第158話 ※同上
「グオオオオオンッ」
「クルワァアアアン!」
「キュルキュルキュル!」
「ぐへへ、血の匂いがぷんぷんするぜ……」
「オデ、ニンゲン、ゴロズ。ダダギヅブズノズギ」
「ウォーン!」
「ピュルルルルルルッ!」
デーメゲドン要塞。その壁の向こうには、海を渡ってやって来た魔族や魔物の大群がその時を今か今かと待ち構えている。
「みろよ、餌がたくさん立ち惚けているぞ。少しは餌代が浮くかもな、ぎゃははっ!」
「わんっ♪」
そしてその先頭の中心には、度重なる戦闘による分析から魔王軍残党の頭領と見られている魔族が、三つ首の生えたおすわりをしている大きな犬を鎖で制していた。
「お前達! 人間は愚かにも、まだ逆らうつもりであるようだ! 魔王は死んだ。しかし、我らにはまだ『あのお方』がついていてくださっている! 我ら魔族の支配地域を広げるためにも、そしてあのお方のお望みのためにも。今目の前にいる雑魚どもを一人残らず塵芥に変えてやり、世の中に恐怖を伝播させてやるのだ!」
「「「「「ウオオオオオオオ!」」」」」
「「「「「グギエエエエエエ!」」」」」
私たちが目の前にいるというのに、戦意高揚の前口上を述べている魔族。いや、どちらかといえば、『お前ら全員今言った通りにするから覚悟しておけ』というこちら側に対しての宣戦布告アンド挑発なのであろう。
それにしても、『あのお方』とは?
あの魔族の口ぶりだと、魔王よりも上の存在であるようにも聞こえるが、考えすぎだろうか?
「お前達! 私たちも負けるわけにはいかない! 魔族に人間側の持つ"強さ"を見せつけてやるのだ!」
お父様も負けじと、要塞の最上層の司令塔屋上から声を張って叫ばれる。この司令塔は周りを見渡せるように、ここだけ二階分高くなっている六階建てだ。
我々エイティア男爵を示す旗がその他近隣領を示す側と一緒にゆらゆらと風ではためいている。
「「「うおおおおおお!」」」
兵士たちは鎧をガチャガチャと鳴らし剣や槍を何度も掲げ、己や仲間を奮い立たせる儀式を行う。
「おい、そこの人間!!」
「な、なんだ!」
すると、中心にいる頭領魔族がお父様に声をかけてくる。
「何をふざけたことをぬかしているんだ? お前達人間は、俺らが腕を振るうだけで木っ端微塵になる雑魚なんだぞ? 偉ぶってないでどの部位から餌にしてもらうかよーく考えておくことだな!」
「「「ぎゃははははっ!」」」
完全に舐められている。今までこちらが劣勢だったこともあり、自暴自棄になったと思われているのかもしれない。
「今までは確かに、弱かった! 私たちは何度も傷つき、消耗していった。しかし、もう以前の私たちとは違う! 人間は今度こそ、真に団結したのだ! お前達魔族の方がむしろ、辞世の句を考えておいた方がいいんじゃないか?」
「あ? なんだそりゃ? 訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞ人間っ! ジセーノクがどんな意味の言葉かは知らねえが、少なくともこちらを馬鹿にする意味で言ってることくらいはわかるぜ! ならば……そのくだらねえことしか言えねえ口、今すぐに塞いでやる!」
「っ!!! くるぞっ!」
お父様が身振りで指示を出したと同時に、魔族から大きな火の球が高速で塔に向かって放たれた。
ドオオオオン、と大きな音を立て、火柱が立ち昇る。
炎は、六階建ての塔を、前後左右を正方形に取り囲むように接続されている周りの壁から切り離すようにして丸ごと包み込んだ。
「お父様っ」
いきなり攻撃してくるなんて、なんて野蛮なの!
「ぐひっ、これは黒焦げかなあ? 弱い、弱すぎるぞ人間という存在はァ!」
塔とその周辺を包み込んでいた煙や土埃、火の粉が徐々に収まっていく。
「…………っ!? なにィ?!」
果たして。そこには、一人の人間の姿が先ほどと変わらないまま存在していた。
「お父様っ!」
その横には、私たちが最も信頼しているメイドである、アルテの姿が。
「ふうっ。少々お痛が過ぎますよ、魔族。これはお仕置きが必要なようですね……!」
「アルテ?」
槍を構えたメイドは、その槍の先に突然、光を溜め込む。
「エ?」
その光は、そのまま頭領魔族に先ほどの火の球よりもはるかに速く飛んで行き、右腕を貫いた。速過ぎて、まるで矢が槍から飛んでいったように見えた。
「ギッ!?!? なな、なにをしやがる、クソアマァ!!」
激昂した魔族は、今度は両掌に黒い球を出現させ、張り手のように腕を前後に突き出す。
「オラオラオラオラララララァッ! お前達も、ぼっとしてないでさっさと殺しに生きやがれ!!」
「「「「「「グギャア!」」」」」」
「「「「「「おおおおっ!」」」」」」
「アルテ、お父様!? くっ、みんな、覚悟して! 行くよ!!」
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
なし崩し的に開かれた戦端が、要塞の壁を挟んで一挙に押し寄せてくる。火蓋は切って落とされた。もう、投げたサイを拾うことはできないのだ。
私はそのまま、煙でほとんど見えなくなった司令塔を横目に、壁の上に通された防衛用の通路から兵士と一緒になって魔法を放つ。
魔族や魔物は基本は地から来るが、空に浮かべる奴らも多数いる。魔法で遠距離攻撃をし、矢や投げ槍が届かない範囲の敵を出来るだけ事前に撃ち落とす役割だ。
「お嬢、いや、副官! 塔は無事です!」
「!! 本当ね、よかった! また、アルテが守ってくれたのだわ」
アルテがこんな強いなんて知らなかった。防御魔法どころか、光魔法らしき攻撃までできるなんて。
でも、光魔法って聖魔法に属する魔法のはずだけど? 神官の資格を持っているなんて知らなかった。ミュリーに聞けば神聖教会関係の経歴がわかるだろうか?
「おい、あれをみろ! ヤバイぞ!」
「本当だ、あのデカブツを優先的に狙うんだ!」
「っ、壁を壊させないでみんな! 魔法使いは障壁を展開して、頑張って耐えるのよ!」
「おう!」
私たちごと壁を取り囲むように張られている障壁魔法に、魔物や魔族が次々と攻撃を加え破壊しようとしている。何百何千もの魔法使いが協力して、一つの大きな障壁を作っているのだ。
しかし、少し遠くにいる魔物がなにやら不穏な動きを見せている。ジャイアントロールと呼ばれているデブい巨大な怪物だ。大の大人六人分くらい、十メートルはあろうかという巨体が、昔の帆船に積まれていたよ大砲の砲身の部分だけを抜き出したようなヘンテコな筒を両肩に構えているのだ。
「くるぞ!」
「みんな、備えて!」
私たちのいる左翼の壁に、砲身の穴が紫色に光った後、同じ色をした大きな球がぶつかる。
するとそれは、周りにいる魔物達ごと巻き込んで激しい揺れを引き起こすほどの衝撃とともに爆散した。
「きゃあっ!?」
「副官、大丈夫ですか!」
「ああーっ、障壁が!」
「壁が、直接攻撃されています! このままでは……!」
「あ、諦めないで、早く障壁を展開するのよっ!」
攻撃が直撃した辺りの魔法障壁が、壊されてしまったのだ。
そしてそこを、空いた空間を埋めるように詰めかけた魔物達が攻撃している。
いくら優先的に修繕しているとはいえ、すぐにでも壊されてしまいそうなボロボロの状態の要塞だ。早く障壁の穴を塞がないと!
「も、もう一発!!! もう一発きますっ!!」
「退避、退避よ! 周りの区画に急いで!」
しかしそう言いかけたものの。そのまま、私は衝撃と共に四階建ての屋上から後方の地面に吹き飛ばされた。
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