第124話

 

「<来おったか……>」


 目の前には、灰色かそれとも白か。というよりかは白銀といえばより正しいかもしれない。その姿を目に入れるだけで、今のパワーアップした俺ですら圧倒的なオーラにより自然と跪いてしまうほどの威圧感を放つ、ルビちゃんの二倍はあるであろう巨大なドラゴンが、地面に伏せるようにしてこちらに顔を向かつつ寝転んでいる。


 その巨躯の下には、どこから集めたのか金銀財宝がジャラジャラと散らばっており、まるで宝物で作られたベッドのようだ。


 地球に出てくる御伽噺のドラゴンはよくその手の習性があるという設定があったが、この世界でも同じなのだろうか? しかし、ルビちゃんたちがそのような行為をしているところは見たこともないし話に出てきたこともない。

 勿論、立ち寄った貴族の屋敷などに寄った時に(それなりの感性はあるのかその価値を理解し関心してはいたが)調度品に目移りして顔が離せないなどといったことも無かった。

 むしろ貴族たちの方がよっぽど"ドラゴン"なくらいだ。


 まあそれは置いといて閑話休題


 俺の横に同じように跪くルビちゃんイアちゃんの様子を見るに、この人(?)がエンシェントドラゴンで間違いないようだ。


 ここに来るまでに幾度もドラゴンとすれ違ったが、これほどの強さを感じる者は一体としていなかった。正に王者である。


「はい、初めまして、エンシェントドラゴン様。ヴァン=ナイティスと申します。こちらに保護されているという勇者ベルの配偶者であり、また隣にいますルビちゃん……じゃなかったルビードラゴンさんとも旅をした仲であります」


「<うむ、話には聞いておる。ルビーが捕らえられたところを助けてくれたそうだな。感謝する>」


「は、ありがとうございます」


 と、鼻息を一つお礼を述べたエンシェントドラゴン……エンドラの周りにいるドラゴンたちが一斉に驚いたように尻尾をピンと伸ばしたり『グアッ!』と鳴いたり様々な反応を示した。


 察するに、人間である俺にお礼をしたことが珍しいことなのであろう。あるいはドラゴンの王と同等なのだから、そもそも謙るような真似をすること自体が少ないのかもしれない。

 ともかくドラゴンたちは何を言っているかはわからないが、念話で話をしているのだろう、互いに顔を見合わせながら忙しない様子だ。


「<騒がしいぞ、静まれ!>」


 だがエンドラがそう念話で叫ぶと、途端に静まり返る。やはり御方の言葉は絶対なのだろう。中には何を恐れているのか、人間の俺でもわかるほど怯えた様子に変わったモノもいた。


「こほん。それでエンシェントドラゴン様、早速で申し訳ありませんが、本題に入らせていただきたいのですがあの娘を返してくださるのでしょうか?」


 俺は顔を上げ、目の前の老齢竜に向かって今回の会談の主題について早速切り出す。




「<うむ、そうであったな――――結論から申そう。あの娘は二度と元には戻らん>」




「……え? そ、それは……どういう意味で? まさか、意識が戻らないと」


「<そうではない。あの娘は明らかに、ワシと以前戦った時よりも弱体化しておる。そうだな?>」


「それは、間違いありません。本人も理由はわからないが急に力が出なくなったと申しておりましたので。確か、四ヶ月ほど前の話だったかと」


 ベルが向こう北部に戻って三ヶ月ほどの間は、俺も定期的に会いに行って、落ち込んだ様子から立ち直れない彼女のことを気遣っていた。それなりに効果はあったとは思うが、やはり日に日に精神的なものか少しずつではあるがやつれていっていた。

 そんな時ではあったが、俺は各大陸代表団による統一会議の伝令役を任されてしまったので、そこから一度も会うことができていない。


 そしてこのような形で再開する運びとなったが、やはり以前として変わらず力を失ったままだという。


 そこにきての今のエンドラの発言、一体どういうことだろうか?


「<ううむ、なるほど……何か、その付近で変わった出来事はなかったか?>」


「変わった出来事、でありましょうか。俺も彼女も、一部の記憶が欠けてしまったことがありました」


「<なに?>」


「ええ、実は……」


 と、俺はあの部屋での一部始終からの、起きてから一部分が記憶喪失になっていた事態についての説明を(ヤンデレベルの辺りはボカシはしたが)行なう。


「というわけでして。彼女とは反対に、俺が力を増していたわけです」


「<ふむ、段々と話が掴めてきたな。やはり呼んで正解だった。さて、もう一度結論についての説明を行おう…………この件には間違いなく、『神』が絡んでおる>」


「神、ですか?」


 神とは。どの神のことを指しているのだろうか?


「<女神のことは知っておるか、人間>」


「女神……えっと、ええ。実はなんですが、俺は別の世界から転生させられた身ですから」


「<理解しておる。別の世界からやってきた人間が勇者となると。そしてその者達が、皆一様に並外れた力を有していたこともな。だからあの小娘も、本人が直接そう述べていたわけではないが、別の世界の生まれであろうことは想像がついていた>」


 へえ、やはり長生きしているだけあって、この世界の仕組みを結構理解しているようだ。


「<そしてもう一つ、それには女神ドルガドルゲリアスが関係していることも。かつて、私と剣を交えた人間から聞いた話だ。お主はそれはついてどこまで知っておる?>」


「はい、あの方にはいろいろお世話になりましたから。一度死んで蘇らせて貰いましたし、それに……それに」


「<それに、なんだ?>」


「す、すみません、今しばらくお待ちを……あれ、おかしいな」


 何かを知っているはずなのに、そこだけまるで墨で塗りつぶされたように何も見えてこない。確かに存在しているはずの何かが、上から上書きされて隠されている感覚だ。

 何故だ? 何故なにも思い出せない。きっとここに、何かとても大切なことが、ベルの弱体化にもつながる記憶が存在しているはずなのに!


「<うむ、人間よ>」


「はい……」


 俺は意識を集中させすぎて少し痛くなった頭を押さえつつも、エンドラの方を再び向く。


「<きっとそこには、とても重要なことが隠されているのであろう。ワシでも知らないような、それこそ神の世界に至るこの世界の真実とも言うべきものが。勘がそう述べておるのだ。あの勇者の娘が弱くなった理由が必ずそこにある。それは、今のワシとて到底どうにもできないことであることもわかる>」


「……そう、ですか」


 エンシェントドラゴンというほどなのだから、何かとんでもない能力を有しているかと少し期待はしていたのだが、そうそう甘くはなかったようだ。やはり所詮は『この世界の生き物』という範疇から抜け出せないと言うことなのであろう。


「<それはもう貴様に任せるしかない。どのようにすれば思い出せるかなど検討もつかんが、そこをどうにかしなければあの娘は永遠に『小娘』のままだ。さて、それとは別にだが、では何故力が戻らないかわかるか述べてやろう。一言で言えば、『気の巡りが正常である』からだ>」


「気の巡り、でありますか?」


 そう言えば以前、ルビちゃんがドラゴンは身体の気の巡りを認識できるとかなんとかいっていた気がするな。


「<うむ。気の巡りというのは個人個人の『生命の流れ』そのものと言えばいいだろうか、血の流れと同じようなものだ。何か身体に異常が発生しているときは、その巡りも異常が発生するのだ。逆説的に言えば、まず大雑把にでも気の巡りを確かめてそれが乱れているのがわかれば、そこから病気しかり怪我しかり、身体に何らかの異常が発生していることを発見できるということだ>」


「つまりベルを調べてくださったものの、そのようなものは一つとして発見できなかったと」


「<厳密に言えば、魔王退治における旅の疲労や怪我の残滓のようなものは見つかりはした。だがそれも詳しく調べると力に異常が出るようなものではなかった。なのでワシとしてもお手上げということだ>」


「なるほど、そういうことでしたか……」



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