第159話

 

「ううっ、凄い光景だ」


「酷いありさまであるの」


「むごいです……魔族は、昔から残虐な存在として知られていましたが。これはあまりにも……」


 助け出した二人の尋問は向こうにお任せ。戦後処理は各国のお偉いさん方がやることなので、俺は一旦お役御免だ。


 各地に駐留していたポーソリアルの部隊は、それぞれの街で俺が転移で連れて行った勇者パーティの仲間達が中心となって排除。それが概ね完了したのが、反抗作戦開始から大体三日程経ってからだった。

 そして少し身体を休め、五日目。それはつまり、北の大地で魔族への反撃を開始してからも五日目である。こちらが片付いたので、そろそろ様子を伺いに行こうと思い立ちドラゴン二人と要衝であるデーメゲドン要塞へ転移したのだが……


 そこにはまさに、惨憺たる光景が広がっていた。

 長大で強固なはずの城壁は、至る所に穴が開いており。赤や黒の液体がこびりつき、死体も含めさまざまなものが打ち捨てられている。

 司令所らしき塔も半壊していて、鳥型の魔物がそこに留まり辺りを監視しているのが伺えた。


「おい、どうするのじゃ? 時既に遅し、かの?」


「お姉ちゃん、デリカシーなさ過ぎるよ! それにまだ、諦めるようなこと言っちゃダメっ!」


「デリカシーやらお菓子やらクッキーやら、何のことかはようわからんが、あの光景を見て楽観視する方がよほど馬鹿じゃ。無用な空元気はむしろ要らぬ被害拡大を迎え入れるだけじゃぞ?」


「そういうこと言ってるんじゃないよ、全く」


 イアちゃんが必死に姉を諫めているが、俺はそれどころではない。ベルは、ベルはどこなんだ!? 上から見る限りでは、まだ生き残って戦っている人たちの中にそれらしき姿はどこにも見当たらない。もしかして、負傷してしまったか。まさか、もう……

 俺は身体にひどい寒気を感じる。彼女は、今は弱体化してしまっている。攻めいられて余裕がなくなり、今までの勢いで魔物と戦ってしまってやられたということも考えられる。考えたくないが、人間とは誰しも自分が思っているよりも簡単に死んでしまうものだから。


「! ヴァンさんも、そんな顔しないでくださいっ! ほら、ベルさんを探しにいきましょう、ね!?」


「え?」


「確かにひどい顔じゃのお。馬車に轢き殺された帰るみたいじゃ」


「…………」


 魔王側の残党が優勢なのはこれを一目見て察せられる。確かに、早とちりするよりもイアちゃんの言う通り生きていることを願って捜索するべきだろう。


「そうだ。どちらか、念話を送れるか?」


「あっ、そうですね! 反応があれば、少なくとも意識があることははっきりしますから!」


「イア、頼めるか。我はパライバを探してきようぞ。あやつも子供とはいえ、一応はドラゴンじゃ。そう簡単にやられるとは思えんし、やられていたら一族の恥じゃ!」


「うん、お願い」


 そしてルビちゃんはドラゴン形態ルビドラになり、そこらにいる魔物や魔族を蹴散らしながら同胞を探しに行く。


「----くっ、だめです、反応がありませんね……」


「そ、そうか……じゃあ、何処かで倒れているか、もしくは治療を受けているのかもしれない。ともかく、まずは彼女を探すこと。そして同時に、敵の戦線を少しでも後退させないと」


「ですね! ではっ」


 イアちゃんも姉と同じくドラゴン形態となる。


「<ヴァンさん、背中に!>」


「ああ、ありがとう!」


 俺は少しでも魔力を節約するために飛行をやめ、促された通り彼女の背中に乗る。


「<んっ♡>」


「ん?」


「<な、なんでもありません、行きますよ!>」


「おう、そうか? 待ってろよ、ベル。今、探し出してやるからな!」






 ★






「んん、ここ、は?」


 目を覚ますと、石で組まれた粗雑な天井がまず目に入る。

 続いてゆっくりと首を横に向けると、誰かが一緒に横になっているのが見えた。


 というより、病室だ。沢山のベッドに寝かされた兵士たちが手当てを受けている様子があちこちで見受けられる。私も、段々と意識がはっきりしてくると同時に、身体中を痛みが襲い始めた。


「っっっつぅ〜、み、みんなは? お父様、アルテ?」


「副官、お目覚めになられましたか!? おい、薬を早く持って来るんだ! ……そう、それだ!」


 ようやくそこにいることに気がついた目の前にいる誰かが、そう叫ぶ。そして続いて、何やら若干曇りガラスになった容器に入った液体を飲むよう促される。


「んく、んく、ぷはっ」


「よかった、きちんとお体は機能しているようで。喋ることは出来ますか?」


「え、うん、できるけど」


「ほっ……ああっ、申し訳ありません。というのも、お嬢様--副官は、三日間も意識を失われていたものですから」


「え!? み、三日!?」


 私は状態をガバリと勢い良く起こす。辺りを改めて見渡すと、負傷した兵士が部屋の中に詰め込まれた簡易ベッドに所狭しと並べられており、医師がてんやわんやと治療に奔走しているのがわかる。

 天井も、粗雑だと感じたのは攻撃によってだろう、所々が損壊しているためだ。補修もギリギリという感じで、魔法を一発撃たれれば即崩壊してしまいそう。


「ともかく、今しばらく安静にしていてください。お薬の効果は程なく現れるとは思いますが、すぐに激しい動きをなさらないようお気をつけて。まだ、完全に快復なさったわけではないのですから」


 薬を飲ませてくれた女医は、後片付けをしつつそう述べる。


「おい、どこか空いてないか!」


「なにっ!? もう無理だ、こっちも満杯だぞ。他を当たってくれ!」


「くそっ、なんてことだ。覚悟はしていたが、ここまで被害が出るとは。わかったすまない」


「いや待って!」


 私はベッドから退くと、入り口で落胆と焦燥の両方を兼ね備えた顔をする医師に向かって叫ぶ。女医の言った通り、まだ身体の節々が痛い。しかし、動けるならば。


「ここを使って頂戴」


「副官!」


「大丈夫。とにかくまずは命を取り留めることが大事でしょ? 後遺症が残ったとしても、生きていることが大切よ。当然だけど、死んでしまったらもうなにも出来ないもの」


「ですが」


 女医は案の定私の蛮行・・を止めようとして来る。が。


「いいから、これは命令よ。副官として、このベッドを別の患者に使用させることを命ずるわ。いいわね?」


「……は、はい。ですが、本当に安静になさってくださいね? どこでもいいので、まずは薬がしっかりと効いたのを確認するまでじっとしてきてください。恐縮ですが、医師としてのお願いです」


「うん、ありがとうね、助かったわ。そこの人、早く兵士を!」


「は、はいっ! ありがとうございますお嬢様っ!!」


 部屋の入り口で成り行きを見守っていた別の医師が、呼びかけに応じて担架に乗せられた兵士を協力して私の今まで横になっていたベッドへと運ぶ。

 そして私は痛む体を引きずりながらすれ違うように医務室を出た。




 ----<ベル、どこにおるのじゃ! 意識があれば返事してくれ!>




「え、この声は……ルビちゃん?」


 と廊下に出るとすぐに、念話が頭の中に響いてきた。

 どうしてここに? 南はどうなったのかしら? それとも、似た声の別のドラゴンとか?


「<ルビちゃん、いるの? 私は医務室よ!>」


「<おおっ!! ベルよ、意識が戻ったのか?! 医務室……どこの医務室じゃ! 今おる所は違うのか!?>」


「<ええと……ちょっと待ってね>」


 私は、壁の中に通された回廊を歩き、備え付けの狭間さまから腕を突き出し魔法を空に向かって撃ちだす。


「<ん、何か見えたぞ、そこか!>」


 すると、ゴウッと鈍く響く音がして、続いて音を立て目の前の地面が揺れる。


 私は穴から外を覗く。と、大きな身体をした赤い生き物の姿が見えた。


「<あ、いたわ。どうしよう……ちょっと待ってて!>」


 外を見た所、ここはどうやら地上階一階の手前側、要塞全体の南側に位置する穴のようだ。

 そして横を見ると。回廊は途中で崩れ落ち、適当に瓦礫が寄せ集められているのがわかる。私はそこを通り、ようやく久しぶりのに出た。


「居たっ、ルビちゃんっ」


「<おおっ! ベル!>」


「おーいベル!! ここだ、俺だ!」


「え? ヴァン!? 貴方もここに?」


「ああ! 良かった、生きていたんだな!」


「なんとかね、えへへってちょっとむぐっ」


「よかった、よかった! あいたかった。嬉しい、うん、嬉しいよ…………」


「ふ、ふぁん、くるひいよ、すぅーっ、すぅーっはああぁぁ」


 抱きしめられた私の顔がちょうど、彼の胸のあたりに来る。

 こうすると、昔と比べるとだいぶ身長差が出来たんだなと感じる。前はそんな差を感じなかったのに、今では完全に抱きくるめられる側だ。


「ぷはっ、ま、まって、ちょっと待って」


「え?」


「一旦落ち着こう、この一応戦場だからね?」


「あ、ああ、そうだな。すまんつい」


「ううん、私もきっと貴方の立場なら、同じことをしていたから。気にしないでね?」


「そうか、似た者同士なようだな」


「当たり前じゃない。だって私と貴方だもの」


「<あのー、言ってることとやってることが矛盾しておるのじゃが……>」


 頭の中に響くルビちゃんの愚痴は、ヴァンの腕に耳が挟まれて聴こえないことにした。



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