第260話

 

  いっぽうその頃、マリネは。


「さあ、行くぞ!」


「ふ、ふえぇ……」


「ふんっ、こんなところで負けていてはエンデリシェに笑われてしまうな!」


 セミショートの髪を揺らし、剣を構える大統領娘は、目の前にいる気弱そうな女子生徒と、実長な雰囲気を感じ取れる男子生徒と対峙していた。

 女子生徒は杖を、男子生徒はマリネと同じ剣を手に持っている。


「試合開始!」


 そして審判の合図により、火蓋は切って落とされた。


 瞬間。


「え、えいっ!」


「なにっ?!」


「うおっ」


 女子生徒が杖を振り下ろす。と、床全面が一瞬にして氷に包まれアイスショーの会場のように透明な輝くステージへと変貌してしまったのだ。

 慌ててバランスをとる残りの二人。そしてその隙に女子生徒はさらなる攻撃を加える。


「やあっ! ていっ!」


 今度はその氷が競り上がり、三百六十度の円形の壁になって二人を取り囲んでしまう。そしてその中心、つまりは二人が立っている地点の床が三角形に盛り上がり、足元から貫こうとしてきたのだ!


「くっ」


 マリネはとっさに障壁を張ると、続いて炎の魔法を繰り出す。攻撃系の魔法が得意な彼女にとって、魔法での咄嗟の応酬は臨むところであるのだ。


「うわわっ?!」


 一方の男子生徒は、剣に魔法を付与して氷の柱を無理やり叩き斬ろうとしている。こちらはエンデリシェと同じく付与魔法が得意なようで、ガリガリと音を立てつつ刃と氷がぶつかる音を奏で続けている。


「ええっ?!! そんなのありなんですか!!?」


 女子生徒は審判を見るが、この場を取り仕切る唯一の大人は一瞥を返しただけで試合を続けろと暗に圧をかけるのみだ。


「なるほど、本当に勝てばなんでもありなようだ……! では私の方も反撃にいかせてもらうぞ!」


 やられてばかりはいられない、と、マリネは障壁を器用に使い氷の壁から脱出する。そしてそのまま風の魔法を用いて大きく跳躍し、おろおろしている女子生徒に向かい炎の球を連続発射する。


「きゃっっ!」


 いくつかの火の玉が直撃したことにより、火傷を負い痛みによって硬直してしまう。その隙を逃さないとばかりに今度は剣を振り下ろした!


「ぎゃっ!」


 杖で身体を支える少女は、可愛らしい女の子が出したとは思えない野太い悲痛な叫びを上げる。


「すまない、だがこれも勝ち残るためっ。手加減をしてやるつもりはないぞ!」


 そしてもう一振り、今度は一思いにと首を狙って(武闘大会のフィールドには首を切り落とされる、または心臓を貫かれるなどして死亡と判定された瞬間に痛みを全カットする機能が備えられている。他にも年齢に応じて一定以上の痛覚は遮断されるなどの細かな制限がかけられているのだ)刃を横薙ぎにした――――が。


「何をする!」


「え?」


 カキンッ! と甲高い音が響く。それは、必死に鋭利な氷の柱を切り削っていたはずのもう一人の対戦相手である男子生徒が、マリネの剣と己の剣を打ち合わせたからであった。


「お前こそ何を考えている?! 妨害行為ではないか!」


 先ほどの女子生徒と同じく審判を見るが、相変わらず無言で佇むままだ。『なるほど、これも許容範囲なのか』と納得するしかないマリネは追撃を恐れその場から一気に飛び退く。


「かわいそうだろう!!」


「「えっ??」」


 今度は、庇われた側の女子生徒も共に素っ頓狂な声を出す。


「成績のためとはいえ、なんの遠慮もなしに首を狙うなんて……! この外道!!」


「はあ? 貴様、何を馬鹿なことを」


「剣士には剣士の戦い方というものがあるはずだ。それと同時に、矜恃も。勝てそうだからと言って健気な女の子を酷く痛めつけるような行為は褒められたものじゃない!」


「さっきから何を言っているんだお前は…………」


 マリネはジト目になって、目の前で何かを訴えかけている少年を眺める。今さっきまで頭の中を渦巻いていた高揚感は何処へやら、一気に冷めてしまう。まさかこれも作戦のうちなのか? などと深くうたぐってしまうが、いやそんなはずはないと実直、悪くいえば阿呆としか思えない少年に呆れてしまう。


「ともかく、この娘を倒したかったら、まずは俺を倒してからにしろ! さあ、かかってこい!!」


 しかし少年の方は本気なようだ。仕方がない、どのみち二人とも倒さなければ勝利にはならないんだからと剣を構え直し、未だにどうしてこうなったのか整理のつかない様子の少女を置き去りにして一対一の決闘となる。






「てやぁっ!」


「おりゃあああ!!」






 二人の剣が交わる。







 ★







「剣、弓、杖、か……」


 弓を構えつつ、眼前の二人の隙を窺うミナス。この組み合わせがどう作用するのか、うまい具合に得意な得物が別れた三人組はお互いを牽制しあっている。そんな中彼女は、自分の得意な支援系魔法を生かした勝ち方を模索していた。


「ーー参る!」


 しかし、思考する時間もそう多くはない。痺れを切らした女子生徒が、剣を両手に構え身体の動きを少なくするよう滑るように移動しながらもう一人の対戦相手、杖を持つ男子生徒に向かっていく。


「ふっ」


 鼻で笑うような生意気な声を一言出したその魔法使いは、なんと器用なものか、両手を使い障壁を展開しそのまま剣士を重さを感じさせる動作をしながら押し潰す形で投げつけた!


「ここだっ」


 そしてミナスも流れに乗って矢を放つ。まずは隙が大きいであろう男子生徒に向かってだ。


「なっ?!」


「甘いな」


 しかし、その相手はこちらの行動を読んでいたのか、片手を突き出すと今ほどと同じく障壁をぶつけてくる。まさか両手を使ったのはブラフだったのか、などと油断した自分を戒める余裕もなく、その見えない壁に吹き飛ばされてしまう。


「てやああああ!」


 一方の剣士――持っているのは刀のような剃り返った刃を持つ長めの剣だ――は障壁が見えているかのように、その上の辺に足を乗せて跳躍する。そしてそのまま刀を振り下ろし、風魔法を用いた斬撃を数度放つ。


「!! ちっ」


 流石にキツかったのか、魔法使いは一度は障壁を張るものの、それを突破されてしまいローブのような衣服の腕の部分を切り裂かれてしまう。さらにその奥にある左腕も軽く負傷させられてしまったようだ。


「はあっっ」


 ミナスは時間を無駄にしまいと、己の体力と怪我を回復させる。このような時に低位の回復魔法を含む支援系統が得意なミナスは優位に戦えるだろう。実際、怪我をしたままの魔法使いの男子生徒は軽傷とはいえ少し苦しげだ。


「隙が大きいぞ!」


「うぐわあっっ!! ぐはっ」


 さらに接近した剣士に斜めに胴を斬られ、その動きの余波を利用した二連撃によって両足までもを斬られてしまう。


「あ、あじがああああ!! いだいよおおおおお!」


 魔法使いはそのまま降参の意思を示し、戦闘不能扱いとなったのだった。


「!!」


 残った片割れであるミナスは、そんな一人を既に倒した剣士に向かって矢を放つ。しかしそれくらいで狼狽る剣士ではない。黒髪をポニーテールにしたその女子生徒はほとんど気配だけで矢を感じ胸をそらして避ける。




 だが、それと同時に、その避けたばかりの矢が大きく爆発した!


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