第257話
「え? お兄様……ということは王子殿下かっ!」
「!」
マリネもミナスも恭しく礼をしようとし……ですが、学園の不文律を思い出して中途半端な姿勢で固まってしまいます。へっぴりごしになったその見た目は申し訳ありませんが少し笑えてしまいますね。
「いいよいいよ、楽にしてくれ。わかっているだろう? 俺も君たちと同じこの学園の生徒。一応上級生なんだけど、俺自身はそういう改まった態度を取られるのは苦手というか、好きじゃないからさ」
「は、はい」
「了解です」
「うんうん、それでいいよ」
というわけで、お兄様を含めた四人で庭に配置されたテーブルを囲みます。
「それで、お兄様は何をされに?」
「ただ単に雑談だ。ちょっと様子を見に来たかったからな。それに二人には直接にはまだ会ったことがなかったよな?」
お兄様が彼女らの顔を見たのはあの医務室が最後。しかも私とは違い二人は意識がまだ覚醒していませんでしたので、しっかりと顔合わせをするのはこの場が初めてになるわけですね。
「そうでしたね。学年も違いますし、寮は男子禁制ですから。では改めてご紹介しておきましょうか」
「はい」
「で、ですね」
二人はああは言われたもののやはり緊張している様子ですね。私たちはこの国において最上位の家系なわけですので、やはり初めて会う王族に多少なりとも緊張してしまうのは致し方ないというものでしょう。
ですがマリネに関しては、やはり生まれ育ちの関係かミナスほどには緊張しているようには見えませんね? とは言いましても、顔と身体がそれ相応に強張ってはいるようですが。
「私はミナス=ティリアスと申します。ドルーヨ商会というところの長女で、兄が跡継ぎとして育てられ上げているため私はここに通うことになりました。ヴァン殿下におかれましては、このような身分の低い私ではございますがどうぞ一つよろしくお願い申し上げます」
「へぇ、ドルーヨ商会といえば、あの?」
「はい。"あの"商会です」
「ほーん、じゃあ俺の方が実質的な身分は低いんじゃないかな? だってさ、俺はもう王位継承権を放棄しているわけだし。それに加えてそっちは国どころか世界を動かす大商会の娘なワケだろう? 世間的に見ればどちらをより重視するかは分かり切っていることだ」
「いいいいえ、そんなっ、滅相も! それにヴァン先輩はその……」
「うん?」
何故か急に顔を赤らめてもじもじとし始めたミナス。あれ、何やら不穏な空気を感じ取ってしまうのは私だけでしょうか?
「か、かっこいいので……むしろ慕わせてください!」
「「「え?」」」
かと思えば、突然そんなことを言い出すミナス。かっこいい……という点は確かに顔が良いですしこれでも面倒見はいい性格なので同意しましょう。しかし後半の慕わせてくださいとは一体どういう意味で述べた言葉なのでしょう?
場合によってはよく言い聞かせなければなりません。だってヴァンお兄様にはベルという大切な妹がいるのですから。別に私は関係ありませんよ? ええ、ありませんとも。
「ハハハ、そりゃ嬉しいな。まあエンデリシェと仲良くしてもらっているんだ。兄である俺が邪険に扱うのも申し訳ないから、好きなようにしてくれていいよ。自分の一番接しやすい態度で接させることが、親しい関係を築くには一番だからね」
「す、すみません。お気遣いありがとうございます。改めてよろしくお願いします」
息をついて落ち着いたミナスが、私たちといる時でもあまりみせないような笑顔でそう述べました。
「では次は私かな? 私は、マリネ=ワイス=アンダネト。うちの向こう、南方に存在するポーソリアル共和国というところからやってきた者です。父はポーソリアル共和国の国家元首である大統領という役職についており、私はその娘という立場になります」
「へえ、ポーソリアルかあ。確か、この国とは違う技術を持っている国なんだっけか?」
「ええ、『マジケミク』といいますが。詳しいことは申せませんが、とにかく我が国が世界に誇れる大変な魔法技術であることは間違いないでしょう」
「そうかそうか。だからこの学園の魔法科に?」
「それもありますが、我が家系は元々が武家の家系なのです。父も祖父そのまたご先祖様もみな剣の腕は国一番を名乗るくらいですから」
「ほほう、それは面白そうだな! 俺としてはぜひに手合わせ願いたいものだ」
「ほ、本当ですか? お願いします!」
マリネもマリネで、今ほどのミナスのように目を輝かせています。もしかしてお兄様は女ったらしの才能をお持ちではないのでしょうか?
「おうよ。そちらが暇なときはいつでも声をかけてくれたらいいからな? 俺も空いていれば全然相手をしてやるぞ」
「な、なら私もっ! 弓を使った近接戦闘職相手の練習をあまり出来ていなくて……」
「そうだなあ。動く的を狙うのは大変なことだからな。俺は剣技の選択授業を選んでいるからこちらとしても訓練相手になってやる自信はあるぞ?」
「やったっ」
なんでしょう、ミナスまでもがアイドルを前にしたファンのような態度になっているのはとても気になります。後でしっかりと
「ああ、そろそろ行かなきゃな、邪魔して悪かった。俺から頼んでいいものかわからんが、二人ともエンデリシェのことを今後ともよろしく頼む」
そうしてしばらく雑談を楽しんだ私たちは、そろそろお別れの時間となってしまいます。寮には門限が存在しますので、それまでに帰らないとならないからです。
そしてお兄様は最後に改まった態度でそう述べます。
「もちろんです」
「ええ、それはもう」
二人ともすっかりお兄様に打ち解けたようで、笑顔も自然なものとなっています。
「二人とも嬉しいわ、ありがとうございます」
「いいのいいの」
「うむ」
「よかったな、エンデリシェ。言わなくてもいいことだと思うが、本当に友人は大切にしろよ? こんなにいい娘と知り合えたんだから、身分とか関係なく接せられるこの学園にいるうちが花なんだぞ?」
「そう……ですね」
お兄様のその一言で、私はフッと現実を思い出してしまいます。いつかは、この二人ともこんなきやすい態度を取らなくなってしまう……まだまだ先の話とはいえいずれやってくるであろうそのとき、私たちはどんな関係になっているのか。
「それじゃあ、またな三人とも!」
「はい」
「はいっ。あの」
「うん?」
と、ミナスがまた突然もじもじとし出します。まさかお花を摘みに! なんてことをわざわざヴァンお兄様に言おうとしているわけではないと思いますが。
「あ、握手を」
「握手? まあ、俺で良ければ」
「きゃっ」
"きゃっ"??? 今のをミナスが??? お兄様?????
「嬉しい! ありがとうございます!!」
「いいよいいよ、なんだかよくわからないけどまるで有名人になった気分だよ、ははは」
「ふふっ」
照れ照れ、と己の手のひらと目の前の"先輩"の間で視線を動かすミナス。うーん、今日一日でこの反応はどう解釈すれば絞られてしまう気がします。
「私は手合わせをしてから、握手を願いたいものです」
「おうよ。その時になったら全力でな!」
「はっ!」
マリネはと言いますと、こちらもいつもよりも仰々しい態度で胸に手を当て敬礼をします。二人とも少し、いえ、大分テンションがおかしくなってしまっていますね。
「じゃあエンデリシェも、またな?」
「はい、お兄様」
私は取り乱したりはしません。丁寧にお辞儀をし、そしてお兄様をお見送りします。
「……ふう、会えてよかったな!」
「だね……」
「そうですか?」
ホッと息を吐くマリネ。そして未だ掌を慈しむかのように眺めるミナス。彼女たちとお兄様が出会ったことは果たして良いことだったのか、私としては今はまだ判断を下したくないと思うのでした。
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