第68話
「あら、坊っちゃま……本当に坊っちゃまですの!?」
屋敷へ入ると、すぐに出迎えてくれたのは俺のお世話係であったメイドのソプラであった。
「むぐっ」
「坊っちゃま! 坊っちゃまが本当にお帰りになられましたわ!」
ソプラは俺に抱きつき、泣きじゃくる。
「どどどうしたんだソプラ」
その大きな双丘で俺の顔を包んでくる。俺の頭を押さえつけるように抱きしめてきたため、女性にしては身長が高い方であるソプラの胸辺りにちょうど顔が来てしまう。
「ソプラさん、ちょっと離れてください。ヴァンが困ってますよ」
「あっ、すみません、つい……ベル様も大きくなられましたね」
「ち、窒息するかと思った」
「久しぶり、ソプラ」
二人は再開の抱擁を交わす。流石にもう今のように取り乱したりはしなかった。
「それでお父様お母様はどこなんだ?」
「坊っちゃま、それなのですが……」
「ここにいるぞ」
二人の姿を探そうとしたその時、奥から一人の男性が現れた。
「旦那様っ」
「お、お父様!」
そう、俺の父親。ヴォルフ=ナイティスその人である。
「ひ、久しぶりだな、ヴァン。大きくなってくれて良かった……」
だがどうも様子がおかしい。というより使用人に肩を抱えられながら松葉杖を突いて歩いているのだ。
「一体どうされたのですか?」
なんだか見た目も少しボロッときている気がするし。自慢の銀髪もどこかくすんでいる気がする。
「ああ、実はな……一ヶ月ほど前、村に盗賊が現れたのだ」
「盗賊?」
「うむ。あいつらは数十人規模の団体で、私たちのことを襲ってきたのだ。こちらも数百人の村人を抱えている故に、向こうも最初は普通に攻撃してくるだけだったのでなんとかなっていたのだが。最近は変装するようになったのだ」
「変装、ですか」
「ああ。どのような方法でかはわからないが、おそらくは魔法の類だろうとは思う。何せ他人そっくりに化けて出るのだからな。村人のフリをして数人で侵入してきたり、行商人のふりをして近づいてきた村人を襲ったり。散々だったよ」
「そうですか……」
そのような手法を使ってくるとは、なかなか厄介な盗賊団のようだ。
「もっとも、すぐに対応を取ったので今のところは大丈夫だと思われるが。お前たちも見たんじゃないか? 他の村落も合わせて村人はこのナイティスに集中させ、建物の中に隠れさせた。何かやりとりをする時は合言葉と村人同士でしか知らないその人の秘密を質問することとなっている」
「ああ、だからあの時」
「ちょ、やめ」
「ん? ヴァンも質問を受けたのか」
エメディアがからかいそうな雰囲気だったので慌てて遮るが、お父様に気付かれてしまう。
「ま、まあ、その」
「ヴァンの恥ずかしい秘密を暴露されたんですよ、ヴォルフおじ様」
「ほほう、それは気になるな、はっはっは。まあ、ともかくよく来てくれた。村長も合わせて今一度盗賊の対応を考えようかと思う。ヴァンも手伝ってくれるな?」
「勿論です、故郷を守るために力は惜しみませんから」
「ありがたい返答だ、助かる。皆さんもまずはとにかくどうぞお寛ぎください。もっとも、王城と比べると狭くて仕方がないかもしれませんけどね」
「そんなことありません、お邪魔させていただきますね。ナイティス騎士爵の怪我は、私が見させていただきますわ」
するとミュリーが率先して名乗り出る。
「それはありがたい、誉れ高い聖女様に看病してもらえるとは」
「そんな、聖女だなんて--」
そう話をしながらお父様は、使用人を伴ってミュリーと一応の護衛のデンネルとで奥へと引っ込んでいった。
彼女はいつしか、人々から聖女様と呼ばれるようになっていたのだ。それをわかっての半分冗談半分本気な返答だったのであろう。なお、他のメンバーにも愛称というか尊称は存在するようだ。
「ところでソプラ、お母様は?」
「ええ、それなのですが……おおお、奥様は現在、その……盗賊団に捕らえられてしまっているのです」
「なんだって!?」
「!!」
お母様がっ?
「なんでそんなことに?」
「ええ、最初の戦闘の時にはまだ
「そんな、おば様が……」
「すぐに助けないと!」
「ええ、ですが相手はどうも本拠地を持っているみたいで。この近くにいるであろうことは確かなのですが、未だに場所が掴めず。斥候として村人が数人向かっているのですが、そちらもまだ帰ってきていません。いっそのことと村人全員で決戦を仕掛けに行くことも考えたのですが、ご主人様が『それでは本末転倒だ』と仰ったので」
「ならば近くの領主に助けを求めれば」
「そちらも遣いを出してはおりますが、帰ってきておりません。交渉が難航しているとのことで。ですがなんとか説得するからもう少し待ってくれと、伝えに一旦帰ってきた遣いのうちの一人が申しておりました」
「なるほど」
愛する妻を守ることよりも、今は我慢して村の存続を考える。領主としては正しい選択なのだろう。
「じゃあもう少しの辛抱なわけか、だが俺たちがきたからには、助けないわけにはいかない。みんなも済まないけれど、手伝ってくれるか?」
俺は後ろを振り向き、頼み込む。
「ヴァン、当たり前よ、顔を上げて」
「そうだ。僕たちは勇者パーティ、困っている人は誰であろうと助けるべきだし、そのために再び旅をしているのだから」
「私も、どうせならきちんとした状態のヴァンの村を見て回りたいしね」
「乗り掛かった船じゃ、我も構わん」
「ありがとう、ありがとうみんな……」
俺は深く深く、頭を下げた。
夕方、盗賊団を探すため、屋敷の外に出た俺は。侯爵反乱の時にも使った召喚魔法を用いて鳥を呼び出し、当たりをくまなく探し回った。そして暫くすると、鳥の一つの視界に怪しげな集団が映る。
昔よく行っていた村の近くにある森の少し入ったところに、木々を切り開いて作ったような小さな集落があったのだ。篝火を焚き、複数人が飲み会をしている様子が見える。
そしてその近くには、いくつかの死体が……よく見ると、俺の見知った顔であった。
「まさか、斥候の人たちはもう……」
俺は一瞬激しい怒りに襲われるが、頑張って精神を鎮静化させる。
「ふう、待て。ここで無理に攻撃しに行っても意味がない。お母様の命もあることだし、きちんと情報をみんなで共有してからだ」
そのまま偵察を続けると、中心にある建物からの人の出入りが一番多いことがわかった。あそこが盗賊のリーダーがいるところだろうか。上からでは観察することはできないな……
出来るだけ気付かれないように、空から鳥を降ろし、建物に近づく。すると窓のような穴があったので、そのへりに留まらせることにした。
「ぐへへ、奥さん。いいじゃねぇか」
「いけません。私の身体は私が使い道を決めます」
「全くそんなことを言って連れねえ人だ」
如何にもな風貌の男と話しているのは--間違いない、俺のお母様のマリアだ。
縄で縛られているようではあるが、パッと見には傷つけられているようには見えない。
「お母様、よかった、まだ生きていたんだ……」
ホッと一息吐き、盗聴盗撮を続ける。
「まあしゃあねえ。無傷で捕らえろ、手を出すなという契約なんだ。俺だって命は惜しいからな」
「私の身など捕らえて何がしたいというのですか。所詮は木っ端貴族の嫁なんですよ」
あえてだろう、お母様はそのようなことを言う。
命が惜しいということは、お母さまの体をそのままの状態で強く求めている人間がいるということだろう。それも盗賊なんて簡単にどうにか出来る身分だと考えられる。
人身売買か。村を襲い殺人もと、それっぽい悪いことを詰め込んだようなやつらだ。
「その木っ端貴族の嫁さんにも使い道を求める人が世の中にいるということだ。ま、もうしばらく大人しくしておいてくれや。そうすればあとは村の方は俺たちが貰ってあげるからよ、ぐへへ」
「くっ……」
「お母様……」
一先ずの情報は得られた。後はどうやって助け出し、盗賊を殺すもしくは捕らえるかだな。
俺は鳥を解放すると、屋敷の中へ戻った。
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