第125話
もし異常があるならば、それを治す方法をどうにか見つけ少しでも以前の彼女に戻すことが出来るだろう。
だが、それに至る要因が見つからず全くの正常ということならば、対処のしようがない。エンドラ程の存在から見ても明らかな健康体なのに、でも間違いなく何かしらが彼女の中で起こり、今の弱体状態になってしまっている。
この現状を解決する方法が人間である俺たちにも、そして古来より生きし知識も豊富であろう御大にも打つ手がないからこそ、先ほどの『一生元には戻らない宣言』だということだ。
「<この娘を連れてきた者にも話を聞いた。襲っていたのは、やはり以前であれば何らてこずらないであろう魔物であっだぞ。それ程まで弱くなっていたあやつをどうにも放っておけず、連れてきたまま保護していたのだ>」
「そのことに関しましては心より感謝申し上げます」
「<個人的にも、気に入っておったからの。戦闘をしたあの時のあの目には、間違いなく信念が宿っておった。あれほどまでに己の使命に忠実に生きようとする人間は久しぶりだったからな、よく覚えていたのだ>」
「そうですか……」
ベルは俺が関わると少々行き過ぎるところもあるけれど、自らの勇者という職業を重く受け止めていたのは俺にもわかる。エンドラともあろう方が一目置くほどなのだから、前後の変わりように違和を感じ手元に置いてくれていたのだろう。
もしそのまま見つかることなく魔物に倒されていたら、今頃腹の中だった可能性も高い。
「<兎も角、そのお主の記憶、そしてあやつの記憶。これが戻らないことにはどうすることもできん。勿論、ワシも同じく手の打ちようがないことは先ほど述べたとおりだ。一先ずは意識を取り戻すまでここに留め置くこととしよう>」
「はっ、寛大なる配慮に心から感謝の意を捧げさせていただきます」
「<気にするな、少年よ……それにしても、やはり女神。ここに何らかの手がかりがあることは間違いがないのだが…………そういえば、お主からは以前のあやつと同じかそれを上回るほどの力を感じるぞ? 何か関係があるやもしれん、思い出すことはないのか>」
「そう、ですね……俺も、気になってはいるのですが、どうしてこれほどの力を手に入れられたのかすら全く記憶にございません。気がつけば強くなっていたとしか言いようが」
ステータスでも、『これぞ本当のチート』と思えるような数値であった。一方の彼女は、以前と同じ数値であった。なのに、彼女は明らかな弱体化を迎えている。ここの因果が掴めれば、少しでもこの事態の原因がわかると思うのだが。
俺はステータスを確認した時から記憶をどんどんと巻き戻していく。そして意識を失う前……はアレがあって、そしてその間が空白になってるんだよな。
そこから起きた時にいたのは、エンデリシェと、そしてミナスという弓使いの少女。彼女が助けてくれたということであったが、その名乗りを聞いた時に確か……
「ああ、そういえば、起きた直後にとある単語を思い出しました。余り頭に馴染まなかったのですぐに忘れてしまってしまいましたが」
それに、起きたばかりでまだ少し頭がぼやぼやしていたし、あの時期の記憶も今頃になってようやくはっきりと思い出せるようになったくらいだ。
「<なに? 申してみよ>」
「はい、『カオス』という言葉でした」
「<カオスだと? 何故そこであんな奴らが出てくるのだ。まさか、記憶を失ったのはあの不気味な存在による仕業だったのか>」
「ご存知なのでしょうか?」
「<ん? 何を言っておるのじゃ? 以前戦ったではないか。それに、我があの首輪をつけられたのもあやつからだったしな>」
「え? 何を言ってるんだルビちゃん?」
唐突に、後ろに控えていたルビちゃん(ドラゴン形態だ)が話しかけてくる。首輪をつけたのがカオスとやらだった……そうだっけか?
「<お主こそ、どうしたのじゃ一体、そんなことまで忘れてしもうたというのか?>」
「忘れるって、何をだ?」
「<まて、少年よ。まさか、ルビーを助けた時のことは覚えておらんのか?>」
「え? えっと、あの時はうちの国の公爵が色々と問題を起こして、それで決闘とあいなって連れてきたのがルビードラゴンさんでした。そして首輪をつけられていて、それを取った後に……そう、誰かに会った記憶があります」
「<それがカオスだったんじゃが? やはり覚えておらぬようじゃな! お爺様、これはカオスが関係していると見ていいやもしれませんのじゃ!>」
「<うむ、『思い出せないということをこの場で思い出せた』ことは僥倖だ。すぐにでも、カオスの一味を探し出し接触できるか検討してみよう。出来れば、捉えて尋問ができればいいのだが>」
カオス。何者だったか、今の俺には思い出せない。周りからの情報を元に推測するしかないが、俺の記憶喪失の中で唯一、思い出せた単語がソレだというのだから、関係があるのは間違いないだろう。
それと、あのミナスという少女。しばらくしてから姿を見かけなくなってしまったが、もしかしたらそのカオスなんたる者と関係があるかもしれない。
「<少年、勇者は今しばらくこちらで預かっておこう。意識を取り戻し次第、本人の望むところに送り届けさせる>」
「はい、ありがとう存じます、恩に着ます。ですが一点だけよろしいでしょうか?」
「<なんだ、申してみよ>」
「できれば俺の許に来たいと言っても連れてこないでいただければ助かります。現在、敵国と戦争中の身でありまして、今の彼女がそばにいると、きっと危ない目に合わせてしまうと思うのです。勿論、そばにいてくれれば心強いのは間違いありませんが、ですが同時に、今の弱体化してしまった勇者ベルには荷が重い現場と言わざるを得ません。俺の言葉を添えて、南方には近寄らないようにいい聞かせていただけると」
「<ああ、そういえば南方に出向いている同胞から『人間が争っているようだ』という報告を受けていた。それほどまでに激戦なのか?>」
「ええ、実は……」
と、『外』からやってきたという敵との戦争について説明をする。
「<何だと、それほどまでに! 全く、情報はきちんと伝えるように厳命しているというのに。これは後でキツく身体に覚えさせてやらなければならないようだな>」
とエンドラが述べると、周りにいるドラゴンたちが興奮した様子になる。彼を恐れているのか、それともそのホウレンソウを怠ったドラゴンに怒っているのかはわからないが。
「あはは……まあそちらはお任せいたしますが、ともかく未だ未知の部分が多い敵である以上、人類の希望の象徴たる彼女を失うわけにはいかないのです。そのために、北方へ遠ざけたのですから」
「<人間側の事情は理解した。ならばワシも少しばかりだが力を貸そう。ルビー、サファイア!>」
「は、はいっ!」
「はいっ」
「<この少年に同行し、その敵を一網打尽にしてくるのだ! この地では我らドラゴン族が最強の存在であると知らしめてくるのだ!>」
「はい、わかりましたお爺様!」
「我もじゃ!」
二人の少女ドラゴンはこちらに顔を向け、ぶふーっと息を吐く。ちょっと生暖かいぞ。
「ありがとうございます、その寛大な御心を賜ることに感謝申し上げます」
「<うむ。だがもちろん、ただでというわけにはいかんぞ?>」
「はい?」
エンドラは、ようやくその大きな顔を首ごともたげ、二足歩行のような少し猫背の直立姿勢となる。
「<そのうちに秘めたる力を、ワシに示してみせよ!>」
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