第139話
「敵は、駐留部隊を除いた全軍がガジド峡国を出、既にこちらに向かい進軍中であります。到達予想は三日後。やはり戦闘を伴わない場合の進水速度も我々の持つ船よりも圧倒的な性能を誇っているようです」
「しかし、それだけをもって敵に利が有ると判断するは早い。一般的に戦争は攻めるよりも守るが易し。確かに一時は戦線を押し上げられはしたものの、今の各国が協調姿勢をとった現体制においてはむざむざやられることもあるまい。もちろん、油断は大敵だ。気を引き締めてかかれよ」
「わかっていますわ、陛下」
「我々も、武力の供出は惜しんでおりません。必ずや戦果を挙げて見せましょう」
「そうだ! 敵はたった一国! 例えどんなに珍妙な船を使っていたところで、我らが負けることは万に一つもあるまい」
ファストリア王国国王レオナルド=パス=ファストリアの言葉を持って、会議は締められた。
それに対して各国首脳はその幅はあれど前向きな姿勢を見せている。これならば前線を与る兵たちの士気も下がることはないだろう。上に立つ人間が弱みを見せれば、それだけ着いて行く者に動揺が生まれてしまう。
その点、レオナルド陛下であればカリスマ性もあるし、兵士だけでなく各国の首脳陣も含めて上手く陣頭指揮をとってくださることだろう。
ポーソリアルの船は、いよいよ南大陸に近づいてきている。ガジド峡国は抵抗戦力を揃えきれないまま占領されてしまったため、逐次投入の予定であった兵力は東側に引き上げさせた。
あの色々と文句を言っていた東側諸国の王たちも流石に余裕をかましていられなくなったのか、防衛陣地を築く代わりに受け入れるとして完全に引きこもり状態になってしまっている。まあその分俺たちは敵を真正面から抑えればいいわけだから負担が減るので助かるが。
臆病者も、使いようによっては役に立つという例示だろう。
そして、報告の通り到着予定は三日後。敵戦力は約十万。そこに更に後方支援部隊も含めると一万ほど増える見通しだ。
我々が保有するのは六百万の実働部隊。単純に六十倍もの大戦力であるが、俺としては彼らの意見に全て賛同は出来ない。
何故ならば、実際に戦った感触からして、一般的な兵士ではすぐにやられてしまうからだ。あの銃のような『魔導』武器は一枚鎧くらいならば簡単に貫通してしまう。もちろん魔法使いたちにより障壁魔法が展開はされるが、それでも後方からは戦艦による砲撃が飛んでくるし、敵にも魔法使いは沢山いる。
というよりむしろ魔法に特化した部隊を多く編成しているように見えるので、遠方からの絨毯爆撃的集中攻撃を受ける可能性は十分にある。
まあそれらの対策は今まで行われてきた会議で話をし、ある程度整ってはいる。後は、油断をせずにいかに消耗を少なくするかの戦となるだろう。
その上で、多少の消耗は覚悟をしておく必要がある。軍団内における士気は、当たり前だが味方が傷付けば傷つくほど下がっていく。仲間が酷い目に遭うのを見て気がそがれるし、次は自分がこうなるのではと二重に嫌な気分になるものだ。
戦によっては、敵寝返ってしまったり、そうでなくとも恐慌狂乱状態に陥り戦線が立てられない事態になりうることだってある。上に立つものがいかに精神面をコントロールかも重要になってくる。
「我も久しぶりに本格的に暴れられるのじゃ! 楽しみじゃのう!」
「お姉ちゃん、これは遊びじゃないんだよ? わかってる?」
「わかっておる。きちんと敵味方の判別くらいつけるわい。心配しなくてもきちんと目的は共有できている」
「そういうことじゃなくて……はあ、ヴァンさん、お姉ちゃんのことくれぐれもよろしくお願いします。妹として他ならぬあなたに頼んでおきますね」
「ああ、うん。どうにかするよ」
とはいうものの、このじゃじゃ馬竜っ娘の手綱を引くのはそう簡単じゃなさそうだが。
俺たち勇者パーティは基本遊撃部隊として完全に別働だ。
そこに、ルビちゃんイアちゃんも混じってくれている。
ドラゴンの力は人間なんて及ばない遥か高みにあるし、それは例えまだ成人したてであるこの二人……二匹であっても同じだ。
竜状態においては口から吐く炎は鎧なんて
人間状態においては、魔法攻撃も多彩なものがある。魔力が高いのはいうまでもないが、こと炎の扱いに関しては俺たち人間を遥かに凌ぐ器用さだ。更にイアちゃんはなんと高度魔法に指定されている氷の魔法まで使えるという。
俺の範囲魔法で漏れた分をカバーしてくれること間違いない。充分期待できる新能力だ。
別働隊にあって俺は、基本範囲攻撃。
ジャステイズとデンネルは前方に出て行き打撃戦闘。
エメディアは魔法による遠隔攻撃。
ドルーヨとミュリーはそれぞれ後方支援に混じって情報収集・分散と、回復魔法等による適切な戦力バックアップ・聖女代理としての人々の旗頭の一人という役割を持つこととなっている。
また、それぞれ手が開けば弓使い・魔法遊撃手として戦場にも赴く。
「三日。三日経てば、この一時的な平穏や休息も過去のものとなってしまうのであるな」
「ええ。一難去ってまた一難、魔族の次は人間が相手とは。改めてになりますが、どうも気落ちしてしまいますね」
「ちょっとドルーヨ? 途中で逃げ出したりしないでよね」
「はは、まさか。商会を見捨てて逃げることになりますから、流石にそれは。あの組織は、僕の命と同等です。あ、もちろん皆さんも大切ですよ?」
「そんな取ってつけたようなお世辞は嬉しくないね。父上ならばきっと気の利いたことを仰っただろう」
「僕は皇帝じゃありませんから。思ったことを素直にいうだけですよ」
「確かに、皇帝陛下って立場は気軽にモノも言えないわよね」
「口から出るものは全てが公になるからな。専制政治の良いところでもあり悪いところでもある。無能が上に立てば、民や国はたちまち混乱の渦に巻き込まれてしまうだろう」
そう言えば、レオナルド陛下は今の国王が上に立つ仕組みではなく民主的な国に変えていくと仰っていたな。ファストリアがどのような形を取っていくかはまだ定かではないが、この戦が収まればそちらも本格的に推進されていくことだろう。
一方のフォトス帝国はいわゆる帝国、属国を周辺に幾つも持っており、それらの国とのある意味で連合体のようなものを組んでいる。そのため独断専制政治でないとまとまらないという問題がまだ大きなところで存在しているのだ。
「これを機に、ポーソリアルの共和制というものについて研究してみてもいいかもしれません。どちらにせよ、この戦によってここ五大陸は良くも悪くも様々なものが影響を受け、変化し、時には滅びていくでしょうね」
共和制、か。地球では歴史の流れの中でたくさんの国が導入していたが、ここ異世界『ドルガ』では知っている限りではほぼ全ての国が専制政治であった。
俺の見知らぬ『魔法』というものが存在した世界。地球とは違う歴史を歩んできた異世界がこれからどう歩んでいくのか、注視していく必要があるだろう。
俺たちは、会議室を後にし。
そして俺は一人、一度ベルに逢うため北大陸へと転移した。
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