第122話

 

「……であるからにして、当面は膠着状態が続くと予想されます」


 男がさし棒を使って地図を示す。


「その定型句を何度聞いたことかね? 良い加減なんとかならんのか、参謀の名が泣くぞ貴様っ」


 それを、ヤギのように顎髭を蓄えた太った男が睨みつけるように非難する。


「も、申し訳ございません、しかし現実的に敵の攻撃を抑えつつ奪還作戦に出るというのは極めて難しいと存じます」


「くっ、こんな時に北部の奴らはのうのうと動物退治をしているというのに。我らがどれだけ危機的な状況に置かれているか理解しているのかあいつらは?」


「左様左様、もっと資源をよこさんものか? どうせ適当に遊んでいるのだろう。何せあんな小娘にやられる親玉が率いていた奴らなのですからな!」


「間違いない、魔王とは実は蟻のことだったのではないですかな?」


「いや、もしかすると娼夫かもしれませんぞ」


 四人の高貴な方々が、目の前でストレスを発散するためか適当なことをぬかし始めた。


「がはは、あの歳で男の味を知りつくしているとは、女とは恐ろしい生き物ですなあ」


「全くであるな、一度お相手してもらいたいものだ、その魔王を倒した名器とやらに、ぐふふふ」


 俺は、拳から血が出るほど握り締め暴れ出したいのを耐える。


 幾ら勇者ベルがこの場にいないとはいえ、よくそんな適当なことを言えるな?

 俺がちくってやっても良いんだぞ? まあ、彼らは本来そのチクリに行く先なのだが……




 今この場には、南部諸国各国の長たる王達が集っている。


 しかしその誰もが、いかにも今までのほほんと私服を肥やしていましたと言わんばかりの体たらくな存在だ。北部の凄惨なありさまも理解しようとせず、己の利益ばかりを求める発言を言いたい放題。


 しかも彼らはポーソリアル共和国から特に侵攻を受けなかった大陸東部に位置する国々からやって来ている。

 ロンドロンド首長国連邦が攻められたとき、ろくに支援もしなかったくせにやけに偉そうだ。


 しかし、もしかすると彼らも国の民を守るために余計な手出しをすることができなかったのかもしれない。だがこの姿を見れば、その守ったはずの民はどう思うだろうか? 果たして臣民として誇れる主人だと言い切れるだろうか?


 ……だがそんなことをここで思っても、思考のリソースの無駄か。俺は怒りを捨てるように王達に見咎められない範囲で深呼吸と軽い柔軟をし頭を切り替える。




 さて、なぜ俺がこんな人たちと同席しているかというと。


 ベルは療養という名目で北部に一旦帰省。王都オーネではファストリア以下各大陸の覇権国が集い会議中。

 なので俺はその会議において転移の魔法を使って出席していない・出来ていない他大陸各国の意見を伝え、逆に中央での決定事項を待ち構えている各国の代表に返答する特命任務を陛下から賜っているからだ。


 だが、今先ほどこれ以上の資源の融通は難しいという話をこの人たちにしたところ、王の一人が連れてきた参謀に奪還作戦を無理強いし、ストレス発散の現場となっていたわけだ。


 何故喫緊の課題である資源を融通できないかと言うと。北部は言わずもがな。

 他の三大陸とて軍の出征準備で兵站を用意したければならないし、民衆もパニックにこそなってはいないが、いざという時のために資源を蓄え始めている。

 なので南部だけではなく各国共に資源を他国に譲る余裕がないわけだ。


 もちろん、そこでドルーヨの経営するイエン商会の物流網を使ってなんとか混乱を抑えている状況だ。魔王軍との戦闘で疲弊した各町や各村、そしてそれをつなぐ街道がようやく復旧の目処が立ち始め、血の流れのように商品が滞ることなく必要最低限の物流が復活したというのに。


 またそこで無理な金品の移動が発生してしまうと、今は無理やりにでもモノを集められたとしても、戦後の復興がままならなくなってしまう。

 たとえ相手を追い返したところで、侵略完了と同等の影響が人々の生活に現れてしまっては元も子もない。


 幸い、ジャステイズやミュリーの尽力もあって目の前にいるような小国の意見は封じ込められているために、前線の兵達には悪いが回せる分だけ回すという形になってしまっている。

 この人たちはそれを嘆いていた……と思いたいところだが、今までのその態度から察するに自分たちの周りにモノがあまり存在しないことが気に入らないだけなのだろう。


 一応ここは、ロンドロンドの真上にある内陸国ザンバーリョンの国土であるため、船を使って敵が攻撃してくるということはない。そのため実質的に敵が目の前にいるとはいえ、安全といえば安全とも言える微妙な立地となっている。おそらくそれもあって、くだらない愚痴を零す余裕があるのだろう。


「皆様、そろそろお時間です」


「うむ、ようやくか」


 時計を確認し、用件を告げる。


「"中央"のファストリアとの会談とは、何年ぶりであろうか? 俺は今まで二度しかないんだがな」


「同じく、片手で十分足りるほどだ」


「いざこうなると緊張するな……」


「北部の田舎者はともかく、あのファストリアだからなあ」


 まだ侵攻を受けていない国々とはいえ一応は前線と呼べる地域ののトップ集団。やることがないわけではないし、そう易々と国許を離れることはできない。なので今回会議の終了後、最終取りまとめの報告及び慰問ついでに、各国との会談を行うことになっている。


 それに関して、レオナルド国王陛下にこちらへと赴いてもらうこととなっているのだ。

 もちろん、俺の転移魔法でなので、個人的にはベルと会う機会はまだまだ先になりそうなのが少し残念だが。


 何を恐れているのかは分からないが、俺は口を挟む立場ではない。


「では、一度転移してまいります。しばらくお待ちくださいませ」


 一礼をし、ファストリア王国王都オーネの王城にあるあらかじめ定められていた部屋へと転移する。


「陛下、お時間です」


 そしてきっちり陛下は待機していらっしゃった。


「うむ、ご苦労、頼んだぞ」


「御意」


 そして再び、南部ザンバーリョンへと。だが、その転移した先には。




「久しぶりじゃのう、お主たち!」


「お、お久しぶりです!」




 何故か竜形態になってザンバーリョン公国の首都を飛び回る、ルビードラゴンとサファイアドラゴンの姿があった。


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