第58話
「うおおおおおおっ!!」
俺は咄嗟に障壁魔法を貼り、ドラゴンを受け止めようとする。
ガァンッ! と大きな音を立て、ドラゴンは急停止した。
「だめっ、避けてヴァン!!」
「えっ」
しかし二秒ほど持ち堪えたところで、障壁が崩れ勢いのままドラゴンが突っ込んできた。
「うおっ」
慌てて地面に倒れ込み、上をドラゴンが通り過ぎていくのをやり過ごす。
「どういうことだっ」
「ドラゴンは魔法の膜がある限り、あっちから魔法を打ち消すこともできるの!」
ベルは皆を一塊に集め、戦闘体型を整える。
「ヴァン様、どういたしましょう」
グアードも剣を構えながら、そう訊ねてくる。
確か彼は身体強化の魔法を使えたと言っていたはずだが……いやしかし、巻き込むのはまずい。彼は軍で立場のある人間なのだ、ここで死なれては王国全体に多大なる影響が出る。
まだこれから残党討伐に出ることになっているから尚更だ。これ以上の余計な混乱は避けなければならない。
「ベル、グアードを王城に転移させられるか?」
「え?」
「ここは俺たちに任せて、何か対策がないか探してきて欲しいんだ」
「わ、わかった! グアードさん、さあ!」
「はい」
グアードを連れてベルが転移する。
「これで一先ずは安心だ、後は俺たちでなんとかしなければ……」
「そう、だな!」
地面に突っ伏した状態から起き上がり反転してきたドラゴンが再び突進してきたので、俺たちは一様にそれを避ける。
「あれ、おかしいですね」
するとミュリーがそう独り言を漏らす。
「どうしたんだ、ミュリー?」
「いえ、今攻撃してくるまでに少し間がありましたよね、普通ならばすぐに攻撃してくるはずなのですが……それに、ヴァン様の障壁魔法もすぐに壊れることなく数秒持ち堪えられましたし。本当ならば今頃ひき肉になっているところだったのですよ? 先ほどの行動には私びっくりしてしまいました」
「そ、そうなのか」
危ねえ、つまり俺は今こうして生きているだけで奇跡ってことか。
「確かにおかしいのである、みるのだあれを!」
デンネルが指摘した通り、ドラゴンはなぜか苦しそうに首を振っている。まるで何かに押さえつけられているかのような仕草だ。
「ふうむ、変ですね……あれ、もしかするとあの首輪のせいでは?」
「え? 首輪?」
ドルーヨが指差すのは、先ほど使用人が持っていた、ドラゴンが引きちぎってしまった鎖の残りが繋がっている首輪だ。
よくみると、黒い鉄輪に濃い紫色で不思議な紋様が描かれているのがわかる。
「あの首輪は……奴隷に付けるための魔道具に似ています、デンネルたちも記憶にあるのでは?」
「ううむ、確かに同じようなものを見た記憶があるな。しかし街で見た奴隷の物は、赤色の紋様で描かれていたのではなかったか。奴隷を見て回る時間などなかったので確かだとはいえないのではあるが」
「私も、覚えていないわ。ごめん。当時は色々とやることがあったから街中でもそこまで注目していなかったし」
エメディアもわからないようだ。
「私は覚えています、確かにあの首輪は奴隷に付けられていたものと似ていますね。形状が少し違うのと、紋様の色も違いますが。魔王の影響が関係なく苦しんでいるこの人たちを救えないものかと思ったものです」
しかし、ミュリーはよく覚えていたようだ。
この国では禁止されているが、奴隷売買が合法の国はいくつかあるらしく、旅の途中でその地域に寄った時に見たのだろう。筆頭巫女らしい、実際に世界を見て回るうちに虐げられている人たちを救いたい気持ちが生まれたのだと推測できる。
「形状が違う……確かに、奴隷の首はもっと縄のような形をしているし、何よりあのような鎖がついてはいない。普通は主人に逆らえば自動的に首が絞まるようになっているしね」
そうなのか、結構えげつない魔道具なんだなそれ……
「ん? ということは、もしかするとあの鎖が関係あるのか?」
「え? 確かにさっき、使用人が鎖を手から離した瞬間、ドラゴンが使用人を食べたわね」
エメディアが考察を述べる。
「んじゃあ、もしかしてあの鎖を使えば?」
「ええ、おそらくですが、あの鎖自体が魔道具の一つなのでしょう。あれだけ大きな生物を飼い慣らすためには通常の首輪と違い、複数の効果が仕組まれている可能性があります。ただでさえ凶暴かつ狡猾な生き物であるドラゴンなのですから、強制的に言うことを聞かせられる力が込められているかもしれませんね。それに首輪は直接肌につけられているため魔力の膜の影響は受けませんが、大きさも性能も桁違いな魔道具ですから直接魔力を介して操作する必要があるのかもしれません」
ドルーヨもエメディアの一言でピンとくるものがあったのか、詳しく解説してくれる。流石はやり手の商人だ。
「そこであの鎖を使うことによって、リンクしている首輪に術者を介して命令を与えることができるのかも。どちらにせよ、まずは鎖に触って試してみないことにはわかりませんけどね」
ドルーヨの仮説が正しいにせよ間違っているにせよ、彼のいう通り試してみなければ何もわからないままだ。
「でも、鎖は先ほど大半が引き千切られてしまったのである、誰かがドラゴンに近づき鎖を握らなければならないのであるが……少し調子が悪そうとはいえ、おいそれと近づくことはできなさそうなのであるぞ」
デンネルの言う通りだ。まずはドラゴンにどのように接触するかを考えなければならない。
「グオオオン、グギャああああ!!」
離しているうちに次はドラゴンが飛び上がり、急降下して突進してきた。
「飛べるのか!」
「飛べるに決まってるわよ!!」
皆慌てて回避する。と、地面に首から突っこんでズササササと音を立てながら地面に線を引き不時着した。やはり本調子ではないのか完全に自分の体をコントロールすることはできていないようだ。
「ーーただいま、皆生きてる!?」
すると丁度ベルが帰ってきた。
「ベル、今の所は大丈夫だ」
「なんとかね」
「大丈夫よ」
「はい、生きてます!」
「今ドラゴンが突進してきたところですよ」
「そう……やはりあの時と同じように、なかなか厄介な相手そうね」
ベル達は以前も戦ったことがあるのか、過去を思い出すようなことを言う。
「前の時はどうしたんだ?」
「それは……今は話すと長くなるけれど、一言で言えば見逃してもらえたの。でも今回はそうはいかないでしょ」
「そうなのか、ああ、ベルの言う通りここで退却すれば悲惨な未来が王国を待っているだろうな。なあ、ちょっと思ったんだが、ベルの『破魔の光』でどうにかすることはできないか?」
「無理ね。ドラゴンは魔物でもなければ邪悪な存在じゃない。ただの大きなトカゲと同じなのよ」
「ううーん、じゃあやはりあれしかなさそうだな」
「あれ?」
「グオッ!!!」
再起したのか再び飛び上がったドラゴンが、今度は空中から水面の魚を狙う水鳥のように浮遊してくる。
「なんだっ、攻撃パターンが多いなこいつ!」
続いてUターンしたのち、また先ほどのようにソフトランディングに突っ込んできた。
「うわっ」
「危ない!!」
避けられそうになかった俺のことを、ベルが抱きかかえて転移してくれる。
「た、たすかった、センキュー」
「びっくりしたわよ! ヴァンが死んじゃったら私、生きている意味ないんだからね!」
「そ、そこまでですか……あっ、そうだ」
彼女に、先ほどの案を説明する。
「……ふうーん、なるほど、つまりは鎖を掴めば終わりってことね」
「確証はありませんけど、やってみる価値は十分あると思いますよ」
「んでも、誰が行くんだ?」
「そうね……やはり私が転移魔法で、となるかしらね。あの大きさだし止まったところを空から背中に乗り移るしかなさそうだわ」
ベルが危険な役目に名乗りを挙げる。
「その間私たちは、ドラゴンを牽制すればいいのね」
「であるな」
「微量を尽くしましょう」
「頑張ります!」
「じゃあ決まり! まずはドラゴンの攻撃を避けるところからね」
「できれば受け止められればいいが……最悪、ドラゴンの停止する地点を予測して落下しなければだな」
当たり前だが転移はその地点に行った後そのまま空を飛んだりできるわけではない。あくまで自由落下に任せるのみだ。
それにあの突進を受け止められるかと言われると自信がない。
「ウダウダ言っていてもしょうがないわ、失敗しても何度も行くわよ!」
「おう、わかった!」
「「はい!」」
「ええ!」
「うぬ!」
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