第39話
「デンネル!」
転移した先に、丁度デンネルがいた。あれから1時間は経っているのに、未だにテナード侯爵を担いで歩いている。相変わらず、この人はどんな身体をしているのかと思ってしまう。
「ん? おお、ベルか。ヴァン殿は無事だったのか?」
「ええ、心配してくれてありがとう、大丈夫だわ」
「そうか、それは良かった。嫌、ベルの大事な人は我輩の大事な人。心配するのは当然である」
「も、もう、デンネルってば……ま、まあ、確かに大事な人だけど?」
「がはは、正直よのう。これはジャステイズも勝てんな……」
「ええっと、ジャステイズには、その……申し訳ないとは思っているけど……」
「まあ、あやつにはエメディアという可愛らしい嬢がおるからな。今更ベルが心配することではない。ジャステイズの実直さには困っている部分もあったのだろう? ああ、勿論、助けられたことも多いことは分かっているぞ?」
「まあ、それは確かに……」
ジャステイズが真面目な反面、”ケジメ” が付かない限り中々考えを曲げないことは周知の事実だ。私としては、真面目と言うよりは素直なのだと思っている。悪い言い方をすれば単純であるのだ。だから、ジャステイズの好意には苦労させられた思いがある。
逆に良い点で言えば、騙されるということがないことだろうか? ジャステイズは何故か、悪になびくことが無かった。魔王軍の嘘も看破ったし、旅の途中で起こった騒動の根本的な問題を見抜いたのもジャステイズだ。そういう正義のために悪を貫く能力が備わっているところは、とても評価できる点だと私は思っている。
だから、私は基本、そんなジャステイズの実直さを貶すことは無い。ジャステイズからの交際の誘いについて、ヴァンには迷惑だ、みたいなことを言ってしまったが、あれは恋愛についての話であって、流石にそれくらいは言わせて欲しかったのだ。
もしかすると、ジャステイズは勇者もしての面を持ち合わせていたのかもしれないと、今になって思う。私みたいな利己的な考え方では無く、本当に人々の為に世界を救おうとした……本来”勇者” として賞賛されるべきは、ジャステイズであるのだ。ジャステイズも一応プリナンバーのフォトス家の長男。フォトス帝国を継ぐ皇子でもある。”血” が流れていることは確かなのだ。
ごめんね、ヴァン。私なんかが勇者になっちゃって……ヴァンは何ともないような顔をしたけれど、そんな事ないよね? 悔しかったのは分かるよ? だって、幼馴染で、恋人で、婚約者で、ヴァンの事を世界一愛しているのだから……前世でも、現世でも、勿論、来世でも。
「…………ル、ベル、どうかしたのか?」
「えっ?」
「嫌、急に黙り込んだからな、何かあったのかと思ってしまったのだ」
「ああ、いえ、大丈夫よ」
「うむ、そうか。それでベル、ここに来たのは?」
「あっ、そうそう、パレードは中止になったの」
「そうなのか……残念だな。まあ、カオスの奴のせいであろう」
「それで、演説はするみたい。凱旋報告をね」
「成る程、旅に出る前に行った物の逆をするのだな。2年前が懐かしいわい」
「そうだわね……」
2年前、バルコニーから見えたヴァンの顔。それは今でも覚えている。悔しそうな、哀しそうな、でも嬉しそうな。あれは、折角選ばれた勇者への期待の顔でもあったのだろう。私はそんなヴァンに答えるべく、ヴァンの命を、生活を護るべく、魔王軍を、そして魔王を倒したのだ。
2年間は本当に長かった。でもそのお陰で、こうして仲間とも出会えたし、ヴァンとの距離をより縮めるきっかけにもなった。これについては勇者をして良かったと思える。
「……さっ、王城に戻りましょう? テナード侯爵を監禁しないとね。取り調べもあるだろうし。これ以上、下手に騒がれても困るわ」
「そうであるな。転移、頼めるか?」
「ええ、勿論!」
私は、デンネルとテナード侯爵を連れて、再び王城に転移し、テナード侯爵を牢屋に、デンネルを控え室に送り出した後、ジャステイズやエメディアたちを迎えに反乱軍との戦いの跡地へと転移した。
「ジャステイズ、エメディア、いる?」
未だに死体が転がっている平原へと転移した私は、まずミュリーの護衛をしているであろう二人の名前を呼んだ。
「誰だ!」
遠くから声が聞こえる。これはジャステイズのものだろう。
「私よ、ジャステイズ。ベルよ」
私は声を頼りに、短く転移した。
「うおっ! ベル! もう戻ってきたのか?」
「あら、お帰りなさい、ベル」
「ただいま、二人とも。ミュリーは?」
「木陰で休んでいるよ。あれから結構魔法を使ったからね」
私が転移した後も、アンデッド化を解いていたのだろう。やはりこの人数、闇魔法に弱い者が複数いてもおかしくは無い。
「そう、それは大変だったわね……二人も、護衛ありがとう、お疲れ様」
「嫌、これ位なんて事ないさ」
「ええ、助け合うのが仲間だもの」
二人とも、笑顔でそう答える。
「うふふ、良い仲間に出会えて、私は嬉しいわ」
「ああ」
「そうね、それに……」
エメディアがチラリと横を見る。そこの貴方、惚れ気が漏れ出していますよ?
「うん? あー、そ、そうだなー」
あれ? ジャステイズが珍しくエメディアの様子に気が付いた。と言うか、何か違和感を感じる。
「ジャステイズ、どうしたの?」
「えっ!? な、何でも無いよ、ベル」
ジャステイズが慌てて両手を顔の前で振る。その必死さが逆に怪しい。
「え……ジャステイズ?」
エメディアが驚いた表情でジャステイズの事を見る。
「い、いや……わ、分かったよ……い、言うよ……ベル、僕達、付き合う事にしたんだ」
え、えええええええ!?
「は、はあ!? このタイミングでっ!?」
「ええ、そう思うでしょう? 実は……」
エメディアが言うには、ミュリーを休ませている間、想い出話に花を咲かせ、次第に恋愛の話になり、私に振られたことを自虐気味に話したジャステイズを見かねたエメディアが、意を決して告白したとの事。そうすると、ジャステイズは色々な理由で初めは断り続けたのだが、幾ら言ってもエメディアが引き下がらないので、それなら自分も腹を括ろうと、女性にここまで言わせたのだから、正面から向き合って行こうと告白を受け入れたらしい。
エメディアがここまで引かない女性だとは……ある意味ジャステイズよりも面倒臭い部分があるのかも知れない。告白してもう後には引き下がれない状況になったというのも有るのだろうが。
それと、私にあれだけ告白していた癖に、いざ告白される側になると、途端に弱気になるところがジャステイズらしいと思った。嫌、これはエメディアという、昔からジャステイズの側についていた者故の”勝利” なのか?
どちらにせよ、これからは幼馴染としてではなく、恋人として付き合っていくらしい。誠におめでたい話しだ。
「だから、これからは幼馴染ペアとして、よろしく頼むわね?」
確かに、私とヴァン、ジャステイズとエメディアはそれぞれ幼馴染同士だな。中々面白い組み合わせだ。勇者パーティから、二つもカップルが生まれるだなんて。これも後世に語り継がれてしまうのだろうか? 私としては、ヴァンと居られたらそれで良いので、別に語り継がれても継がれなくても良いのだが。
「うふふ、よろしくね、フォトス夫人、いえ、皇后陛下かしら?」
「なっ!?」
私が意地悪を言った瞬間、エメディアの顔が一気に茹だってしまった。
「お、おい、まだそこまで決まった訳じゃ……」
「あら、じゃあジャステイズしては、いつか別れるの?」
「そ、そんな事は無いが……」
「それに皇帝になる男たるもの、それくらいの度量が無くては駄目なんじゃなくて?」
「ぐっ……べ、ベル、まだ決闘の事根に持っているのか? 確かに、ヴァンには悪かったと思うが……」
「いえ、別にそれは無いわ。ジャステイズなりのケジメの付け方なんでしょう? 私としては、それよりもきちんと告白をしたエメディアに応えてあげて欲しいという想いがあるの。エメディアはジャステイズの事がずっと好きだったのよ?」
「……それは知っていたんだ」
はあっ!? 知っていた!?
「は?」
私は真顔でジャステイズに詰め寄る。こいつ、流石に調子に乗りすぎ。
「そそそそうじゃなくて、知っていたけれど、僕では釣り合わないと思っていたから……それに、ベルのことが好きだったし」
「それ、今言うことかしら? それに釣り合わないってどういうこと? 私は女性としてエメディアよりも下なのかしら?」
私は更に意地悪を言う。前半の部分は本音だが。恋人のの目の前で、他の女が好きだったとか言うか? 私なら許さない。
「あっ……エメディア、ごめん……」
「ふえっ?」
エメディアは私達の会話は聞いていなかったみたいだ。助かったね、ジャステイズ。
「その、ベルの後釜みたいな感じになってしまったから……」
「う、ううん。別に良いのよ? 誰しも恋はするものだもの。寧ろ私が一途すぎたのかも? もしこのまま幼馴染の関係でいたら、死ぬまで一生独り身だったと思うもの。今、告白できて、本当に良かった」
エメディアがジャステイズに微笑む。顔の赤らみは違う赤色に染まってきた。うわー、甘過ぎて砂糖を吐きそうだ……砂糖はどこの大陸でも高級品なので、吐くほど食べたことは無いのだが。ものの例えと言う奴である。
「エメディア……ありがとう、僕は幸せ者だな……」
「…………」
私は二人のイチャイチャに若干ジトリとした目になってしまう。はあ、釣り合わない云々は今度また聞こうかなあ……私にも何か為になることがあるかも知れないし。
その後、私がミュリーを抱き抱え(ジャステイズにやらせるのもどうかと思ったので)、王城へ転移した。
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