第109話

 

「ぬっ、今度は物理でくるか!」


 突撃した俺は拳で連打。しかしヘラキュロスもまたそれを高速で受け止め互いに譲らない。


「魔法は、ちょっと、怖いからな! それに、素の攻撃力も、確かめて、みたかったし!」


「よくわからんが、腕試しをするならば闘神は随分豪華な木人であるな!」


 などとまだ冗談を言い合えるくらいの余裕はお互いにあるみたいだ。ならば。


「かもな……! おりゃっ!」


「おおっ!?」


 その掌を強く殴りつけ、闘神が突然の緩急で少し怯んだところに、回し蹴りを繰り出した。と運良く相手の首に直撃する。


「どうだ! ……ってあれ!?」


「ふふ、甘いな少年。攻撃をするときは、相手に反撃されないようにするべきだ!」


「く、くそっ!」


 だが、回し蹴りはかなりの勢いがあったはずなのに、右足はその首一つで受け止められてしまい。逆に手で掴まれた俺は、その足首を曲げちゃいけない方向へ力を入れられる。


「うあああっ」


 肉体の防御力高すぎっ……!

 首すらも鍛え上げているのかよ。


「ヴァンさん! はあっ!」


 と、後ろからドルガ様が魔法を援護射撃してくださる。空中でくるくると渦巻が発生すると、そこから水でできた龍のような蛇のような形のモノがこちらに向けて突進してきた。


「はっ! な、なにっ」


 俺の足を掴んでいない方の手を突き出すヘラキュロスだが、思ったよりも水流が強かったのか、そのまま押し流されてしまう。相手が自らの顔を腕で庇うために手を離した隙に、足を首からどけ、今度は胸にヤクザキックをお見舞いしてやった。


 すると闘神は蛇ごと吹き飛ばされていき、広場にある半壊した四阿に突っ込んだ。そして四阿はついぞ全壊し、ガラガラと音を立て瓦礫が飛び散り闘神は屋根の下敷きとなった。


「あ、ありがとうございます、ドルガ様」


「いえ、それよりも足をっ」


 回復魔法により傷んだ脚を治療してもらう。その間も俺は警戒を怠らない。

 案の定、あれくらいじゃ全然やられていないようで、闘神は瓦礫の山を吹き飛ばし再び立ち上がった。


「ふむ、なかなかのコンビネーションだ! 練習してきたのか?」


「まさか、偶然だ! だが俺たちはカオスに好き勝手をさせないという意志で共通している。逆にそっちこそ闘神だか十二神だかなんだか知らないが、己の方を過信しすぎなんじゃないか?!」


「言ってくれるな少年! ならば! フンッ」


「!!??」


 ヘラキュロスは前傾姿勢をとった次の瞬間、その場から一瞬にして消えてしまった。


「なんだ、どこに行った!」


 だが、その行方も数瞬の後に判明する。突如ドルガ様の後ろに現れた闘神は、俺がその気配を感じ後ろを向いた時には既に、拳を女神の顔面に向けて思い切り殴りつけていた。


「きゃあああああっっっっ!!」


「ドルガ様! くそっ!」


 俺は闘神に向かい掌を突き出す。当然相手もそれを掴んで防ぐのだが、俺は続いて電撃魔法を発射した。


「ぐがぎぎぎぎ!? おごごごごごご」


 俺の手首を掴んだ掌越しに、高圧高電流の電撃が流れ込む。


「ぬなななななににおおおおおおりょりょりょりょ!?」


 流石の闘神も身体に直接多量の高圧電流を流し続けられたら耐えられなかったようで、奇声を上げながら口から泡を吐き体をびくびくと痙攣させ始める。


「ごああっ!」


 だが、それも数十秒すると俺の腹を無理やり伸ばした足で蹴り飛ばし、お互いに距離を取った。


「ふう、ふう、ふう、肉弾戦と思わせて魔法を使うとは……卑怯だぞ!」


「そっちこそ不意打ちしやがって!」


 プスプスと煙を上げ所々が焦げている闘神が怒りだす。がこれは別に模擬戦だとか何かのトーナメントではないのだ。使える手は使うに限る。まあそれは向こうも同じなのだが。


「ずる賢いとずるいは違うのだ! お主のはただのズルである!」


「闘神ともあろうものが、『如何なる敵にも臆することなく闘う』ことができないなんて名前負けしてるんじゃないか?」


「なにをっ! いや、まて、その手には乗らんぞ。下手な挑発はむしろそちらの劣勢を自らバラしているのと同じ。ヴァン氏の方こそ、単純な実力では敵わないから搦手に出ているのでは?」


「そんなことはない」


 ドルガ様を攻撃され少し焦ったのは事実だが。


「ほほう。まあいい、この私が同じ手を二度食らうとは思わないことだ。先程は久々の強敵に少し戦いにのめり込んでしまいはしたが、この戦闘の目的はどちらかの陣営の戦力を削ぎ落とすこと。特にそちらは"反カオス"の中核人物であるドルガ氏がいるのだぞ? 例えここで私が倒されたとしても、沢山の神々が我々の陣営にいる。寧ろ戦いを長引かせれば長引かせるほど穏健派の不利に働くということだ」


「ちっ」


 確かにその通りだ。こちらの戦力はドルガ様の様子から察するに俺が最大手の一つである可能性が高い。何せシステムの恩恵を受けてなおかつ女神の祝福まで授かっているのだ。そこらへんの神よりも戦力的に上と考えていいだろう。


 だが、ここでヘラキュロスに背中を向けて逃げ出すのもリスクが高い。放置した敵の切り札に各個撃破という事態は避けなければ、多勢に無勢の逆だ。


「ならばその状況をさらに上回ればいい」


「なに?」


「お前をこの場でさっさと倒せばいいだけだ! こちらもいつまでも構っていられる時間はないからな」


 俺もそろそろ自分の力を把握し終わってきている。頭のリソースを身体の制御に向けなくてよくなるため、有効な手立ても思いつくだろう。




「……ふむ、随分と上から目線だな。幾ら人間が強くなろうお、本当に神に勝てると思っていたのか?」




 しかし、闘神は急に真顔になると、先ほどのように再び腰を落として踏ん張り始める。


「また何かするのか!?」


 俺は障壁魔法を展開し衝撃に備える。案の定、地面にヒビが入り始め、それはへこむどころか地盤まで届く地割れとなり床が崩落し始めた。


「うおっ!?」


 地表から微妙に浮遊しているヘラキュロスを中心に次々と土台が崩壊し、広場はなにもない中空へと様変わりしていく。


「ヴァンさん!」


「えっ!? す、すみませんっ」


 するとドルガ様は慌てて俺の体に抱きついた。俺は意図を理解し、抱きつき返す。

 これは仕方のないことだから、緊急事態だから……! 柔らかいものが顔におぱぱぱぱぱ!


「かああああああああっ!!!」


 俺たちと同じく宙に浮かぶヘラキュロスの身体が黄金色に光り始める。

 同時に、腰くらいまであるその伸ばし放題になっている長髪が重力に逆らい天に向けて伸び、ツタのようにくるくると自立しお互いに巻き合いってまるで盛りまくったキャバ嬢のように奇妙なパフェみたいな髪型となってしまった。


「ふふふふふ、ふはははははは! あーっはっはっはっは!」


 なにがおかしいのか、キャバ嬢となった闘神は大声で笑い声をあげる。そしてビシリと俺たちを指さした。


「遊びは終わりだ、人間、そして女神よ! これが私の本来の戦闘スタイル……闘神ヘラキュロスの真の姿を味わうが良い!」


「なっ?!」


 そう宣言すると同時に、真の姿とやらの闘神はその場から一瞬で姿を消し去る。


 が、俺は敵を探し出す間もなくとてつもない衝撃を身体に受け、高速で斜め下に向かって落下し始める。


「おおおおおおおおああああああっ!!!」


 自分でも意味不明な叫び声を出しながら、隕石のように下の階層の地面に向かい急降下する。

 ふと、目の前にドルガ様の姿が見える。おそらく一緒に蹴り落とされてしまったのだろう。


「ドルガ様っ!」


 俺は腕と脚を目一杯広げ、前後から来たる衝撃に備える。


 そして遂に、地面に激突した。


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