第155話 ※ベル視点

 

 ----中央大陸北部、エイティア男爵領行政都市、エイティアの街にて


「ヴァン、今頃どうしてるかなあ? きちんとポーソリアル相手に戦えていればいいんだけど。って、私が心配することじゃないか」


 久しぶりに顔を覗かせた自室のベッドに腰掛け、両足をブラブラさせながら呟く。


 少なくとも、現状の私よりも、というか勇者としての力を有していた時の私よりもずっと強い彼が下手をこくとはあまり想像できない。きっと、私が戦えない分まで『私と共に歩むため』なんて思いながら仕事をこなしてしまうのだろう。

 共に歩めない、遠くに後退してしまったのは私の方なのに、あの人は未だ私に置いて行かれないかが心配で仕方のないようだ。あれほど、勇者に選ばれなかったことを強がってなんとも思ってない風に気丈に振る舞っていたが、いざ自分が似たような立場になったら、それもそれで相応の振る舞いがわかっていないようだし。


 まあ、急に強くなったのだから、本心ではまだ戸惑いというか力を持て余している感が強いのかもしれない。私だって、勇者をしていた頃は保有する強大な力を求めて裏取引を求めてきた汚い輩が沢山いた(勿論丁寧にお引き取り願ったが)。今後彼に同じように接触する者は少なからず出てくるだろう。しかも、今回は魔物や魔族相手ではなく、純粋に人間の軍隊が相手だ。有用性を示すにはある意味ではまたとないチャンスになってしまった・・・・・・・に違いない。


 ……じゃあ私の方は、これからどう振る舞えばいいの?


 一度は飛び出したこの地に再び舞い戻ってきて、もう今度は逃げ出すことはできないし、私自身もそんなことはしたくない。だからといって、以前と同じように勇者として力を振るうことも叶わない。

 老齢竜との修行を見ていて、間違いなく今の私は悪い意味で場違いな存在だと思い知らされた。元に戻る方法がわからない以上、そこら辺の兵よりは総合的に少し強いくらいの一人の女性として生きていく覚悟をしなければならない。そんな女が彼や彼の周りにいる人たちの足を引っ張ったら、彼自身の立場も危うくしてしまうことは想像にたやすい。


「はあ、これから結婚生活も待っているというのに。魔王軍の残党討伐に託けて、離れ離れになった期間の溝を埋め、仲を深めて行こうって計画も台無しだし。こんな南北で遠距離恋愛にはなるし。それに……『女』が多すぎるよっ! もうっ!」


 枕を壁に投げつける。ポフンと柔らかい音がし、そのまま床に落下する。


「おんなおんなおんな〜〜〜! 私の弱体化よりも、ハーレム体質の方が大大大問題だよーっ!」


 私が弱くなったのは、あくまで私の問題であり、もう少し広げても勇者という立場や他人に頼る機会が多くなるという程度だ。


 だが、『女の存在』は全くベクトルの違う問題である。

 このままだと私が何十歳になろうとも、私以外の女が常に彼の周りに付き纏うことになるのだ。現に、エンデリシェ殿下--今はただのエンデリシェちゃんだけど--が既に側室として嫁になることが決定してしまっている。

 更に、最近はベルちゃんやイアちゃんもヴァンに対して満更でもない気持ちを抱いているように見受けられる。プラス、女の勘も働いているし。この後彼が受け入れることになれば、一気に四人のお嫁さんだ。


 別に、この世界の特に貴族は一夫一妻なんてことはない。大貴族ともなれば、大抵二人くらいは側室がいて、他にも愛人がいたり。酷い場合にはこっそり平民にまで手をかけて時がくればヤリ捨てなんてパターンもあると聞く。

 豪農や大商人だって、貴族ほどではないにしろ囲いを作ることはままある。


 …………しかし、私はそう、ワガママなのだ。この世界の基準で言えば、ヴァンくらい人脈と強さがあって、これからの経済力も期待できる男性が女を数人侍らすくらい大目にみてやれ。寧ろそれを容認して家を取りまとめるのが正室として・女としての甲斐性だと周りの人々は口を揃えて言うに違いない。


 でも、個人的な感情としては、コト恋愛関係に関してはやっぱり地球にいた時の感覚が未だ抜け切れないのだ。別に乙女を夢見て生きているわけではないし、割り切るところはこの世界に来てから色々と取捨選択して生きてきた。

 けれど、ヴァンは私のヴァンで、私はヴァンの私で。二身一体、運命共同体、一蓮托生の関係を維持したいという我儘な想いがある。もし願いが叶うならば、二人だけの世界に閉じ篭って延々と愛を紡いでいたいくらいだ。現に、それをやろうとしたが失敗したわけだし……


「まだ、その時じゃないってことなのかな? もしドルガ様が天からみていらっしゃるなら、こんな意地悪しないでくださいって言ってやりたいくらい」


 人には誰にしも運命というものが付きまとっている。そして、タイミングというものも。

 ヴァンとくっつくのは時期尚早だ、もう少し頑張りなさいという天からのお告げなのかもしれない。


「案外、神様って人間の世界に直接干渉していたりして。だって異世界転生させることが出来るくらいだから----」




 ----っっ!




「痛っ、な、なに、この記憶……!」





 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 私が、ヴァンと愛し合っていて、その後誰かが……これは、カオス?


 そして、この娘は。確か、ミナスとかいう----



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「----いっっ、つつ、思い出せ、ない……」


 断片的な記憶? なぜ、今のタイミングで……


 しかも、カオスとミナスさんがなんの関係があるの? どうして、カオスのローブから現れたのが、あの娘なの?


「あ、頭が、割れそう」


 駄目っ。考えるほどに、頭痛が酷くなる。私は突如脳内に浮かんだ記憶に関する思考を一旦停止させる。


「はあ、はあっ、はあっ……はあっ、はあーー……」


 これが、フラッシュバックというものなのだろうか?


 バラバラなシーンが途切れ途切れに浮かんでは消えていった。たった十数秒程であったが、何かとてつもない重要な秘密が隠されている気がする。


「だめ、あっ、薄れていく……」


 しかしすぐに、今見た光景が、だんだんとモヤがかかったように思い出せなくなっていく。まるで夢の内容を思い出そうとしてすぐに忘れてしまうみたいに。


「ううっ」


 み、水を飲もう。


 私は用意された水差しからコップに水を注ぎ、一気に一杯を飲み干す。


「嫌な感じ……私は今、なにを見たのかしら」


 なにを見たか思い出せないことを覚えているこの気持ち悪さ。少し昔の日本では夢日記なんてものが流行ったことがあったらしいけど、もし今度同じようなことがあれば、忘れないうちに書き留めておいたら何かわかるかも知らない。


「ベルさん、どうかしましたか!?」


「ん? あ、パラくん。ううん、なんでもないよ」


「ほ、ほんとうですか? たまたま近くを通りかかった時に呻き声が聞こえたような気がして」


「あーうん、ちょっと小指をベッドの端にぶつけちゃっただけ、どんくさいよね? あははっ」


「ええっ!? そんな、今すぐ医者に見てもらわないと!」


「いやいや、大袈裟だよパラくんっ! そこまでしなくていいから」


「で、でも」


 少年姿のパラくんは、本当に心配そうに困り眉を作る。


「心配してくれてありがとうね」


「あっ……ま、まあねっ! ボクはベルさんを守るためにここにきたんだから当然です!」


 窓際に小机と一緒に置かれた椅子から立ち上がり頭を撫でてあげると、ほんのりと頬を赤くしてドヤ顔をする。


「違うでしょ、気持ちは嬉しいけど、魔物や魔族を退治するためじゃないの?」


「そ、そうです! その通りっ!」


 今度は慌てたようにあたふたとする。こう見ると、どことなくルビちゃんに似ていて親族なんだなあと思う。


「ちゃんとわかっているならいいのよ? 偉い偉い」


「あ、ちょ、やめてくださいっ」


 その宝石のように光を反射する鮮やかな水色の頭を撫でてやる。


 パラくんと関わるときはいつも、ヴァンとの子供が出来たら、こんな感じなのかなあと勝手に妄想してしまう。だからこそ、なんだかんだと甘やかしてしまうのだ。

 本人はもう成竜になりたいと意気込みは入っているが、性格も強さも、ほかのエンシェントドラゴン族と比べればまだまだ子供(それでも当然、そこら辺にいる数多の生き物とは一線を画す強さなのだが)。まだもう少し頑張って成長してもらわなければ立派な大人になれないし、エンシェントドラゴン様もそういう思惑があってここに送り出したのだろう。

 だからこそ、まるで我が子の成長を見守るような気持ちで応援したくなるのだ。まあ言って仕舞えば、将来の予行練習というところだろうか?


「うふふ、改めてしばらくよろしくね」


「あっ、はいっ! こちらこそ、全力でベルさんの活躍を支えさせていただきます!」


「あはっ、どちらかといえば、今の私じゃあ迷惑をかけることが多くなると思うけどね?」


「そんなことありませんっ! ベルさんはその場に存在しているだけで人々に勇気を与える方なのですから。胸を張って堂々としていればいいと思いますよ!」


 パラくんはやけに鼻息荒く、両手を握ってそう力説してくれる。


「そうかな? 励ましでも、嬉しいわ。うんっ、元気出た!」


「そうですか? よ、よかったです、えへ」


 そうだな。彼のいう通り、ここに戻ってきたんだから、暗い顔ばっかりしていちゃ、それこそ私自身で私のことを貶めることになってしまう。それはきっと、ヴァンも望むところではないだろう。彼のためにも、そして私のためにも、今はとにかくできることをコツコツと、と決意を新たにした。



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