第157話 ※同上
激励会はお開きになり、兵士たちはいざ出陣と魔族の残党勢力との間に築かれた防波堤。『デーメゲドン要塞』へと向かう。
この要塞は、王国国土の北端を万里の長城が如く塞ぐようにして作られた壁に点在する要衝の一つだ。他の要塞には他領や他国の兵が詰めており、私たちが前線においての拠点とするのはこのデーメゲドンとなる。
この場所は、エイティア領を挟むようにして立地している二つの男爵領、それと一つの子爵領も利用する物で、ファストリア王国北部の防衛施設としてなくてはならない建物の一つだ。
四層(四階建て)の、南北約五百メートル、東西約三百キロに渡って築かれた巨大建造物であり、その姿形を百年間保ち続けている強固な要塞。総収容人数は五万人、最大一万人が同時に寝泊りできる施設も備えている。タコ部屋気味ではあるが、食事もきちんと出るし、武具の備えも豊富だ。
しかしこれらには、"本来ならば"という枕詞がついてしまう。
百年間もの間補修に補修を重ねちぐはぐな見た目なのはともかく。各施設はここ数年の魔族の侵攻によってその修繕すら間に合わない所も多数ある。
現状、要塞としての機能は保てているし、破壊された外壁の修復が一番優先されているため魔物が乗り越えて侵入したということは数えるほどしかないのが不幸中の幸いだ。
しかし、兵士たちにとってはただ単に突っ立って剣や槍、弓や魔法を使用していればいいなんてことはない。人間である以上疲れも出るし、長期間滞在すればするほど飽きも出てくる。宿泊施設に食堂、遊戯室等々多種多様な部屋が備え付けられているのがウリだったはずのデーメゲドン要塞は、今や魔物の侵攻をなんとか遮っている壁に過ぎない。
というのも、南大陸の奴らが物資や補充人員を根こそぎ持って行ったからだ。
中央大陸北部は当然昔から、北大陸を支配していた魔王軍との最前線であった。しかし、その魔王が私の手によって倒されたことにより、一種の"終戦ムード"が世界を包み込んだ。そこに、今回のポーソリアル共和国との戦争。人々の関心は、今まで五大陸の中でも一番平和であった南大陸に一挙に注がれることとなった。
南大陸は、その境遇から魔物や魔族に対して私たちほどの備えはしていなかった。被害が少ないのをいいことに楽観視していた。
確かに、以前の状況であれば、それでもなんとかなったのだろう。しかし、敵はその
もう一つ、南大陸にとって不幸だったのは、各国の"小競り合い"があったことだ。
南大陸は他の四大陸と異なり、小または中規模の国家がひしめき合っている土地だ。当然、隣国が増えれば増えるほどトラブルも多くなり、それはやがて国家間の紛争につながる。
最初のうちはそれなりの規模の戦いも起こっていたようだが、次第に悪い言い方をすればソレは風物詩となっていったのだ。
ここ十数年において定期的にガス抜き目的で行われる争いは、小遣い稼ぎの民が参加したり、行商人が露店を開いたりと半ば工業のようになっていた。当然、兵士たちもその空気に流されていくようになる。
ヴァンは南大陸の国家のことを過剰に評価しているようなのだが、私に言わせればこんなのはただの"いちゃつき"でしかない。北大陸が受けてきた試練と比べるもなく、ぬるま湯状態であったと言わざるを得ない。
そんな国々が、この五大陸のどの国も経験したことのないような強大な力による制圧を受ければどうなるか? 当然、瞬く間に戦線は崩壊する。現に、ポーソリアルは南大陸を北上し、大陸の北西端まで瞬く間に侵略してしまったではないか。
そこで焦った各国の首領は、人や物資を寄越せと言い張り本来
結果、私たち中央大陸北部も多大な影響を受け、それはお父様が大いに荒れるほどの状況を作り出した。そしてまた、このデーメゲドン要塞も例に漏れず。
「ベルさん、なんだかここ、荒れてるね?」
「んん、ええまあね……色々と仕方がない事情があるのよ」
「ふーん」
パラくんのいう通り、要塞は見た目からして『大丈夫かこれ?』と思わずにはいられない惨状だ。
南大陸の奴らに見せればどうせ、『北の奴らはたるんでおる! 我々が必死で働いているというのに、建物一つ碌に直せないのか!』などと騒ぎ立てると予想できる、いや、そうに違いない。
まあ何が言いたいかというと、今回の作戦は半ば特攻に近いということだ。本当に幸いなのは、南大陸の物資がようやくこちらに回るようになったことか。なので、一先ずはまだ南に持っていかれずにこっちの方に残っている物資を優先的に回してもらい、修繕や兵の士気向上に利用している。残りの分は向こうが落ち着いてから順次到着する予定だ。まあ、それまで私たちが生き残っていたらという前提だが。
「お嬢様……」
「アルテ。どうしたの?」
「お嬢様だけでも、今からでも構いません、やはり南へ行かれてはどうでしょうか? 私、奥様だけではなく、お嬢様まで居なくなってしまうと考えると、震えが止まりません」
昔馴染みのメイドは、本気で心配しているのだろうことが伝わってくる顔で悲壮な声色でそう言う。
「何言ってるの、むしろ私の方が、アルテが生き返って来てくれて嬉しいわ。もう今度は、離れ離れにならないんだからね? これ、命令!」
「ああっ、お嬢様。そんなことを仰いますと私は拒否できないではありませんか!」
「当たり前じゃない。だった貴族だもの」
「お嬢様……黒くなられたのですね」
「ええっ!? そ、そうかなあ?」
アルテはメイド、つまりはエイティア男爵家に使える身。その主人の一人である私の命令には、逆らえないのだ。それがこの世界の掟であり、人と人の間に打ち建てられている絶対的な壁なのだから。
昔は、こんな中世か近世の封建体制的な世の中にすぐに適応できなかったが、今ではルールを十全に利用できるほどには柔軟に対応できたつもりだ。そういう点では、確かに黒くなったと言われても仕方がないかもしれない。
アルテは、かつて死んだと思われていた。正確に言えば、私にだけ生存していることが知らされていなかった。
それがどうしてかといえば、単純な話だ。アルテのワガママである。
アルテは、ただのメイドではない。戦闘メイドとでも言おうか、魔法の適性が高いらしく、魔法使いとして北部の戦線に従事していたのだ。エイティア家の重鎮メイドとしての傍ら、お父様を頂点とする男爵領軍のナンバーツーでもあったのだ。
当時の私は中身も見た目も子供だったし、そんな組織の構造なんて知る由もなかった。今の説明だって、彼女が帰って来てからのここ短い間に聞いた話だし。
魔物の攻撃が小康状態になったのを見計らって激励のために要塞に出向いていた
攻撃を喰らった彼女は、一時消息不明に陥った。その場に残っていたのは、彼女の愛用の剣と、そしてお母様の死体。アルテの死体は、恐らくだが魔物に食べられてしまったのだろうという結論になり、捜索は打ち切りとなった。
しかし、数ヶ月後。彼女はふらりとこの要塞に現れた。何故自分が生きているのか、彼女自身も全く覚えていなかったというが、その身体は細かい傷は残っていたもののほとんど無事であった。
一度は不覚をとったものの、持ち前の戦闘力は健在で。以降、私が魔王を倒すまで北部の戦線を支え続けていたのだという。
では何故、私にそれを告げようとしなかったのか……残念ながら、現時点ではまだ聴けていない。忙しいのもあったし、彼女自身も周りの人々も語ろうとしないからだ。それほどまでに何か重要な事項によって取り決められたことがあるのだろうか? 非常に気になるところではあるが、それにばかり気を取られているわけにもいかない。今はとにかく、アルテが生きていたことを純粋に喜ぼうということで自分に言い聞かせている。
「!!! きたぞ、魔物の大群だ! 魔族もいるぞ!」
「!!」
「きましたね、お嬢様!」
「ベルさん、ドラゴンになるね!」
「うん……二人とも、よろしくね」
時が来てしまったようだ。生きていたら、アルテに理由を聞こう。そしてたっぷりと怒った後、たっぷりと甘えるのだ。それがきっと、彼女が居なかった間の穴埋めになることだろうから。
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