第261話
――――神界、とある場所にて
「ハジメさんたちは頑張っているでしょうか? 少し見てみましょう……! おお、武闘大会ですか! 私たち神の中にも戦いを司る神は複数いますが、みなさん何というか脳味噌まで筋肉でできていそうな方ばかりなんですよね……その点、人間は神よりもあらゆる能力が低い点、それを知力や心で補おうとする。実に魅力的な生き物だと思います」
女神は誰もいないにもかかわらず、
「……しかし、本当にこれで良いのでしょうか? 神の世界も人間の世界も、少しずつ均衡が崩れようとしています。何千何万とある世界に存在する全ての人類。それらが救われる道は結局一つしかないのですから」
「お迎えにあがりました」
と、突然、女神の後ろに全身を真っ黒なローブで覆い隠した者達が現れた。
「ああ、来ましたか。って、突然現れたらびっくりするからやめてくださいと何度も申し上げているではありませんかっ」
彼女は可愛らしく抗議をする、ローブたちはそれに対しては無言だ。
「はあ、まあいいです。それで進捗は?」
「はい、現在、調律神と父神が戦闘を行っております。しかし決着がつくのは当分先の話でしょう」
「そうですか。では、我々『カオス』がいよいよコトを動かす時が来たのですね」
「御意」
「行きましょう」
そして女神は、ローブたちと共にその空間から一瞬にして消え去った。
★
「おおーっと! そうはいかないぜ」
「フッ、全く厄介な戦い方をするやつだ」
「まさか初戦でヴァンと当たるとは……因果なものだ」
エンデリシェやミナス、マリネたちと時を同じくして。当然ヴァンも武闘大会一回戦を戦っていた。十六歳、すなわち七年生となるヴァンにとってはこの催しを行うのも七回目。そして今目の前にいる二人とも、何の偶然かその七回全てでトーナメント中一度は当たっていた者たちだ。
つまりそれは裏を返すと、この場にいる三人ともがトーナメントをそこそこ勝ち抜けるだけの実力の持ち主ということになる。三人が三人とも、ここで当たったことが幸か不幸か判断をつきかねているのだった。
そして試合形勢はほとんど拮抗。軽微な傷はあるものの、未だ三人ともが戦う気力に満ち満ちているのであった。
「だが、誰が勝とうともこの試合は真剣勝負に尽きる。いい加減決着をつけたいと思っていたんだ、この際一回戦どころか決勝戦のつもりでいかせてもらうぜ!」
近接武器併用の魔法使いという珍しいスタイルの使い手であるガルシュが堂々と宣言する。
「望むところだ」
そして格闘家のナバーラリーアは、静かに落ち着き払った様子で再度構えをとる。
「ふん、二人とも気合充分か。だが勝ち上がるのはーーこの俺だって最初から相場は決まってるんだよ!」
最後の一人であるヴァンは、剣を槍のように突き出し、そのナバーラリーアに魔法を使い加速しながら突進する。
「昂っているな、ヴァンっ。だが、戦いの場においては時には落ち着きも大事だぞ?」
その言葉と共に、格闘家の褐色少女はその平均よりも幾分か長めのポニーテールを揺らしつつ、相手の突進をひらりと軽い一動作で避ける。そして続けて、その背中に向けて拳を突き出した!
……のだが、何故かそれは弾かれてしまう。
「おいおい、仲間外れは悲しいなあ?! 俺も混ぜてくれよ、なっ!!」
ガルシュが、手に持った指三本分ほどの穴の空いた柄がある短剣を用いて格闘家の攻撃を防いだのだ。しかしその目的は当然、ヴァンを守ることなどではない。この戦いにおいては三人が三人とも敵同士なのである。
「何をする、貴様」
魔法によって強化された拳は短剣くらいで傷つくものではない。しかし無理に踏み込んで痛手を負うのも避けなければと、相手の思惑にのって一度引いたナバーラリーアは訝しげな目を同級生に向ける。
「なにって、二人だけで戦おうとしたからムカついただけだけど? 悪いか? ハハッ!」
「意味不明なことを言うな、私の獲物はヴァン、その次に貴様と決めている。弱い方から倒すのは常套手段だ。傷を負わされたねずみが猫を噛み殺すことも無きにしもあらず、中途半端な強さの者ほど読めないことがあるのが戦いの場だ」
どうやら彼女の中ではヴァン<ガルシュ<自分という格付けがなされているようだ。
「ひどっ! 一応はこれでもそれなりの期間過ごしてきたと思うんだけどなあ……雑魚呼ばわりかあ……」
「人間関係と身体的な強さはまた別の話だ。話を歪曲させるなヴァン」
「うぐっ、ごもっともで」
「なるほどなあ……よしっ! わかった、俺もその案に乗ろう!」
「えっ!!?」
ガルシュは笑顔でそう叫ぶと、息つく間もなく少女ではなく少年の方に向かっていく。
「ふざけんな、おいっ!!」
ヴァンは己の立場が一気に劣勢に傾いたことを悟るが、反論したり文句を言っている場合ではないと、剣を構え対峙する。そして、短剣と長剣が重なり合い金属音が鳴り響いた!
「おいおいおいおい、ヴァン殿下様よぉ! 俺にとって鍔迫り合いがどのような意味を持つのか忘れてしまったのか?」
「あっ」
と、ガルシュが呆れた様子で述べると同時に、その手に持つ短剣が爆発を起こす!
「うぐっ」
爆風から身を守るためナバーラリーアは腕を顔の前でクロスさせ、魔法障壁を張る。物理的な攻撃が同意とはいえ、魔法単体での発動が出来ないわけではない。その透明な壁越しに、二人がどうなったのかを確認すると。
「ちっ」
「あっぶねえ!」
どうやら、ヴァンは無事だったようだ。
「貴様、今私ごとこの大会から消し去ろうとしたな? 卑怯な」
「卑怯もクソも勝ったもんがちだろうがよ! 全く飛んだ甘ちゃんだぜナーちゃんは」
「ナーちゃんいうなっ!」
ガルシュが『ナーちゃん』と呼んだ瞬間、ナバーラリーアは先ほどでの冷静沈着な様子を一変させ、年相当の反応を見せる。
「はいはい、ともかく文句を言う暇があったら追撃しろっての。一時共闘だろ?」
「何をふざけたことを、私は別に共闘などというものは提案した覚えはないぞ? ただ貴様を後回しにしてやると言ったのみだ」
「えー? つまんねー、のっっ!」
「くっ」
だらだらと会話を繰り広げている隙に、反撃だとばかりに魔法を込めた剣を振り下ろすヴァン。だが、ガルシュの方もそんなの読むまでもないぜとばかりにパッと飛び退いて避けてしまう。
「不意打ちするなら、もっと動作を小さくしろよな? この六年間なにをしてきたんだか……なにっ?!!」
「ガルシュ! お前こそ、この六年間なにを学んできたんだ? 敵の攻撃は目の前にだけ存在するわけじゃないぞ?」
剣を振り下ろして状態のヴァンがしてやったりとそう言う。
「バカな、いつのまにっ」
そしてナバーラリーアも含めた二人の足元には、魔法陣が。
「戦いは油断した方の負け。いい教訓になっただろう?」
魔法陣は瞬時に展開発動され、その円形の範囲全体から一気に太いツタが伸びてくる。そのまま、二人の体を包み込んで果実を搾り取るかのように圧縮してきた!
「ぐ、がっ!」
「くぅっ」
抵抗するガルシュとナバーラリーア。しかし、徐々に身体のあちこちが悲鳴を上げてくる。聴きたくないミシミシやピキピキといった音と連動して、身体のあちこちが痛みを訴え始める。
「さあ、一想いにやってやるぜ。二回戦からの応援、よろしくな!」
その言葉と同時に、ツタの圧力が増し。
あっけない幕引きと共にブロック戦一回戦の勝者はヴァンとなったのであった。
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