第96話

 

 神が魂を食べる……美味しいから? それだけの理由で?


「お、おい、それは本当なのか? 神が人の魂を美味しいからなんて理由で気軽に食べるなんて」


「嘘なぞ言っていない。まとめれば、他の世界に共感することのできる人間の魂を商品として扱う一方、その商品の中で上手く世界のバランスをとることができた物をより価値あるものとしてオークションにかける。この二つの要素が、神界において人の魂が取り扱われる理由だ」


「…………」


 知ってみれば、そんなことなのかと思ってしまう。成り上がり志向と食欲、この二つを満たすために"勇者"の魂はあちこちに飛ばされるというのか。


 神様ってもっとすごい天上の存在で、俺たちのような趣味嗜好なんて持ってないと思っていた。

 でも思い返せば、一度死んだ時にドルガ様は俺のことを気に入ったと言ってあんなコトしていたし、グチワロスだってどこか人間臭いと言うか、くたびれたリーマンのような雰囲気を纏っていた。

 人の世界も神の世界も、似たような物なのかもしれない。


「おい、まだ話は終わっていないぞ? 混乱している暇はない。貴様が我々の仲間になるにせよならないにせよ、神たちの世界を少しずつでも崩していくには、可能性を模索していかなければならないのだ。最後まで聞いてもらうぞ」


「あ、ああ……」


 俺も、カオスが敵だとかそういうのより、いまは世界の真実を知りたいという気持ちが非常に大きくなっている。こんな機会、もう二度とないかもしれない。その行為の是非は置いておいて、ヤツも今は敵対する意志はないようだし。


「私は先ほど、『レベルアップおめでとう』と言ったな?」


「ああ、それがどうした?」


 確かにここに現れた直後そのようなことを言っていたはずだ。


「勇者というシステムにはもう一つ、保険のようなものがかけられている。器となる側の魂、つまり主体となって魔王と戦闘する方の魂は、死んでも生き返ることができる。それはわかっているな?」


「それが? 保険とは生き返ることがか?」


「ではない。おい、考えてみろ。勇者の力がそのままであれば、いくら生き返ろうともいつまで経っても魔王を倒すことなぞできない。魔王に負けると言うことはその時点で実力差があるということだからだ。一度負けたからと言って暫く放置、なんてそう簡単に割り切ることができるものか? 勇者は宿敵に立ち向かう使命を帯びているのだという世間の空気に当てられてそう思い込んでもいる。だが何度戦おうとも水差し側がより力をつけるまで延々と死ぬことになるのだぞ? 幾ら勇者とはいえ誰しも人としての感情を持つ。それにそもそも今までの話を知っているものはほぼいないのだからな、『死んでもそのうち強くなるんだしいいか』などと思えるわけがないだろう?」


 それはそうだ、ロボットじゃないんだから壊れたら治しましょうなんて簡単にいくわけがない。挫折も味わうし、絶望もする時だってあるだろう。何より死ぬのが怖くない人間なんて殆どいないし、痛みに耐えるのも限度がある。


 カオスやベルに教えてもらわなかった、俺だって間違いなく知らずに死んでいただろうし。





「そこで保険だ。勇者システムには……そのようなある種のデッドロックを防ぐために、器が死ねば死ぬほど、水差しの方の持つ力がどんどんと強力になっていく仕組みがあるのだ」





「は?」


 今なんて?


「私はここに来た直後、勇者ベルを殺した。それも今の説明を裏付けるための行為だ。だが謝りはしないぞ? 我々はその信念を昇華させるためには手段を選ばない。神を相手にするには下手な同情など無意味だからな。それでだが、今の話は簡単に説明すれば、器が死ぬたびに水差しがレベルアップするのだよ」


 ……それはつまり、ベルが死ぬたびに、俺がレベルアップしていたというのか?

 俺はとっさに横に立つ彼女のことを見る。


「ベル、君にも念のためもう一度確認しておきたい。今の話は本当なのか?」


 嘘であってくれ、と思わざるを得ない。

 なぜなら、もしこれが本当ならば、彼女は六回も死んでいることになるのだから。


「……本当よ。私はこの世界に来てから既に何回も死んでいるし、その度にあなたが強くなっていたの。それにグチワロス様がカオスの側についているのも、今までの私やカオスの話も全て本当よ。逆にソイツがどこまで知っているのかこっちが聞きたいくらいだわ」


「べ、ベルは、それを受け入れていたのか? まさか、わざと死んだらしたんじゃ」


「流石にそこまではしていないわ。私も死ぬのは毎回怖いし痛いもの。もしかして何か間違えば、もう二度とヴァンと会えないかもしれないのよ? そんなこと考えるだけで辛いわ。あくまでも私が魔物や魔族に倒されるたびに保険が発動し、結果的に私がパワーアップしていたのよ」


 ベルは今まで見たことないような辛そうな、難しそうな、悲しそうな、哀れみさえたたえているように見受けられる顔をしている。

 それはいったい、誰に対しての感情なのであろうか? 俺か、自分か、あらゆる世界に存在する魂か、もしかするとカオスに対してなのか?


「な、なあ、ベルは、それをどこで誰から聞いたんだ? いつから、神の世界の仕組みを知っていたんだよ」


 もしかして転生する魂は己が元いた世界を管理する神と出会った時点でこれらの説明転生システムを受けるようになっていて、その上でグチワロスは凛にさらにクーデターのことやらを吹き込んでいたというのか?


「ええ、そうね。そもそも私がこれらの話を知っているのは、ドルガ様に聞いたからよ。どうも私の魂を気に入ってくださったようで、将来的に神にならないかと仰ってくださっているのよ」


「えっ、ドルガ様に?」


 今の話からするに、あんな優しそうで女神女神しているお方も、他の神たちと同じことをしているんだよな?

 でもじゃあ、ベルのこと……というよりその魂をか? 気に入ったから神にしてあげるなんて簡単にできることなのだろうか?


「それにベルが神に? 神って、人間がなれるものなのか?」


「なれるのよ。そもそも、神というのは、勇者の水差し側……つまりはヴァンみたいな人たちの中からさらに選ばれた人たちが、死後にその魂が神界に持ち上げられ神として新たな命を授けられるのよ」


「えっ? じゃあ、そこにいるカオスも」





「お察しの通り。私も神界に携わる神の一柱である! 私の名はミナス! 相方となる魂がオークションで高額で落札されたからという理由で、神に召し上げられたのだ!」





 ミナスと名乗る者は、そのローブを脱ぐ。


 すると、一人の美少女が現れた。



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