第127話

 

 ソレは、腰元に山なりに剃りかえった形となって現れた。

 手元の方には持ち手と握り拳を添えるための仕切り。

 先のほうに行くにつれ段々と細くなり、そして先の方は鋭利にとんがっている。


 そう、刀である。


 鍔と柄にはきめ細やかな装飾が施されており、刀身はその鋒まで美しい刃紋が浮き出ている。まさに名刀と言わざるを得ない出来栄えのものを、イケメンエンドラは左腰のあたりで抜身の状態で出現させたのだ。


「ふむ、これは久方ぶりに使う。少々手間取る場面もあるやも知れんが、一応がこれがワシの得物だ」


「へえ、結構なものをお持ちなようで」


「なんだ、この価値がわかるのか?」


 イケメンは驚いた風に気の抜けた惚けた顔をする。


「そんなに大層な感覚を持っているわけじゃないがな。だがこれでも一応はファストリア王国の国軍指導官という肩書を持っていたんだ。武具のピンキリは多少は嗜んでいるつもりだぞ」


「なるほどなるほど。ならば、その腕前には期待できそうだな。先ほどの体術は目を見張ることもなく、期待外れであった。今度こそ、ワシが満足するような芸を披露してもらいたいものだ」


 くっ、むかつくな……! わざと煽っているだろうかとは分かる。が、ここで逃げたと見られるのも癪に障る。


 幸い、今の俺でも全力を出して勝てる相手でないだろうし、だというならば存分に暴れさせてもらってもいいだろう。


 さっきはほんのちょっと油断しただけだ。寧ろ、相手の出方や実力が測れたという点では怪我の功名ともいえるだろう。


「言ってくれるな爺さん、その余裕もそこまでだ!」


「ちょっと、ヴァンさん!?」


 そして俺は戦闘モードに入る。こうなると気分が高まるせいかいつも敬語やらを使えなくなってしまうのだが、イアちゃんが案の定咎めるように声を掛けてきた。だがもう今更だ。


「ふむふむ、いい目をしておる。これで漸くワシも少しは力を解放出来そうだな。こい、小僧!」


 そして目の前十メートル程先に立つイケメンは、刀を抜刀する仕草を見せ、両手に構える。俺も中学で少しだけ剣道の授業を受けたが、その時に見せてもらったゲストの道場の師範とやらよりも更に様になっている。


 武器の種類に関わらず、どれほどの名器であろうとも、使う人間が雑魚や使い方を誤る無能ならばただの鈍と化す。だがこの場合は、その双方が互いの実力を高めあってその立ち姿一つとっても剣神と呼ばざるを得ない。


 これは、心してかからないといけないな。


 しかし、同時に、今ここで世界最強の存在と対峙しているのだという実感を肌で感じ、さらに昂る。


「では遠慮なくいかせてもらう!」


 そして俺は敢えて手ぶらな状態で、予備動作を悟らせないようステータスにものを合わせた速力で敵に突っ込んだ!


「おおっ」


 そして刀を構えた和服姿の白髪の青年にぶつかる直前、俺は倉庫魔法を発動させ、コンマ一秒にしてその左手の中に『両刃の剣クアトロエッジ』と呼ばれている剣を取り出す。


 そのまま、薙ぎ払うように上下に刃がついた剣を振り回し、相手の首や胴ではなく、まずは手首を狙って得物を使っての戦闘不能を試みる。


「ふむ、なかなか面白い剣だ」


 だがしかし、本来剣での鍔競り合いはするべきでないとされているにもかかわらず、敢えてその両手に握る得物を差し出すようにぶつけてきた。


 当然、こちらの刃とあちらの刃が甲高い音を響かせ接触する。そのままお互いに瞬時の判断を巡らせ合い、戦闘開始数秒にして拮抗状態が生まれてしまった。


 だが俺にはわかる、これはまだまだ間違いなく手を抜いているのだと。エンドラは人間状態の方が弱いかのような言い方をしていたが、だからといって今の俺を持ってもやはりまともには太刀打ちできる相手ではないと思い知らされる程のセンスと戦闘力の塊だ。


 そのまま拮抗を崩されるのを嫌った俺は、刃を押し返すようにして懐に飛び込み相手の刀が若干上向きになった隙を狙って、棒に棒を擦り付けるようにして金属音を奏でながら上向きの方の両刃をイケメンの胸めがけて振り下ろす。


「ほう」


 しかし相手もそれをまた瞬時に感じ取り、飛び退こうとする。


 が、俺は今度はバトントワリングのようにくるりと剣を回転させると、下向きの両刃を相手の股間を切り裂くようにして下から上へと振り上げた。


「おっと」


 ん? 今、服を切り裂いた感触がしたぞ?


 エンドラとしても袴が思ったよりも長いというか膨らんでいたのか、その生地を切り裂くようにして刃が通り過ぎる。


「しめた!」


 それにより、ほんの少しではあるが相手の動きが遅くなったのを理解した頭で次の攻撃を瞬く間もないあいだに計算する。


 俺の次の一手は、剣ではなく己の身体を使った攻撃。


 その切り裂かれぺろりと垂れ下がった数十センチの記事を目掛けて剣を突き刺し相手を地面に縫い付ける。

 と、その勢いで剣を手放し空中に飛び上がると、反対の剣先を靴で踏みつけイケメンの構える柄頭側の下の手、つまりは左手を狙ってかかとで蹴りを入れた。


「こしゃくな!」


 だが相手も馬鹿ではない。イケメンエンドラは俺を斬り伏せようと面打ちのようなカウンター気味の振り下ろし攻撃を繰り出してくる。




「――――それを待ってた!」




「なに!?」


 刀と接触する……と思わせといて、俺の軌道が急激に変化し、ありえない挙動をとる。


 右の足下に空気の層を発生させ、二段ジャンプの要領で横っ飛びしたのだ!


 そして俺は、刀を振り下ろしてしまい隙ができたエンドラに向かって今度こそ蹴りを入れる。

 完全にガラ空きになった顔に右足で再び空中ジャンプをして方向転換をし左足によるメテオキックだ。


「ぐおっ!!!」


「お爺様!」


「なんと!!」


「「「「「<グギャア!?>」」」」」


 彼の顔に俺の蹴りがクリーンヒットし、その端正な顔立ちが頬の部分から変形していく。ビリビリと地面に縫い付けられた袴が破れ、そして押し出されるように地面を吹き飛ばされたエンドラは大地を転がり続け数十メートル先で停止した。


「よっしゃ!」


 周りのドラゴン族たちは皆一様におどろいている。


 俺も内心、咄嗟の判断による攻撃が通用したことに吃驚だ。




「――――甘いな小僧」




「え?」


 後にして思えば、その気が抜けた瞬間を狙ったいたのだろうか?

 もしかすると敢えて攻撃を受けたのかも知れない。


 数十歩分は先に転がって行ったはずのイケメン青年老齢竜エンドラは、しかしその姿が瞬く間に霧のように消え去り、気づいた時には俺の後ろに立っていた。


「なっ!?!?」


 イケメンはそのまま、俺の首目掛けてチョップのような攻撃を繰り出す。その動きが一切見えない、動体視力が全く追いつかないまま背後から攻撃を受け、逆くの形で人間空気砲のように空中を高速で飛翔させられる。


「かはっ……!」


 息ができない。攻撃による痛みで全身が痺れてしまい、指先一つ言うことを聞かないのだ。

 更には、前方からは高圧な空気の壁が当たり続ける。新幹線か飛行機のように全身に空気による衝撃を受け、それによるダメージもどんどんと増していく。


 どこまでも飛ばされ続ける俺は、止まることができず勿論目まぐるしく変わる周りの景色を堪能する余裕も全くない。


 薄れる意識の中でこのまま世界の果てまで飛ばされるんじゃないかと思ったその時。






「――――ヴァン!!!」





 前方から、俺がこの世界に来てから数え切れないほど何度も聴いた、最愛の女性の声がした。


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