第108話

 

「ぐあっ!? ドルガ様、大丈夫ですかっ」


 突風は一瞬でおさまったが、ドルガ様を掴もうと手を伸ばしたが間に合わず吹き飛ばされてしまった。俺は慌てて駆け寄る。


「は、はい、なんとか……」


 地面に這いつくばる彼女に手を差し出す。と同時にドルガ様の視線の先、ヘラキュロスを見る。


 闘神は長髪を逆立てオーラのような物を発している。その周りの地面はクレーターのようにひび割れべこべこだ。

 どうやら今の風は気合を入れた時に発したようだ。どんな力なんだよほんと。


「さて、こうなったら話は早あああああい! やはり最後にものを言うのは力! 力こそ正義! その全てを破壊し尽くし、破壊し尽くし、破壊し尽くしてっ!! それから新しいものを取り入れるのだ!!!」


 先ほどまでの真面目な雰囲気は何処へやら。また最初に出会ったときの謎ハイテンションに戻った闘神はもはややる気満々になってしまっているようだ。

 俺の説得は諦めたと見ていいだろう。残念ながらこちらも、武力で対処するしかないようだ。


「ドルガ様……どうしましょう?」


「そうですね、致し方ありません。私たちの主張も、なにも武力を一切使うなというわけではありませんから。自らの主張を守るため、殺さない態度に対抗しなければ。ヴァンさん頼めますか?」


「勿論です。俺も、こんなところでやられてしまっている場合じゃありませんからね。ベルにも再会すると約束していますし」


「うふふ、そうでしたね」


「なんだ、少年よ! 想い人か!?」


「まあな。"勇者"の相方だよ。婚約者なんだ。だからすみませんが、闘神様にはここでご退場願いますよ?」


「ぬははは! なるほどなるほど、確かに愛の力は大きく重い! 私もそれはよぉぉぉおおおおくわかっているぞ! だがならばこそ、こちらも同じ重さのものをぶつけさせてもらおう……我が相方の命を無駄にしないためにも!!」


 闘神はなにが楽しいのか、さらにその笑みを深くする。

 神も、人と同じく高度な知能と同時に高度な感情を持っている。それが元人間というなら尚更だ。これは、思想と思想のぶつかり合いであると同時に、想いと想いのぶつかり合いにもなるだろう。


「ではっ! 参る!! 心してかかれよ人間!」


「そっちも元は人間だろうが。こんなところでくたばるわけにはいかないのはお互い様だ!」


「すうううぅぅ…………ぬはあああああああっ!!!!」


 闘神は目を閉じ、深呼吸をする。


 そして、いきなり先程のように光の球を連打してきた!


「またそれか!」


 重々しい言い回しをした割に同じ攻撃とは、実はパターンが少ないのか?

 俺は今度こそ障壁を張る。と同時にそこへ着弾し始め魔力が減衰していくのを感じた。


 だが、ステータスが上がったおかげでまだまだ余裕だ。ならば。


「一方的な攻撃ばかりだと思うなよ! 人間なめんなっ!!」


「なにっ!」


 俺は両掌を合わせ前に突き出し、波動……ではなく炎の柱を横倒しにして発射する。

 球と柱がぶつかり合い、火花と閃光、煙や瓦礫が立ち込めた。


「おらああああ!!」


「くっ、なんぞこれしき!」


 柱は闘神に向かうが、逆にまた押し返されたり、しかし俺が魔力を込めるとまた押し返したりと次第に拮抗の様子を見せる。大丈夫だ、闘神とまで呼ばれる上位の神相手であっても

 十分戦えている!


「足元がお留守だぞ?」


 そしてその機に俺は、炎を維持しながらヘラキュロスの立つ地面に向かって魔力を飛ばし竜巻を発生させた!


「ぐはぁっ!? なんだと!」


「さっきのお返しだ!」


「ぐぬぬぬぬぬぬ、ぐおおっ!? 耐えられん--」


 そしてついに、風の柱と炎の柱の両方が相手に直撃する。

 それが混じり合い、火災旋風のように火の竜巻が巻き起こった。


「うおお、あちちっ」


 しかも勢いが強いせいで火の粉があちこちに飛び散り、神界の木々やオブジェクトを破壊していってしまう。


「や、やばいかなこれ……」


「ヴァンさん、やり過ぎなのでは!!」


「いや、でも十二神なんだから油断は禁物です! 仕方のない被害だと思ってください」


「ええっ」


 ドルガ様がドン引きしているが、俺はさらに追撃を加えることにする。


「おおおおっ! 魔力がまだまだ余っている!! これぞ本当のチートだ!」


 思いっきし力を発揮できることにテンションが高まりながら、魔力を込め、今度は雷魔法を使い雷雲を発生させる。


 雨と風、炎と雷。もはや火炎の嵐と呼ぶにふさわしい天候が広場一帯に襲いかかる。炎の雲から雨と雷が降り注ぐ様子は、まるで空が噴火したかのようだ。


「ヴァンさん、危険です! そろそろ!」


「は、はい!」


 って眺めている場合じゃないなこれっ。自分でも想像以上の威力なせいでここら一帯だけ世界の終わりにみたいになってしまっているぞ……


 ドルガ様が障壁を張ってくださっているうちに、魔法を解除する。


 しかしなぜか、魔力を注ぐのをやめたのにも関わらず、嵐が止む気配はない。


「な、なんで!?」


「雲が大きくなりすぎて、自然消滅する時間が長くなってしまっているのでは?!」


「ええっ、そんなのどうしろと!」


 あれ、俺なんかやっちゃいました? とかふざけている場合じゃない。明らかに天災レベルの天候だぞ。魔法同士が干渉しすぎている。


「制御し切れていない……くっ、力を持て余すとはこのことか」


 自分でも予想以上の攻撃力なため、俺一人ではこれを解除できそうにない。ど、どうしよう。


「----こうするのであああああある!」


「!!」


 すると、雲を形成している竜巻--先程ヘラキュロスが立っていた場所から、唸り風でうるさいにも関わらずよく通る大声が聞こえてきた。


「ヴァンさん危ないっ!!」


「うおっ!?」


 逆再生するかのように、竜巻の下方向に火炎の雷雲が収束していき……その中心にいた闘神が両手を掲げ、大きな球にしてこちらに投げてきた!


「ぬはははは! 敵の攻撃を利用するのも立派な戦法の一つである!!」


「やべっ」


 慌てて魔力を込め、出来るだけ強固な障壁をドルガ様と協力して展開する。するとそこに直径二十メートル以上、ルビちゃんを丸ごと包み込めそうな位はある巨大な球が直撃した。大きすぎるせいでゆっくりに見えるが、ぶつかった感触からかなりのスピードであることが感じられる。


 ゴリゴリと地面が削られていき、俺たちは障壁ごと押され交代する。


 神界は柵がないので、広場の端の方へどんどんと押されている俺たちはこのままだと後十メートルもすると空中へ真っ逆さまだ……!


「す、すみません、もう、魔力、が!」


「くっ……そうだ!」


 俺はとっさに、再び竜巻を作り出す。今度は横に向けてだ。


 すると、その半分ほど包み込むように作り出した竜巻に乗せられて、火の球が投手である闘神へとドッヂボールだ。


「なにいいいいい!? 底無しであるなお主!!」


「それはそっちこそ! ってえええっ!? そんなのあり!?」


 空中にいきなりジャンプした闘神は、そのまま落下すると、丁度真下に来た球を拳で思い切り殴りつける。

 その力に負け、遂に雷を纏った炎の球は霧散した。


「ぐはははは! 力こそ正義! 力こそ世界を救う唯一の方法! 闘神のあだ名を甘く見るでないぞ少年よ!」


「くっ、ほんと馬鹿力だ……」


 流石の今の俺も少し魔力を使いすぎたか、息が上がってしまう。

 ドルガ様に至っては既にほとんど使っていたところに更に消費したので、青い顔で息もだいぶ荒い。


「あ、これ、神に効くかはわかりませんが……」


 と、俺はドルガ様に以前エンデリシェが作った試作品である『魔力回復薬<エリクシル>』という薬品を飲ませる。


「んぐんぐ……うう、まじゅいでしゅ……ヴァンさん呑ませてくださいよ」


「我慢してください……ってええ!?」


この人は突然なにを言っているのだろうか。闘神も闘神だが、女神も女神だ。


「さあさ、早く早く」


「いや、その」


「早くしないと二人ともやられちゃいますよ!」


「わ、わかりましたよもうっ!」


そうして地面にへたり込む女神様の口を押さえ、液体を流し込んでやる。


「んぐんぐんぐ……ふう。おっ? 少し、良くなったかもしれません。ヴァンさんの愛情のおかげかもしれませんね!」


「そ、そうですか、よかった」


 流石はエンデリシェだ、調薬が趣味なだけあるな。決して俺の愛なんかは関係ないと思う。そもそもそんなもの篭めてないし!!


「ふむ、中々興味深い代物だ。それは『ドルガ』産なのか?」


「そうだが? まさかと思うが敵に道具をくれなんて言うわけじゃないよな?」


「なはは! そんなわけなかろう! ただ、人間の知恵は侮れないと思ったまで! さて、続きを始めようか」


「ああ、こうなったらとことんやってやる! アンタを倒せば少しはカオスも混乱するだろうからな」


「それはどうかな? 組織というものを甘く見過ぎだろう」


「やってみなきゃ、わからないさ……!」


 何故か腰に手を当て足を肩幅に開きヒーローのようなポーズを取るヘラキュロスに、俺は高速で突撃した。



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