第123話
「な、なななななんだねあれは!?」
「ドラゴン……だと?」
「きひゃあ、食われる、食われるぞ! 逃げろぉ!」
転移先の公国城中庭には様子を伺いにか外に出てきていた先ほどまで愚痴をこぼしていた各国首脳がおり、空を指差して慌てふためいている。
城や要人の警護をしていた混成軍の一員が空に槍や矢を放ったり、魔法で撃墜しようとしているが勿論二匹はそれくらいではびくともしない。
「ナイティス士爵。これはどういうことなのだ? まさか主が私を嵌めたとは思えんが?」
その隙を見てレオナルド陛下の周りを一緒に転移で連れてきた近衛達が一斉に取り囲み防御陣形をつくる。だがドラゴン二体の前ではそれも地面に生えた雑草以下の存在であろう。
「え、ええ、もちろんです陛下。至急確認をとりますので」
「なに? あのドラゴンたちと話が出来るというのか!」
「はい。あれは、以前王都にて面会させました竜の姉妹です。知り合いですので話を聞けば答えてくれるはずですので
」
「なるほど、あの……わかった、任せよう」
「御意」
そして先ずはルビードラゴン……ルビちゃんに向かって念話を送ってみる。
「<ああ、久しぶりじゃないか! ルビちゃん。どうしたんだ急に?>」
「<うむ、少しお主に用事があってな。ここにいるという情報を聞いて急遽迎えにきたのだ>」
よし、念話は無事通じているようだ。特に暴走しているとか、人類に対して敵意を抱いているようには見受けられない。はて、用事とは一体?
「<俺を迎えに? なにがあったんだ、どこに連れて行くつもりだ?>」
「<まあそう慌てるでない、まず人間形態になりたいのじゃ。そこらへんで騒いでおる鎧の奴らを片付けてはくれんかの? 一応、潰してしまっては悪いじゃろう?>」
「<ああ、まあそうだな。わかった、指示するから少し待っていてくれ!>」
そして俺は中庭にいる人たちに向かって場を離れるよう要請する。
当たり前だが最初はなにを言ってるんだと頭のおかしい奴扱いされたが、陛下が仲裁に入って俺やルビちゃん達の身分を保障する旨の発言をしてくださった為、渋々と皆従うことになった。
やはり大国の王の発言は大きいということなのだろう。どのような発言であっても嘘をついているとみなされないというだけで、この大陸であっても充分その身分の有効さが伺える。
そうして二匹……いや二人は地に降り立ち、その姿を二足歩行の哺乳類へと変えた。
「ふううう、久しぶりにこの姿になったのじゃ!」
「お、お姉ちゃん、そんな腕をあげたらはしたないよ? い、色々見えてるからっ!」
「そうかの? 見られても減るもんじゃなかろうに……」
ルビちゃんは今回はノースリーブの少し薄めの朱色のワンピース姿なので、腕を上げ伸びすると脇はもちろんその服の中がチラチラしてしまっている。
周りを取り囲む兵士や要人の中には、客観的に見れば一大事であろうに鼻の下を伸ばしているとしか思えない卑猥な目つきを向けているものもある。
お巡りさんコイツです、でもその当のお巡りさんがだったか……
ルビちゃんの横に立つ彼女の妹だったはずのサファイアちゃんは、きちんとよそ行きの格好というか、見方によってはそれなりの家の令嬢に見えなくもない清楚かつ雅な服装だ。フリルのついた淡い水色のスカートドレスが風でふわりと揺れている。
「こほん! 人間どもよ、我はルビードラゴン! 栄えあるあのエンシェントドラゴンの孫娘である! その名を耳にできたこと、末代までの光栄とお前!」
「ちょっと、もうっ! すみません皆さま、同じく、サファイアといいます! お騒がせしてすみません、実は今回はこちらにいらっしゃるヴァンさんに用事があって少しお邪魔させていただきました。すぐに居なくなりますのでお気になさらず」
二人は周りの人々に向かって名を名乗る。ルビちゃんは相変わらず尊大な態度だが、逆にサファイアちゃん--イアちゃんとでも呼ぼうか、彼女の方は少し控えめだ。性格の差が如実に現れているな。
「皆様、そういうことらしいので一度お引き取り願えますでしょうか? 陛下、後のことはよろしくお願い申し上げます」
「うむ。皆のもの! この件に関してはファストリア王国及びこのレオナルド=パス=ファストリアが最後まで責任を持とう! 何か被害を被った者があれば後で名乗り出るが良い、その分の補償を約束しよう。今はともかく敵がすぐ目の前にいるのだ。ドラゴンの一匹二匹で騒いでいては身が持たぬぞ?」
陛下が場の収集にあたられ、それにつられて動きの速いものが城内へと人々を案内していく。騒いでいた南部諸国の面々も、ドラゴンが現れたというのに一部の人間がやけに冷静なことに対して面食らった様子ではあるが、渋々城内に引き下がった。
一先ずはこれで、ドラゴン騒ぎは収まるだろう。
「んで、俺に用事とは?」
中庭に三人となった(警戒のためか勿論警備兵は残ったままだが)ところで、イアちゃんに訊ねてみる。
「はい、実は…………ベルさんが、私達の里に連れ帰られてしまったのです」
「え!? ベルが、ドラゴンの里に……ってつまり、二人の実家にってことだよな? なんでそんなことに」
「うむ、それはだの……」
ルビちゃんの話を要約するとこうだ。
魔物に襲われている人間を見つけ、その人間が普通とは違う特異なオーラを発していたから興味を持ったドラゴンがいた。そのドラゴンは探り魔というか、珍しいものを集めるのが大好きなやつなのだそうだ。
魔物を追い払ったそのドラゴンは、興味を持たざるを得ないオーラを発する人間を捕獲。巣に持ち帰り、"長"……つまりはエンシェントドラゴンに何か知っているか訊ねてみようとしたという。
そして持ち帰られた人間は、よく見ればかつて戦った勇者であった。そのことに気がついたエンシェントドラゴンは、歳の功からくる勘により何か気がかりな事を感じ治療を指示。
そしてまだ意識が戻りはせぬものの容態が安定した勇者をどうしようかと思っていたところに、サファイアちゃんとルビちゃんが脱走の連帯謹慎処分(本来はもちろんルビちゃんだけだったらしい。サファイアちゃんが姉を見守れなかった自分にも責任があると言って罪の共有を申し出たという。姉想いの娘だな)から解かれたので俺のことを探しに行くように指示が出たのだと。
幸い二人は俺と面識があるし、何よりルビちゃんは俺と彼女が恋仲であることも知っている。それでエンシェントドラゴンに提案したところ、じゃあということで要は成り行きでここに来たようだ。
「でも俺がここにいるってなんで知ったんだ?」
「うむ、そこらへんは飛びながら話そう。じゃあ乗るのじゃ!」
「え、ちょっとお姉ちゃん、何言ってるの!? 背中に人間を乗せるなんてお爺様に知られたらどんなお仕置きを受けるか」
「え? それそんなにダメなことだったのか?」
「当たり前です! 人間のみならず、エンシェントドラゴン、つまりはお爺様の血族の者以外を背中に乗せるなんて言語道断なんですよ? それはつまりは相手に服従するのと同じことなのですから! すみませんが今回は転移で行ってもらいます。そもそも本当は竜の里を人間に教えること自体禁忌なんですからね? お爺様も何を考えていらっしゃるのか……」
ドラゴンタクシーには実はそんな重要な慣習が含まれていたのか、知らなかった。イアちゃんはやはり真面目な子のようだ。
「良いではないか、サファイア。堅苦しいやつじゃのお。それに転移してしまったら詳しい話ができなくなってしまうぞ。我も閉じ込められておったでの、少し話をしたい気分じゃ」
「んんんんんん、それじゃあ……それじゃあ、私の背中なら、なんとか許します! 責任は私が取りますから! お姉ちゃんはただでさえあんだけこっぴどく怒られたのですから、もう同じことを繰り返さないでください」
「むぅ、融通の効かないやつじゃ」
「知りませんたら知りません! さ、早くいきましょう。どうぞ」
人間形態から元の蒼い竜となったサファイアドラゴンは、乗りやすいように体を動かしてくれる。
「<んん♡>」
「え?」
尻尾伝いに背中によじ登ると、サファイアドラゴンは突然嬌声のような呻き声を出した。
「い、痛かったな?」
「<いえ。大丈夫です、お気になさらず!>」
「そうか?」
「<二人とも何をしておるのじゃ?>」
「いや、なんでもないよ、俺の勘違いだったようだ」
「<で、ですです!>」
「<んむ? まあよい、早く行くぞ!>」
そうしてルビードラゴンに続いて飛び立ったはいいものの……どう考えても俺が少しでも身を動かすたびに聞いちゃいけない部類の声色になるサファイアドラゴン、いやイアちゃんのせいで色々と会話をしたのにあまり身に入らなかったのであった。
「<ひぐぅ♡♡♡>」
「お、おい、マジで大丈夫なのか」
「<らいじょうぶ、れすぅ……♡>」
「ううむ、だがなあ」
「<いいから、そのままでっ……! 大人しく、しておいてください、ねっ!>」
「は、はい」
「<あはあっ♡>」
だああああああああ! 真面目ちゃんぶってたくせに、これじゃあ姉よりもたちが悪いじゃねえか!
全く、この世界で出会うヒトたちは誰しも個性的すぎるぜ……
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