第134話

 



 俺はベルと別れ、ルビちゃんイアちゃん姉妹を伴って南方へひとっ飛び。

 今回は転移を使って二人を運ぶ。もちろん無用な騒ぎを起こさないよう人間形態でだ。




 そして正に瞬く間にドラゴンの里から南大陸中央付近にある国家ザンバーリョン公国へ着く。実に一週間ぶりに足を踏み入れる土地である。人の作り出す空気が恋しいな。


 しかし今日はどうも様子がおかしかった。


「なんの騒ぎじゃこれは?」


「おかしいですね、明らかに雰囲気が重苦しく見て取れます」


「もしかして何か重大な出来事が起きたのかも? あの、すみません、どうされたんですか?」


 俺たちが転移したのは、以前レオナルド陛下をお連れした会議場がある城。その中庭では兵士や貴族、宮廷勤の者たちが忙しなく動き回っていたのだ。


 通りがかった一人の腕を捕まえ多少強引に話を聞く。


「ええ!? 何って、敵が攻めてきたんだよ!! 君もさっさと逃げなさい。子供がこんなところにいるんじゃないよ。というか、そもそもどうやって入ったんだ? それに後ろの二人もどう見てもただの女の子じゃないか! もしかして、御貴族様のご子息か何か?」


 焦った顔を隠そうともしない眼鏡をかけた官僚は俺のことを知らなかったようで、そう捲し立てる。と続いて急に謙った態度になった。ま、細かい事情を知らない限り、普通子供の騎士爵がいるなんて思わないか。


「ええ、まあ。一応これでもファストリア王国レオナルド国王陛下から騎士爵を賜っております」


「え? まさか本当に貴族様で?」


 官僚は当然、疑問に思い顔つきを険しくする。


「はい。それを証明するためにも陛下にお会いしたいのですが……まだこの国にいらっしゃいますか?」


「それは勿論。本来は今日国元へお帰りなさるはずだったのですが、この有様で。未だここに残られ他の元首の皆様方と共に指揮をとって居られますよ」


「そのこの有様とは何を指していらっしゃるんですか? 敵とは、まさか」


 と、横からイアちゃんが訊ねる。




「そうですよ! ポーソリアルが急に軍を動かして、今まで殆ど海岸沿いに侵攻していたにもかかわらず、急に内陸にまでやってきたのですっ」




「「「!!!」」」


「ああ、こうしちゃいられない! ファストリアの国王陛下なら城中にある会議室にいらっしゃいますから、そこまで向かってください! 貴族様かも知れませんが、非常時ですのでここらでお暇させていただきますよ」


 そして官僚はそそくさと走り去ってしまった。


 それにしても職務に忠実な人だったようだ。普通ならば無礼として罪を被せられる所であるが、俺は別にそんな狭量な考えを持ってはいない。たまにこういうストイックというか、与えられた仕事だけを忠実にこなすことに全力を注ぐ官僚がいるんだよな。まあ大抵そういう人は人間関係に亀裂を生むし、後々問題を起こしてしまうわけだが。


「……ポーソリアルが、攻めてきた、だと?」


「お、おかしいですっ、そんな報告は上がっていなかったはず」


「じゃな。だがこの様子を見ていれば何かの間違いという訳でもなかろう」


 俺たちが修行をしている間も当然エンシェントドラゴン族の偵察部隊は各地を飛び回っている訳で。定期的に報告に来るドラゴンにならば以前変わらずといった状況であった筈なのだが。


「ううん、もしかして報告を受けた後の間に急な動きがあったのかも知れないな。まあ言われた通り、一先ずは城の中に入ろうか」


「はい!」


「のじゃ!」






 そうして依然ドタバタ大騒ぎな敷地内を歩いて行き、目的の会議室へと着く。


「おい、何者だ、止まれ!」


 部屋を塞ぐ大きな扉の前には、それをさらに塞ぐよう近衛兵士が両脇に立って警備をしている。


「陛下に合わせてくださいませんか? ファストリアのヴァン=ナイティスという名を出せば、きっと通じるはずですから!」


「なに? 今は会議中だ。事前連絡もなく会いに来る人間をホイホイと通すわけがないだろう! 寝言は寝て言え少年。それに見ない顔だな。どこから侵入した? 親はどんな身分の人間か言ってみろ!」


 その内の右に立つ兵が槍をこちらに向け憮然とした表情で言い切る。

 この人も俺のことを知らないようだ。それによく見れば、こちらとしても初めて見る顔だと気がつく。鎧のデザインもよく見れば意匠が違く公国のものではない。


 この国の近衛は少数精鋭が売りな為、ここで会議に参加したり折衝を担当したりしているうちに一応は全員と顔見知りになっていたからだ。

 恐らくは人手不足等の理由で他国の兵が臨時で警護しているのだろう。

 左に立つ、何を考えているのか表情からは読み取れない無口な兵も同じく違うデザインの物だ(ただし左右の兵士は同じ鎧だ。同じ国から派遣された兵士なのだろう)。




 また、『ナイティス』の名はファストリアではまだしも、各国においては殆ど廃れた存在という扱いだ。事実騎士爵なんて貴族の最下層に位置しているし、国内においてもナイティス家がプリナンバーであることを知っているのは一部の者に限られていた。

 これも、歴史からフェードアウトしたいというご先祖様の願いが叶えられた結果だ。




「いやいや、本当なんですって! 俺はレオナルド陛下から騎士爵を賜っています。お願いします、確認が取れれば必ず中に入れてもらえる筈ですから」


 俺は必死に通してもらえるよう捲し立てる。


「ううむ……どうする?」


「ふむ。あいやまて、どうも嘘を述べているようには見えない。一応確認だけでもとってみれば良いんじゃないか?」


 突然、今まで黙っていた左に立つ兵士が喋りだす。

 もしや、皆の兵士が誰何をする役目で、左の者はそれが嘘からまことかを見破る役目を担っているのか?

 当然、言い寄られた謁見希望者は大抵ずっと右の兵に意識が向く。その間相手を注意深く観察するツーマンセルのような体制をとっていると推測できる。


 近衛の鎧はどこの国も一般兵とは違う物を着ているし、余計とどこの国の兵士かわからないが、このシステムを考えた人はなかなか賢いと言えるだろう。もしかしてだが、見えないところに別の護衛が隠れていても不思議ではない。


「そうか? むむ、わかった。おい、ここで大人しく待つんだ! それまで一歩も動くんじゃない。良いな?」


「はい、ありがとうございます」


 そして煩い方の兵士が扉の覗き穴から中の世話係のメイドだろう人にこそこそと話を伝え、再び定位置に戻る。


「そこで暫し待たれよ!」


「はい」


「……のう、人間の世界って、どうしてこうもめんどくさいやりとりが多いのじゃ? 敵じゃったら吹っ飛ばせばそれで済む話じゃないかの?」


「そういうわけにもいきませんよ、お姉ちゃん。もし相手がどこかの国の重要人物か、またはそのように仕立て上げられた者だった場合、攻撃したのを理由に外交問題に発展する可能性がありますから。人間の為政者というのは、利用できるモノは人・物・状況を問わず使い潰す存在ですからね」


 竜の姉妹がこそこそ話をするのを横目で眺める。


 イアちゃんって、結構ヒトの世界の物事を知っているんだな。どこで勉強したのだろうか? 今度聞いてみよう。


「そうか、わかった。大変失礼致しました! 皆様どうぞ、お通りください!」


「いえ、ありがとうございます。お手数をおかけしました」


「それでは」


「ではのじゃ!」


 そして数分もしないうちに、返答がやってきたようで。脇に立つ二人の兵士は敬礼を持って部屋に通してくれた。


 その部屋の中には、沢山のおっさん達が椅子に座って難しい顔をしており、その顔を一斉にこちらに向ける。よく見れば男性だけではなく女性もいるようだ。見たことのない首脳もいる為、大規模な会議であることが窺える。


「おお、よく来たなヴァンよ。どこかに消え去ったと思えば一週間も全く連絡がなかったのだ。流石にこの私とて心配したぞ?」


「ははあっ! この度は陛下のご心労を重ねるような愚行を犯してしまいましたこと、忠心より海の底よりも深くお詫び申し上げます。我が首を幾万本差し出そうともその罪を流すことが出来ないことは女神の天啓よりも顕。しかし、レオナルド陛下に置かれましてはその神をも唸らせる辣腕により我々ファストリアの民を極楽へと導いてくださる事を信じて止みません。民を代表し、誠ありがたく存じております」


「そ、空よりも高いのじゃ!」


「お姉ちゃんっ」


 何を言ってるんだこの赤鬼……じゃなかった赤竜は。無理に取り繕うとしなくていいから、黙っていてね?


「そう謙るでない。何か事情があったのだろう? そのドラゴンを連れてきたことが表しておる」


 陛下がドラゴンという単語を口になさった瞬間、場内が一気にざわつく。


「やはり陛下の御晴眼の前には如何なる闇をもその姿を消し去ってしまうようで。仰るとおりであります。もしよろしければ、私からこの場での発言を許可していただきとう存じますが?」


「構わん、許す」


「はっ」


 そして俺はついていた膝を床から離し、立ち上がる。


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