第148話

 

「なななっ!?」


 自称大統領の娘でポーソリアル共和国軍総司令官とやらのマリネさんは、俺に引っ張られてシルクラインの陸上部に作られた臨時指揮所まで一瞬で連れてこられたことに大層驚いている。


「何者だ! あ、これは、ナイティス騎士爵。どうされましたか? あれ、そちらの女性は?」


 指揮所を護衛する兵士の一人が話しかけて誰何くる。

 しかし、俺の顔は今回の反撃作戦に参加する者たちにはさすがに大分知られてきているので、以前のようにいちいち説明する事なく済む。


 周りの兵士たちも、俺が掴んでいる半裸の女性が何者か気になるようで、そちらに対しては警戒の念を薄めず、部下を向けているものもいる。危機意識が高く結構なことだ。


「ああ。無用な混乱を避けるため、細かい事情を話すことはできないが。取り敢えず、至急中央作戦会議室へと行きたいのだが」


「何かあったのでしょうか? 伝令してきますので少々お待ちを」


「頼んだ」


 そうして兵士はすぐさま建物内に向かう。


「なんだ、"中央"だというのにこんな粗末な建物で式をしているのか? 中央地方はやはり随分と文明が遅れているようだ」


「なにっ!?」


「貴様、いきなり何を!」


「我らを侮辱するかっ!」


 マリネさんが唐突にそんなことを言うものだから、周りにいる兵士たちがいきりたってしまう。今の発言で、少なくとも敵だということは明らかになっただろう。


「まあ、落ち着いて。何故そんなことを? まさかここにきて死にたくなって、わざと挑発しているとかじゃありませんよね?」


「なに、思ったことを単に呟いただけだ」


 ということらしいが。


「はあ、そうですか? 一応説明しておきますと、本来は海上部のあの街並みにあったのですが、流石に作戦中は陸地にした方がいいだろうということでここになったんですよ」


 丘の下に見える海上都市を指差してみせる。

 ここはだいぶ内陸寄りにあり、いわゆる街の外れ郊外にある別荘地の大きな屋敷を借り上げる形で使用している。また標高も若干高いので、シモの様子も確認しやすい。


「ふむ、なるほど。まあ、我らの船が本気を出せば、あんな街の一つや二つ、すぐさま消し飛ぶだろうし、正しい判断だ」


「でも、その攻撃も俺が防ぎましたけどね」


「行ってくれるな、フッ。私は意識がなかったから知らなかったが、確かに街の様子を見る限り、我々の攻撃を防いだのは確かなようだ」


 また周りが騒ぎ出しそうだったので、先に牽制目的で敢えて反論してみせる。


「ん、あれは?」


 と、マリネさんは空中を指差す。


「ああ、見ての通り、ドラゴンですよ。彼女らのお陰もあって、あなた方の海上戦力は殆ど壊滅しました」


「ドラゴンだと!? それに確かに、たくさん煙が上がっているが……あれが我らの艦だというのか……クッ、これは流石に予想外だ」


 彼女はうなだれた様子を見せる。本人の弁の通り、思ったよりも俺たちが"やってやれた"ことに気が付いたのだろう。


「当たり前だ! 外から勝手にやってきた敵に、我らがやられるものか!」


「そうだそうだ! 大人しくしておけ!」


「それにしてもいい身体だな……ぐへへ」


 兵士たちもこちらが優勢と見せつけるためだろう、敵に対していきりたつ。


「おい、最後のやつ後でこい。軍の規律をなんだと思っているっ!」


「あっ、すみません……」


 警備隊長らしき男が、余計なことを叫んだ兵士を睨みつけている。どうやらここの警備を任されている国の軍はそういうところには厳しいようだ。いろんな国の兵士が混じっているからな、前線に赴かないで後方支援に努める者は、それぞれ役職を持ち回りで預かっているし。国によって規律の態度も違うし、中には防衛しに行ったはずの町で狼藉を働き失職したものもいたという。

 戦争は人を良くも悪くも変える。まして、これだけたくさんの人々が一度に動くのだから、末端まで目が行き届かないことも往々にしてあるだろう。


「すみませんね、マリネさん」


「いや、謝ることはない。私も敵に捕まったときにどうなるかなど軍事教練で散々言い聞かされてきたからな。ましてや女の身、先ほどもあったが、君がこちらを襲わなかったのに驚くくらいだ」


「あの、もしかして俺らのこと野蛮人か何かと勘違いしてませんか……」


「そういう意味で言ったわけではない。確かに、こたびの戦は、我々共和国が未開の地に正しい人間の社会のあり方を教えてやるという名目で始まった。だが、私はそもそもこの戦争について懐疑的な立場なのだ」


「え、司令官なのにですか?」


「そうだ。まあ、細かいことは後に話そう。ほら、来たようだぞ」


 マリネさんが顎で指す先には、先ほど伝令に行った兵が戻ってきていた。


「お待たせいたしました。一先ず、身体検査の後に皆様方がお会いなさるそうです」


「わかった、ありがとう。では行きましょうか」


「ああ。でも、なんでさっきからずっと敬語なのだ? 別に、敵なのだから粗雑に扱っても構わないのだぞ」


 と、目の前に立つ美人なお姉さんは首を傾げる。


「一応ですね、敵の大将なのですから。余り適当に扱うと後々の交渉に響くかなと。細かいところを突いて少しでも有利に講話を結ぼうとするのは当たり前だと思うので」


 それに、どうもこの人の前ではついつい敬語になってしまう。


「なるほど一理ある。なかなか思慮深い様子だな」


「そうでしょうか」


 俺が本当に思慮深かったら、もっといい方向にこの戦を進められたはずだとは思うが。力任せに敵を壊滅させた時点で、それは策謀や搦手を使わないただの暴力による排除だ。

 ま、そもそも正式な宣戦布告もなしにいわれなき理由により責められた時点で、正統性としてはこちらに全くの分があるが。


 というわけで、さっさと屋敷の中に入り、首脳の皆様方の御前まで縄で繋いだマリネさんを連れて出向く。


 身体検査を受け、マントを返してもらって身綺麗にしてから着替えさせ、いざ会議室に。


「おお、きたか! ヴァン、その女性が敵の総大将なのか?」


 中に入り、許可をもらって円卓の前まで進み出る。すると我がファストリアの国王であるせられるレオナルド陛下が一番にそう仰せられた。


「はっ、ヴァン=ナイティス騎士爵。敵の旗艦に乗り込み、マリネ=ワイス=アンダネトと名乗る自称ポーソリアル共和国軍総司令官を捕まえて参りました」


「うむ。一先ず、そちの身分をどう保証する? 自らが首領だという証拠はあるのか?」


 そう陛下が仰ると同時に、壁際に控えていた神聖教会の『真偽官』らしき者がスッと前に出てくる。以前ポーソリアルが攻めてきたことを伝令した兵士に対して確かめたように、聖魔法で現道の真偽をはかるのだろう。


「残念ながら、色々と事情があって生身のままここに連れてこられた。なので私のこの正直な気持ちと言葉によってしか今のところは証明できない」


「…………全て『真』です。」


「そうか。うむ、間違いないようだな」


「とは?」


 マリネさんは、頷いて佇まいを直した陛下に対して少しだけ眉を吊り上げる。


「魔法により言動の真偽を確かめたのだ。迂遠な言い回しをしてケムに巻くのを防ぐため敢えて知らせていなかったが、確かに其方は自らが名乗る身分であるようだな」


「そのような魔法が本当に? 初めて聞くが」


「ポーソリアルにはこの魔法は無いのですか?」


「ない。というよりも、どのような体系の魔法なのだ?」


「聖魔法ですが」


「『聖魔法』? 聞いたこともない。なんだそれは? まさか今頃になってからかっているのではあるまいな?」


「…………『真』です」


 どうやら本当に聖魔法自体を知らないようだ。どうなってるんだ?


「いえ、聖魔法というのは、簡単に言えば神--女神ドルガドルゲリアス様に向かって力の行使を祈りその神聖なる神力をわけて貰うものです。なので基本的には厳しい修行を積んだ聖職者にしか使えません」


 実際回復魔法などはとてつもなく大きな利権になってしまっているからな。現代日本だと間違いなく独禁法でしょっ引かれるくらいギチギチに管理しているし。


「ううむ、そこら辺もよくわからん。何故その女神とやらに祈りを捧げるのだ?」


「え? まさか、宗教的なものすらないとか?」


 究極のリアリズム国家とかだったりして。だがその予想はすぐに外れる。


「そういうわけではない。我々は女神などという物にはすがっていないだけだ。精霊神フェアリーン様を主とする宗教を国教としている」


 なるほど、信仰する神が違うのか。この世界の人々すべてが神聖教会の信者というわけではないということだな。考えれば、教会はそもそもの始まりが初代勇者パーティプリナンバーの一人が打ち立てたものだし。

 でも、その精霊神なんたるものは俺も聞いたことはない。ドルガ様がそんな話していらした記憶もないし。




 ……………ッ! 記憶……ドルガ様? くそっ。だめだ、何も思い出せない。喉に魚の小骨が引っかかったような違和感がずっと続いているのに、それを取り除く手段が全く思い浮かばない感じだ。




「ん、どうしたのだ、ヴァン? 戦闘で疲れたのか?」


「い、いえ、陛下。申し訳ありません、その御心を揺るがしてしまった己の愚行を恥じます」


「何もなければ良いのだ、そう謙るな。逆に話がしにくい」


「はっ」


「さて、ではそろそろ本題に入ろうとしよう。貴殿の今後の身柄の行方についてだ」



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