第160話

 

 最愛の女ベル性の姿を探すこと幾時間か。ようやく見つけることができた俺は、短い時間ではあるが再開の喜びを彼女と分かち合い、すぐさま改めて現場の状況確認に入った。


 なんでも、彼女は敵の攻撃によって建物の屋上から地面に落とされ三日間も気を失ってしまったという。幸い目を覚ましたはいいものの、まだ身体は本調子では無さそうだ。


「ベルさん、魔族は既にこの要塞を超え、町々に向かって侵攻を始めています。北部の戦力は私たちが思ったよりもずっと疲弊してしまっていたようですね……」


 イアちゃんがむずかしい顔でそう言う。彼女の言う通り、ベルも含めた北部の軍勢も、俺たちその他地方の人間も、魔族の勢力を甘くみていたようだ。ご覧の有り様の要塞を見渡せば、如何に激しい戦闘が行われたかはっきしとわかる。

 それに気になるのは、ベルが意識を失う原因となった大砲のことだ。話を聞く限りでは、どうもポーソリアルが使っていた魔導兵器と似ている気がするのだが……単なる思い過ごしだろうか? それともこの南北挟み撃ちにするような状況は、誰かもっと別の大きな組織によって作り出されたものなのだろうか?

 それはいますぐには判断できないが、ともかく今まで俺たちが戦ってきた魔王軍残党とは"一味違う"こもを念頭におく必要があるだろう。


「そういえば、魔物や魔族の気配が少ないのは何故? それに、あれだけの敵が要塞に攻め込んできたのだから、今頃私を含めてみんな殺されていてもおかしくない状況だったと思うんだけど」


「ああそれは、不幸中の幸いというやつじゃろうな」


「というと?」


「確かに、仰るとおり魔の軍勢は要塞の壁を乗り越え中に侵入しました。ですが、簡単に攻略できたせいか、必要最低限の数の者だけを残して他の勢力は南下して行ったようなのです」


 ここはデーメゲドン要塞の中でも比較的被害が少ない部屋である。意識を取り戻したベルの為にあてがわれた部屋のようで、兵士に案内して貰った。彼もまた傷ついていたが、なんとか無事な姿を見せた彼女をみて大層喜んでいた。ベルは勇者で無くなった今でも領民からはちゃんと慕われているようだな。

 肩書きではなく為人を評価してもらえるのは、それだけ領土の統治が上手く行っている証であろう。魔族の侵攻がなかったら、民はきっと今でも安泰した生活を送れていたのは想像に難くない。


「なによそれ……つまり私たちは雑魚ってみなされたということなの?」


「一言で言えばそうなるのぉ。ま、生き残れたのじゃから良いのではないか?」


「よくないわよ!」


 ベルは椅子から立ち上がると、眉を吊り上げ両拳をぎゅっと握りしめて憤りを露わにする。


「ベル?」


「命をかけてみんな戦ったっていうのに……それが、ただの脆い壁扱いってことでしょ? 納得いかないわっ!」


「ベル、落ち着こう、な?」


「嫌よ。だって、皆んなエイティアのために、そして世界のために傷つき、時には命まで失って。南の奴らには捨て駒のように扱われてきたのに、いざ決戦に挑んだら今度は敵にまで侮られるだなんて……気持ちのやり場が無いじゃない……」


「お、おい、泣くなよ。大丈夫か?」


 立ち上がり慌てて彼女を抱きしめようとするが、体をひいて拒否られてしまう。


「ヴァンさん、それはだめですよ……」


「えっ?」


 すると突然イアちゃんがそんなことを言う。


「じゃな。女をただ単に慰めれば泣き止む赤ん坊のように思ってるんじゃなかろうな? 彼女は今、一人の戦士として気持ちを荒ぶらせているのじゃ。お前さんも、様々なものを手に入れ、失ってきたはずじゃろう? その中には、代わりを与えられたり、慰められたりしたらそれで全て終わりというわけにはいかないものもあったはず。それは、彼女とて同じなのじゃぞ」


「あ、ああっ、そう、だよな。ごめんベル」


「ううん、良いのよ。ヴァンには怒ってないわ。私が怒っているのは、この人の気持ちなんてものが、いいえ一人一人の存在がちっぽけな粒のようにしか扱われない世界の在り方に対してよ。不条理だわ」


 しかしそれは、大局的に見れば合理的でもある、と内心俺は思ってしまった。




 戦というものは、最終的に勝つのは勝ったものだ。当たり前のように聞こえるだろうが、しかし喧嘩両成敗というのはこの世界の戦争において極めて少ない。拮抗しているように見えて、どこか一つの綻びが。何か一つの優越性が、勝利と敗北をキッパリと分けてしまう。コトこの反撃戦においては、単純な総戦力差だろう。


 最前線であるのに、疲弊した兵士と少ない物資でなんとか保ってきたデーメゲドン。だがそれは、ソレ故に決戦の決断が出来ないが為行われてきた引きこもり戦術と、敵の此方に差し向ける勢力とがたまたまバランスよく保たれてきていたからだ。

 生き残った兵士に聞けば、魔物の数は今まで見たことがない程で、さらに強敵も何体も含まれていたという。俺たち人間が勢力を整えたのを向こうは察知し、それを上回る『本気』でぶつかってきた結果、要塞はあっけなく瓦解してしまったのだ。




「でもその不条理は敵にとっては効率的かつ合理的なモノだろう。魔族にとっては、ベルのような勇者という存在は不条理なんじゃないか? つまりこれは、お互いの主張のぶつかり合いに過ぎないんだよ。だからベルも、主張してくれよ」


「え……?」


「今は、俺という世界にとっての不条理がいるじゃないか。チートだぜチート? もっと声をかけてくれ、なぜ一人で全部抱え込もうとするんだよ。俺はもう、君の隣に立つことができたと、そう思っているんだぜ?」


「な、何を言っているの?」


「簡単な話だよ。頼ってくれってことさ。言いたいことがあれば俺に向かって叫べば良いし、甘えたければ甘えれば良いんだよ。なにも、ベル一人で自分の生き様を全て抱え込んで決めつける必要があるのか? ホウレンソウくらい知ってるだろ」


「ホウレンソウ?」


「ホウレンソウ?」


 横で姉妹が互いの顔を見合わせているが、無視しておこう。


「…………なるほど、ね。じゃあ、『先代勇者』として頼ませてもらおうかしら? ――『勇者ヴァン』、貴方の力を、人類に貸してください。碌に戦えない私のために、戦ってください。お願いします」


 ベルは俺の手を握り、頭を下げる。


「そ、そこまでしろとは言ってないが……返事は勿論だ」


「貴方は、今までこの世界に与えられてきた『神に選ばれた勇者』にはなれないかもしれない。でも、『人々に選ばれた勇者』にはなれるはずよ。だから私が、その信奉者第一号ってことで、よろしくね?」


「ああ、ファンクラブ会員ナンバー001ってところかな?」


「そうね。会費は、私の人生でよろしく」


「はいはい、頂戴いたしました」






 ――――これで良いのだ。ただ単に一方的に与えるのではなく。勇者ヴァンとしての姿を求められたのだから、それに応えてやれば良い。

 デーメゲドン要塞が襲われた『不条理』のお返しに、俺が魔族にとってのソレになってやる。世界にとってのイレギュラーになってやる。そうすれば、いつかきっと真に均衡が保たれた世界がやってくるだろう。


 つまりそれは、勇者と魔王という対の構図の消滅。

『勇者でない勇者』が生まれることにより、大きな意味でバランスが取れていた世界は崩壊し、無意味な争いが起こらないようにする。


 その為には、人間である俺にしてみれば人間の世界を作るしかない。

 少しでも魔の勢力が残っていれば、また魔王のような存在が生まれてしまうのは想像に難くない。ならば、完全に消し去ってしまうしかないのだ。


 勇者として、力を振るい、このドルガという地を人の世界にしてしまう。それが、これからの俺の人生だ。






※後書き※


いつも本作品を応援してくださりありがとうございます。

念のために記しておきますが、「俺たちの戦いはここからだ!」みたいになってしまっていますが上記のヴァンの考えはあくまでもヴァンの考えであり、作者の想定している終局ではありません。

『勇者でない勇者』の活躍が進むにつれ、どこかのタイミングで何かが起こり世界はまた激しく揺れ動いていくこととなります。


……つまりはこれからも作品の本筋は変わって行くいうことですが、呆れずについて来てくださるとありがたく存じます。今後とも本作品の応援、よろしくお願いします!

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