第138話 ※マリネ視点

 


 時は少しだけ遡り、ヴァン達が集結する前、再びポーソリアル共和国中央地方遠征軍主力戦艦『レッセンチメント』艦内にて



「……おい」


「はい?」


 私は、何を思ってか必死にこちらのご機嫌とりをする根暗女に声をかける。


「何か、隠していないか?」


「え?」


「だから、私に何か言っていないことがあるんじゃないかと問いかけている」


「いえ、なんのことでございましょう」


「んむ、そうか。あくまでも惚けるつもりと」


「はい? 惚けるとは、これは心外。ワタクシは貴方様のため、そして共和国のためにあらゆることを包み隠さず誠実に実行しておりますのに」


 髪長女はオーバーリアクション気味に悲しみをたたえた様子だ。しかしそんな子供じみた演技に何の意味があるのか?


「ほう、そうか」


「ええ」


 私は、司令室に備え付けられた外の景色を百八十度見渡せる強度な防護が施された窓から身体ごと顔を背け、女に向き直る。


「ならば、私の推理を少し聞いてはくれないか? どうせ、まだ軍を本格的に動かすつもりはないのだろう」


「ええまあ、仰る通りですが。その推理とはどのようなもので?」


「ふう。これは私の中で考えうる最低辺の推理だということを先に示しておく。国がこんなことをするわけがないと、そう信じている上での発言だ」


「はい」


「さて、今回の戦争では、兵士は何人連れてきた?」


「単純な戦闘力でいえば十五万人でありますが、後方支援部隊も合わせると二十万だったかと」


「その通りだ」


 女は淀みなくこちらの質問に対して返答する。だがまだまだこれからが肝心だ。


「では、その中で正規兵・・・は何人いるんだ?」


「正規兵、でございますか。それはもちろん全員ですが。お給金もきちんと出ておりますし、訓練も怠ってはおりません。立派な職業軍人ですよ」


「ああ。名目上はな」


「…………ええと?」


 目を細め、跪く姿勢を変えない女を睨み付ける。が、あいも変わらずどことなくヘラヘラとした印象を受けるな。


「だが、本当に自ら進んでこの戦争に参加した物は何人いる? ただでさえ、対魔大戦で沢山の武力を失った我が国が、どうしてこうもすぐに大規模な軍事行動に出られた?」


「それは、幸いにもまだまだ国のために立ち上がる意志があるものが生き残っていたからでしょう」


「そう、そうならば良かった。だが、実際は違った」


「と仰いますは?」


「私はこの一週間、兵士に話を聞いて回った。もちろん、お前のいう通りに自ら進んで入隊した者も多かった。しかし一方で、感触で約三割にあたる者が、嫌々参戦したと白状したのだ」


「え?」


「しかも、残りの七割の中には、明らかに様子のおかしな者が複数混じっていた。まるで、何かで操られているかのようだった。それが何かはわからないが、しかし間違いなく本人の正常な思考ではないと見受けられる受け答えをする兵がいたのだ」


「は、はあ。申し訳ありません、何を仰っているのか――――」




「惚けるな!!」


「ヒッ」



 私は軍服のポケットを探り一つの小袋を取り出す。


「これは、なんだ?」


「ここ、これ、とは?」


「この袋に入っているものだ。よく見てみろ」


 そしてその中に入っている物体……『白い粉』を手袋で包まれた掌の上にガサガサと袋を揺らして出す。


「それは一体?」


「これが何か、知らないのか?」


「いいえ、全く存じ上げません。何かの薬でしょうか?」


「ふむ、薬、か。確かにそうだな。ただし……これは毒薬だ!」


「どどど、毒薬!? ほ、本当なのですか司令官!」


 女は本当に何も知らないかのような態度だ。その伸びきった髪がふわりと跳ね上がるほど大袈裟にすぎる驚き具合がむしろ怪しさを増していると気がつかないのか? 大根役者よりも酷いな。


「私も、己を恥じている。こんな物が出回ってきたことをつい先日まで全く把握していなかったのだからな。戦は大局を見通す必要がある。だが、そのために足元を固める部下達の様子を注視することができなかったからだ」


「ええと、何を仰りたいのかが」


「そうか。まあお互いに長々と御託を並べていても仕方がないだろう。この白い粉は、人を惑わす性能を有している。そうだな?」


「そうだな、と申されましても」


「先ほど述べた嫌々ながらに参戦した兵士。彼らがなぜ素直に白状したのか。それは、この薬を欲していたからだ。どうも、この粉にはなんらかの中毒性があるらしく、成分が身体の名から抜けると欲しくなって仕方がなくなるみたいなのだ」


「それを渡す代わりに、洗いざらい話をさせた、と」


「ああ。私も身が千切れる苦しい思いをした。しかし、この戦の"本当の姿"を暴くためにやむを得ない犠牲だと自分に言い聞かせて心を鬼にし聴取を強行した。無論、お前にバレないように配慮したので気がつかなかったのだろうが」


「確かに、いつのまにか何処かへと消えてしまわれていたことが数度有りましたが。あの時にそのようなことをなされていたと」


「うむ」


 この白い粉は、兵士たちの間でまるで通貨を扱うかのように貴重な代物として出回っていた。賭け事、物々交換、果ては脅迫まで。調べるうちに、この薬を中心に兵士たちの大きなサイクルが出来上がっていたのだ。


 戦に出るたびにコレを常用し、気分を高め敵を殺してもなんとも思わないようになる。興奮剤のような役割を果たすようで、少量であっても吸引すれば数時間は効能が続くようだ。


 そしてコレの怖いところは、例え一度でも服用すると常に求め続けるようになってしまうということ。更に残念なことに、私のところまで情報が中々上がって来なかったのは、ある程度の地位にある士官までもが薬の存在を隠蔽していたことだ。


 兵の間では、もし上に漏らす者がいれば、二度と出回ることはない。更に本来は禁制であるためその罪も重いものを背負うことになるという脅しが箝口令のように出回っていたそうだ。

 たまたま、これを使っているところを目撃したからそこからこじ開けるようにして秘密を暴露していけたものの、もし機会がなければ終戦まで知ることがなかったかもしれない。それくらい、厳重に隠し通されてきていたのだ。


「最低でも三割、参戦する気がなかったのに連れてこられた者がいた。しかし彼らも入った以上は国や家族のためにと言い聞かせ、仕事を全うする意思を持つ者がほとんどのようだ。なので、士気自体にそれ程問題はない。もちろん、それでもやる気のない者は存在するし、そういう者であるほどこの薬に手を出していたようなのだ」


「つまりは嫌なこと、この戦という現実から逃げるためにその怪しい薬を常用していたと」


「ああ。これは明らかな悪循環だ。こんな薬に頼って士気を保つような状況じゃ、いつ精神がおかしくなっても不思議ではない。人を殺めるというのは誰にしも心身に負担がくるもの。そこから逃げるためとはいえ頭がおかしくなるような薬を使っていては元も子もないだろう」


「ええ、仰る通りで。ワタクシの調査不足でありました、至急軍内の規律を正すための行動に移させていただきます」


 と言い、女が司令室を出ていこうとするが。


「いや、まて。話は終わっていないぞ?」


 どさくさ紛れに逃げるのは許さんぞ。本題はここからなのだから。


「ええと、まだ何か?」


「これは、確かに大きな問題ではあれど今回の調査における副次的なものなのだ。私が疑いを持っているところはもっと他のところにある」


「と言いますと」


「国を疑う。私はこれからそういう話をする。いいな」


「は、はあ、ワタクシに言われましても、判断しかねます」


 それは最後まで話してみろ、という挑発なのか?


「……まあいい。兵士たちに話を聞いて、まとまった考えがもう一つ。聞き取りをした限りの範囲ではあるが、今回の遠征軍に入っている半分ほどの人間は各家庭における次男以降の立場にあることがわかった。しかし聞けば他の者たちの中も似たような立場の者が沢山いるという。だがこれだけではまだ根拠は薄い」


 旗艦だけあってこの艦に乗っているものは殆どがエリート。

 その中であれど、雑用任務に付いているものは下っ端が殆どなのは他の艦と変わらずだ。その者たちが、どうも嫌々戦をしに来てきたようなのだ。

 そして薬もまた、そういう界隈で広がっている。エリートたちは元締めのような役割を果たしており、少ない給金を下の階級から搾り取っていたのだ。


 だが、話はそんなことで収まる範囲ではない。


「国は、復興策として長期間の人員移動を指示していたな」


「ええ」


「あれは、各家庭における予備力を任意で様々な仕事に割り振るというものだ。戦時中の徴用と似ているが、任意というところが違う。なお長男が指定されていないのは、家長がいなくなるのを防ぐという当たり前の配慮からだな」


「そうでありますね」


「だが、実際にどこに割り振られるかは、本人の希望が通ることは殆どないと聞く。体格や身分、学力体力により向いていると思われる仕事に就くことになるからだ」


「効率を考えると、致し方ありません。戦争は終わったとはいえ、国家としてはまだ戦後処理の段階なのですから、そう簡単に状況が平時に戻ることはありません故に」


「その通り。なので、以前から不満の声が上がっていることは私も知っていた。いくら勤勉な我が共和国民であっても、全員が全員口一つ開かず与えられた作業をこなせるとは到底思えない。大統領の側にいるがゆえ、耳に入ることも多いからな」


「ええ、それは存じ上げております」


「その前提があって、聴取を行ううちに結びつけたわけだ。これは、この軍においても同じ状況が起こったのではないか、と。幾らなんでも割合として次男以降のものが多すぎる。私の耳には今この中央地方の地にいるものはその政策とは全く関係ない、完全に善意かつ任意の勇士たちであると」


「その通りであります、彼らは国のため、家族のため、愛する者の為に一生懸命働いておりますよ」


「だがそれも幻想に過ぎなかったことが、今の私は知っている。こんな危ない薬に頼らなければやっていけないような精神状態なのだぞ? 何をどう信じろというのだ」


「それは……何かの手違いでは」


「まだそんなことを言うか! 私も馬鹿ではない。ここまで入ってくるアレコレは、国元に居る時から情報封鎖・操作をされていたのだろう。私は、今回の遠征軍の旗頭であるからな。余計なことを考えるなと、遠回しに伝えていたのだ。だが、様々な状況や事実を複合勘案すれば、自ずと答えは見えてくる。おい、戦争とはなんだ」


「なんだ、とは?」


「戦争は人が死ぬ。そうだな?」


「ええ、その通りであります。人と人がぶつかれば、犠牲はつきものです」


「そして規模が多ければ多いほど犠牲は増える。幾ら持ってきた戦艦たちが強かろうと、一度陸に上がればせいぜい個人武装した人間たちの塊だ。それに、長旅だけあって一度に使用できる資源の制限もある」


「致し方ありません、何千キロも離れた土地なのですから」


「ああ。あの海流を越えるのには相当苦労したな。そんな状態で、防衛戦に就いている大量の敵軍と出会してみろ。よく考えなくても、消耗が激しいことくらい誰でも想像がつく」


「そ、それは……まあ」


「しかし私も司令官として愚痴や弱音を吐くわけにはいかないから、敢えて指摘してこなかったのだ。お前から見ればただのお嬢様で、お飾り司令官だったかもしれない。だが私も私なりに色々我慢をし、考え、己の仕事をこなしてきたのだ」


 ふう、と一度自らを落ち着かせる。


「そこに今回の疑惑。頭の中で、点と点が繋がったのだよ。復興政策、遠征、聴取、薬、武装、戦況、あらゆるものが遠巻きにリンクしていたのだ。さて、そろそろ結論を言おう」


「………………」




「この戦争は、最初から『口減らし』の為に行われていたのだ!!」


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