどこまで全く平穏な大海原と、青と白の広がる雄大な空が待っておった。ワシの記憶にある、あの生きとし生けるもの全てを呑み込んでしまうのではないかと思うほどの"絶壁"は消え去っていた」
「ええっ? まさかそんな」
「お主は確認しに行ったことはあるのか?」
「実はまだありません。この力を手に入れてからそんな遠くまで行く機会はなかったですし、それ以前は当然、そこら辺の兵士に毛が生えた程度の力しか有していませんでしたから」
「そうか。じゃが今のお主なら、空を飛んで確かめに行くことは容易じゃろう。時間ができたら、行ってみると良い。きっと驚くことに違いないぞ?」
「はい、そうしてみます」
エンドラの話からは嘘をついている雰囲気は感じない。本当に曰くの地域は無くなってしまったと思われる。
「説明ありがとう、ドラゴンの王。それには私たちが深く関係しているのだ。今更隠しても仕方がない、私はポーソリアルのことは愛しているし素晴らしい国だとはっきり言い切ることもできる。が、同時に、今は一つの疑惑を抱いているのだ。政府は民を見捨てようとしているのではないかとな」
マリネ女史は話す気になったようで、エンドラに一礼した後言葉を紡ぎ始める。なんだかシリアスな雰囲気を感じるのだが……
「細かいことは既に尋問で話しているが、我々は貴殿らの使う魔法を昇華させた技術を有している。それを我々は『マジケミク技術』と呼んでいる」
「マジケミク、ですか」
魔導=マジケミクということだな。
「そのマジケミク技術を発展させていくうちに、後に幾つかの『禁忌』と呼ばれるようになる技術も生まれて行った。そのうちの一つが、『天候操作』の技術なのだ」
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