第126話
「はい? 申し訳ありません、今俺に戦えと仰いましたか?」
ベルがかつて手も足も出なかった相手だ。間違いなくこの世界最強の生物だと畏れながらに語っていたのが目の前の老齢竜だ。
単純なパワーという点では流石に六千年も生きていると言うこのお方よりもルビちゃんの方が上っぽいとは言っていたが、同時に総合戦闘力ではこちらの方が圧倒的に上だとも。
その竜が、俺と戦えと言っているのだ。今の俺であっても、とても勝てる相手とは思えないのだが……
「<なに、別に殺し合おうというわけではない。ただ単に、お主の力を知りたい。間違いなく今のお主は、ワシが知っている中で人生、いや竜生最強の相手だと身体が述べておる。おおっと勿論、ドラゴン族を除いてだが>」
俺が実質的に自分を除きこの世界最強、と老齢竜が述べたところで周りのドラゴンたちがすぐさまいきり立つように怒りを露わにしたが、続く言葉ですぐに落ち着きを取り戻す。何だよ、喧嘩っ早い奴らだなあ……
「それは、必ずしも必要なプロセスなのでしょうか?」
回避できるならするに越したことはないに違いない。勢い余って殺しちゃったとか言われたくないし!
「<おい人間、そもそもワシはこれでもだいぶ譲歩しておるのだぞ? 殺されかけていた女勇者を助け、さらには保護し。人間の戦争に我らドラゴン族の大切な同胞を差し出して、お主の記憶喪失についての予想立てもした。少しくらい、こちらの要求を呑むべきではないかね? それとも人間の世界では、相手から一方的に施しを受け何の返礼もしないのが礼儀だと?>」
「い、いえ、そういう訳では……」
「<そもそも、自惚れるではないぞ、お主が今この場で生きていられるのは、一重にワシが周りを押さえ従えているからこそ。人間の一人や二人、本来ならば即殺して当たり前の存在なのだ。だからこそ、みすみすやられよったルビーには厳しくお仕置きを受けさせたがの>」
「<ヒッ>」
エンドラがルビードラゴンに睨みつけるように視線を向けると、彼女はビクリと身体を震わせその大きな手で頭を抱えるような仕草を見せる。そんなに恐ろしい目にあったのか?
「確かに、少し図に乗り過ぎたやも知れません。そのご厚意に感謝の念を捧げる為絶えないことをこの場で再度申し上げさせていただきます」
「<わかれば良いのだ。さて、早速だが小手調べといこう。ワシについてこい!>」
「は、はっ」
エンドラは寝床にしている財宝の山を踏みつけながら、起き上がる。その口の先から尻尾の先まで、正しく王者たる風格を感じずにはいられない威風堂々とした御姿だ。
「<皆の者! 手出しは無用ぞ! この矮小なる存在に我らの力を見せつけてやるのだ!!>」
白銀の老齢竜が首を天井に向けそう言いつつ咆哮をあげる。
と、周りに控えるドラゴンたちも一斉に空気を振動させ、ビリビリと身体が痺れるほどの騒音が辺りを包み込んだ。
「<しかしいきなりこの姿で戦うのも白けるな。すぐに勝負がついてしまうであろう。どうだ、人間形態のワシと戦ってはみんか?>」
「よろしいのですか?」
「<構わん>」
竜の里の一部となっている森林の、更にその中にある開けた広場に、老齢竜以下お供のドラゴン(勿論ルビちゃん達も一緒だ)を引き連れてやってきた。
ここはエンシェントドラゴンの血族がよく訓練に使っているといういわば鍛錬場だ。
周りに生えている木々が所々で真っ二つにへし折れていたり、地面に大きな穴が開いているところもあるが、そこをわざわざ指摘するような度胸はない。
それに下手に話に持ち出してああなりたくないという思いもあるし。
そして老齢竜は一言返答すると、その姿を人間形態に変身させる。
ベルの時は使っていなかったはずなので、恐らくではあるがこの姿を見る人間は俺が久しぶりから下手をすれば初めてなのではないだろうか?
「ふむ、悪くないな」
「!」
そしてそこに現れたのは、ヨボヨボのお爺さん……ではなく、白銀の長髪を棚引かせ、羽織に着物、袴という和服のような格好をしたイケメン青年であった。
「ろ、老齢竜様でございますか?」
俺は目の前で変身した場面をきちんと見ていたにもかかわらず、思わず自然と訊ねてしまう。
周りを取り囲むドラゴンたちも、驚いた様子でしきりに互いの顔を見合わせていた。
「そうだが? 何かおかしな点でも?」
「いえ、その」
「ははあ、なるほど。どうせイメージと違う人物が現れた故驚いたのだろう」
「はあ、まあ」
イケメンはフッと口元を緩ませ、胡散げに両手を天に向けて仰々しい態度をとる。
「ワシのこの姿は魔力によって象られているもの。勿論、本来であれば皆が想像するような老人の姿になるであろう。しかしワシは、いざと時のために己の力を十全に引き出せるよう普段は魔力を溜め込んでいるのだ。そしてその分の魔力を使うと、このように人間の姿になった時に若返ることができるわけだ。どうだ、これで少しはハンデになっただろう?」
なるほど、ただ単に若返りがしたかっただけではないようだ。俺に
余程舐められているようだな……!!
「やって下さいますね。それほどご自分のお力に自信がある様子で」
「勿論」
「ならばその高々と伸びた鼻をへし折って差し上げますよ。お土産は、ドラゴンの鱗で作った盾でも頂きましょうか?」
「ほほう、そちらも言うではないか。この姿のみならず、本来の姿のワシと戦い、その上でさらに傷をつけると宣言したわけだな?」
「どのようにお受け止めなさるかはお任せ致しますが。まあ、こちらとしても手を抜くわけにはいきませんので、もしかしたら『不慮の事態』が発生するかも知れませんね?」
俺は内心怒りを感じていたせいか、少し煽るように言葉を紡ぐ。と、
「ふむふむ、ソレはたとえば――――このような?」
「!!!!」
瞬時にして目の前から消えたイケメンは、次の瞬間には俺の後ろに回ってその右肩をポンと叩いていた。
「ぐああああっ!? ……あれ?」
そのまま俺は地面に膝くらいまでめり込んでしまう。
しかも何故か痛くはなく、ただスポンジに沈み込んだ中のようにダメージが全くない。
こ、こんなことってありえるのか?
「なんだ、大仰なことを言ったわりに大したことはないな。やはり人間はどれだけ強くなろうとも、人間の域を出ないというわけか」
「そんなことはありませんよ--っと!」
俺は地面に両手をつき、しゃがみ込む姿勢となる。
そしてそのまま両脚をめり込んだ土から引っこ抜き、宙返りした反動で相手の首を狙って爪先で蹴りを入れた!
「ほう」
だが、結構な勢いを出して攻撃したはずのそれはあっさりと交わされてしまい、機械人形のようにくるりと回転したイケメンと立ち位置が入れ替わるようになった。
「くっ」
周りのドラゴンたちも感嘆の鼻息を出す。生暖かい空気が発せられ鬱陶しいな……! これでは完全にアウェイだ。
「何をやっておるのじゃ! もっとしっかりせんか!」
「おおおお、お姉ちゃん!?」
だが、いつの間にか人間形態になっていたルビちゃんが応援してくれているのか、叱咤激励を飛ばしてくる。その様子を見た同じくイアちゃんとなった妹ドラゴンは、姉にどっちに味方をするつもりなのかと慌てふためいている。
「なんじゃ、我はこの男を押すぞ。お爺様には申し訳ないが、あのお仕置きは少し根に持っているのでな」
そしてウィンクを飛ばしてくる。
なるほど、俺が孤立していることを察したから、あえてヒール役のように立ち回るわけか。なかなか気が効くじゃないか。
「ああ、ありがとう。イアちゃんも」
「ふえっ!? そ、そんな私は別に」
「いいんだ。さて、仕切り直しといきましょうか?」
「うむ、来い!」
イケメンは、そう宣言すると同時にその腰元に武具を出現させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます