第156話 ※同上

 

 翌日、中央大陸北部。エイティアの街のはずれ。対魔族前線基地にて


「諸君、我々はそろそろ決着をつけなければならない! この戦いで必ずや、人類の勝利に導く。それだけが、唯一の目標だ!」


 お父様が、お立ち台の上でエイティアお抱えの兵士たちに向かって訓示を述べている。


「幸い、今までとは違い、人員・物資共に充分な補給が満たされることが確約されている! もう、ひもじい思いをしながら魔の手からの攻勢に待ったを掛けるだけの日々は終わりを告げるのだ。諸君らの全身全霊の働きによって、沢山の人々に笑顔が戻って、あるべき日常が戻ってくる。逆にいえば、ここで背を向ければ、その幸せをみすみす逃してしまうということだ! それが諸君らの望むことか?!」


「「「「いえ!」」」」


「だろう! ならば、立ち上がれ! 血を流し合い、精魂尽き果てるまで剣を振るえ! さすれば、自ずと望みは叶うだろう」


 お父様も、私が出て行って暫くしてから立ち直ったらしく、娘が家出したことを心配するくらいの余裕は戻っていたらしい。

 そして私がここに帰ってきたことによって、完全に元のお父様に復活したわけだ。

 現にこうして、魔王軍残党討伐軍の責任者として檄を飛ばしているわけだし。


「更に今回は、なんとドラゴンが一緒に戦ってくれることになった。言わずと知れた、我が娘を打ち負かしたヤツの仲間なのだという。その能力には疑う余地はないだろう」


 と、パラくん曰く『たいしょー』は自分の後ろで石像のように四つ足を地につけながら待機するパライバドラゴンを指しながらそう述べる。


「グルァァオオオオ!」


 パライバドラゴン……パラドラはそれらしく立派に雄叫びをあげる。兵士たちも若干ビビっているようだ、ドラゴン族としての年齢はともかく見た目は完全に空の王者然としているので一定の威嚇効果も期待できるだろう。魔物も動物の範疇だし、遺憾ながら魔族だって人間同様高度な感情を有した存在だ。強大な力を前に尻尾を巻いて逃げ出す者だって現れてくれるかもしれない。


「そしてそして、もう一人」


 え?

 パラドラの省内をし終わったお父様は、何やら勿体ぶった言い方をする。まだ協力者がいたのか? そんなの聞いていないんだが?


「この女性が、職務に復帰することとなった!」


「え!? あ、アルテ!?」


 そうそれは……かつて、五歳まで私のお付きのメイドであり。そしてその後は戦闘力として前線に駆り出されて行った女性であるアルテその人であった。


「皆様、お久しぶりです。魔族から体を引き裂かれた時はもう助からないかと思いましたが、こうして舞い戻って参りました。これも、神のお導きかと存じます。再びこの身をエイティア領のために捧げることが出来るのは、正に光栄の一言につきましょう。どうぞ、よろしくお願いします」


 何年かぶりに出会うメイドは、私の中に残っている印象とはだいぶ変わっていた。

 フワフワウェーブの髪は短く切りそろえてセミショートになって。

 服も執務服ではなく女性用の鎧に、槍と剣を得物にしている。


 それに、顔には目立つ傷跡がいくつも。女騎士という一言が似合う風貌となっていたのだ。


「あ、アルテ、どうしてっ!」


 お父様の横で待機する私は、思わず大きな声を出してしまう。


「お嬢様、お久しゅうございますね? 立派になられて、噂には聞いておりましたが、本当、お綺麗ですよ?」


「いや、そんな、私のことはどうだっていいのよ。どうして貴方がここに!?」


 ありえない、だって彼女は……死んだはずなのだから!


 お母様と一緒に、私が十二歳の時にその訃報を聞いたのは忘れやしない。こうしてペンダントも、ほら、きちんと持ち歩いているのに!


 元の画から小さく模写されたお母様の肖像画を入れてあるペンダントをお守りか何かのように自然と握ってしまう。

 もしかして、もしかしたら、じゃあ……!


「ええと、なんと申しますか……ともかく、こうして生きておりますよ、お嬢様」


「ほ、ほんとだ……暖かい。幽霊じゃないみたいね?」


「うふふ、幽霊でしたら、ここには来ずに直接魔王城に化けて出てやりますよ」


「え、えへへ、本当にアルテなんだね? じゃあ、おかあ」

「奥様は、お戻りになりません。残念ながら。大変恐縮ではありますが、下手な希望を持たせるのは酷だと思いまして……」


 一旦体を離して、昔よりもグッと近くなったその顔を覗き込むように訊ねようとしたのだが。それに被せるよう先回りして彼女が回答した。


「……そう、だよね。わかっているわ。そんな奇跡が何度も起きるようなら、世の中はもっと幸せで溢れている筈だものね? 夢は見ないわ。ただ、目の前の事実を受け入れるだけだもの」


「成長されたのですね」


「というよりも、ただ単に心がすり切れただけかも知れないけどね。本当、沢山あったわ。貴方がいない間、沢山……」


「こほんっ!」


「「!!」」


 アルテのことをマジマジと見つめてしまっていると、お父様が背中の方から咳払いをするのが聞こえた。私は慌てて元の位置に戻ると、先ほどの光景を見つめていたのであろう沢山の兵士達の視線を感じる。中には泣いている者の姿も見受けられる。


「また、詳しい話は身内でしよう。今は、最後で最大の作戦にしたい、いやきっとそうしなければならない仕事にかかる皆のための激励の時間だからな」


「はい、申し訳ありません、お父様、皆様。少し感情的になり過ぎたようでした」


「おいおいたいしょー! ちょっと実の娘に辛辣すぎやしねえか!」


「そうだそうだ! 人間の感情がないのかー!」


「そうだそうだー、酒飲ませろ!」


「そうだー! 税を安くしろー!」


 私が頭を下げた途端、兵士たちが一斉に騒ぎ出してしまう。な、なんで?


「お前たち、何を勝手なことを言っている! それに酒なら昨日散々呑ませただろう!」


「うるせえ! 祝賀用の酒もきちんと用意しておけよなおやっさん!」


「案ずるな、既に手配はしてある! 後税は安くせん、ただでさえ領地経営に困っておるのだ、察しろ!」


「ブーブー!」


「うおおおおおお!」


「酒だー!」


「悪徳領主ー!!」


 悲喜交交、称賛と非難が入り混じった声が飛び交う。なんなんだこれは、はあ。


「うふふ、きっと、皆さんお嬢様を元気付けようとしてくださっているのですよ」


「え?」


「奥様のことです」


「あ、ああ。いや本当、もういいのよ。死を受け入れる心くらい備えてあるわ」


「そうでしょうか、私の胸で宜しければお貸しいたしますが?」


「…………一応考えておくわ」


 これでもかと優しい笑顔をこちらに向けてくるアルテに、ぼそっとそう告げてやる。


「お前たち、静かにしろ!」


「グルアアアアアアアアンンン!」


 お父様がそろそろ場を宥めようとすると。それに合わせてパラドラが大きな咆哮をした。途端、兵士たちは水を打ったように鎮まり返ってしまう。やはりドラゴンの存在は大きいようだ。


「……ありがとう、ドラゴンくん。さて皆の者、今一度、誓いを新たに。この世のために、ファストリアのために、エイティアの為に、愛する人のために、戦う覚悟はできているか!!!」


「「「「「「おおおおおおおおっっっっ!」」」」」


「ならば、逝くぞ、戦友トモよ。共に血を、汗を、流そうじゃないか!!!」


「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」


「やあああああああっ!」


「グオオオオォォォンッッ!!」


 広場にいる全ての者たちから一斉に勝鬨が挙げられる。


 戦争の、始まりだ。



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