第59話

 

 そうして始まった戦闘であったが、何度か試したものの、鎖を確保する計画はうまくいかず。だいぶ日も暮れてきて、ドラゴンも俺たちもお互いに大分体力を消耗していた。

 本来ならばこの時点で一方的にやられていてもおかしくはないのだろうが、向こうも首輪のせいで元々本調子じゃなかったようなのでようやく五分五分と言ったところであろう。


「くそっ、どうにかならないのか!」


「あの老齢竜もやり手であったけれど、やはり若い方が単純な力比べではさらに厳しいわね。これで本来の姿と出会っていたらきっと今頃王都は、ううんこの国全域が火の海だったかもしれないわね」


「うむ、時には知恵よりも単純な力が勝つ場面があるのである」


「白色の肌をしていたあの老齢竜よりも今のこの赤ドラゴンは大人しいですからね、それでも百パーセントだった老齢竜より少し下という程度ですから、こちらの百パーセントの場合は暴れっぷりは比較にならないでしょう」


 まるで成人式で暴れる若者のような扱いだな。老齢竜か、一体どんな姿なのだろう。

 魔王軍残党討伐の旅路が終了すれば、まだ見たことのない生き物を含めたこの世界にあるたくさんのアレやコレやを探す旅に出てもいいかもしれないな、などと疲れからか呑気なことを考えてしまう。


「でもこのままじゃジリ貧ですよ? ベル様はどうされるおつもりですか?」


「ですねえ、このまま一緒に仲良く夜を明かす、といったことが許される雰囲気ではないようですね」


 ドラゴンはそれでもまだ戦う意志があるのか、犬のように首をプルプルと振って太い鼻息を吐く。


「みんな、俺に考えがある」


 と、皆の注目を集める。


「どうしたの、ヴァン?」


「これをこうして、こうすれば……」


「なるほど、やってみる価値はあるわね!」


「だわね」


「うむ、コンビネーションであるな」


「頑張ります!」


「僕もここで死にたくはありませんからね」


 皆俺の立案に賛成してくれたようだ。よし!


「じゃあ、行くぞ!」


 強化魔法を使えるものはパーティに対して使い、ドラゴンとの本格的な戦闘に備える。


「グオオオ、ギャオオオン!」


 自らを鼓舞するかのように咆えた後再び突進してきたドラゴンを、まずは俺の障壁魔法で防ぐ。


 くっ、なかなかきついなやはり。二、三秒が限界だ。これだけではやはりベルもすぐに飛び移ることができなさそうだ。


「デンネル!」


「おまかせ! ハァッ!」


 しかしその隙に、デンネルが顎の下に入り込み、その大きな喉を突き上げるように強化魔法をかけた拳で殴る。直接でなければ魔法が干渉することはないことが、戦闘のうちに分かっていったからだ。


「グォン!」


 鱗があるところならまだしも、流石に生身の肌を殴られたドラゴンは一瞬たじろぐ。戦いのなかで、徐々に相手の特徴がわかってきた故の策だ。


「次!」


「はい!」


 すかさず、ドルーヨがお得意の弓を取り出し、連続して放つ。


「グギィエエエエッ!?」


 動きが鈍ったドラゴンの右眼に対して、即効性の毒の塗られた特殊な鉱石で作られた矢が数本刺さる。流石の腕前で、右眼を負傷し更に毒の影響もあるのか大きくのたうちまわる。


「エメディア!」


「ええ!」


 矢が刺さったと同時にデンネルが飛び退くと、続いてエメディアが直接魔法が効かないドラゴンに対してではなく、間接的な邪魔になるよう周りの土をズズズと盛り上げて太く高い土の壁を作る。のたうちまわるドラゴンにより内側から削られていくが、その度に頑張って魔法で維持してくれる。


「最後!」


「はい!!」


 そして賢者たるミュリーは聖魔法に属する光の魔法であるフラッシュを使う。要は目眩しの魔法であり、大きな光が土の壁の中を照らし尽くす。


「グォッ!」


「今だ!」


「うん!」


 ベルはその隙に転移魔法を使い、ドラゴンの上空数メートル地点へ現れる。両眼を潰された上複数の攻撃の余韻が残っている為に気配で気付くのが遅れたのか、彼女はそのまま風魔法を使って背中へとうまく着地できた。


「鎖はどこ! これね!」


「掴めたか!?」


「うん! やってみるわ」


 そして目的の、半ばで千切れた鎖を手に持ったようだ。


「はあっっっ!!」


「グオオオギャオン!! ギャアオン!」


 ドスドス、となかで暴れる音が聞こえてくるが大丈夫なのだろうか? 土壁があるため中の様子を伺うことができない。


「ちょっと待って!!」


 すると、ベルがそう叫ぶ声が聞こえた。


「どうした!」


「このドラゴン、やっぱり変だわ、鎖から邪悪な魔力を感じるの」


「なに、そんなことわかるのか?」


「ええ、この破魔の光のお陰か、良い魔力悪い魔力が判別つくようになったのよ。もっともこうして直接相手に触れなければわからないからあまり使い時はないけどね」


 エメディアが壁を崩して元に戻すと、ドラゴンの身体に直接手を触れて何かを確かめているベルの姿が見えた。

 確かに、「あなたが良い人か悪い人か確かめさせてください」と正面切って訊ねることは中々難しいだろう。せいぜい周りも怪しんでいる人物か、このような生き物に対してくらいか。


「具体的にどうおかしいんだ?」


「うん、闇の力によって体内に流れている正しい魔力が抑え込まれているわ。恐らくは……この首輪のせいだと思う。そのせいで、聞きたくない命令を聞かされている可能性があるわ」


 ベルが手に持つ鎖の先につながった首輪は、今も依然として紫色の紋様が定期的に発光してその効果が有効なことを示している。


「じゃあ、その首輪を外せば?」


「うん、もしかしたら、元の性格に戻ってくれるかも? と言っても、元から凶暴だったら逆に危険な状況に陥るんだけどね……どうする?」


「そうですね、試してみる価値はあるのではないでしょうか?」


 ドルーヨが答える。


「私も、もしこのドラゴンがそのような悪いことをされているのだとしたら、解放してあげるべきだと思います。最悪、私達で誘導してどこか遠くで戦闘を行えば良いかと」


「であるな、やらないよりはここで一縷の望みにかけてみるのも悪くないであろう」


「私も賛成。ま、死なば諸共ってことで?」


 皆、彼女の提案に賛成するようだ。


「じゃあ、私のこの手の力で首輪だけ消滅させられるか試してみるわ」


「ベル、待ってくれ、俺も一緒に上に乗るよ」


「え?」


 俺は風魔法を使って足元から大きくジャンプすると、ドラゴンの背中へと着地する。


「俺のこの浄化の力を使えば、こいつの体内に残った邪悪な力だけを取り除けるかもしれない。首輪を消したからといって、すぐさまその悪い魔力が消え去るわけではないだろう? ベルの力でドラゴンごと消滅させてしまうのも、問題な気がするんだ」


「そう、だね……じゃあ、やってみようか?」


「ああ、ようやく共同作業って感じするな」


「もう、ヴァンったら。じゃあいくよ?」


「おう」


 そしてベルは手から光を伸ばし、ドラゴンを傷つけないように首輪に触れる。


 すると、首輪はガチャガチャと不快な音を立て、鎖も一緒に粒子のように空へ昇り消え去っていく。


「グアアアアアアア!!」


「うおっ!?」


 すると、ドラゴンが突然暴れ出した。


「なんだ!? 失敗かっ」


「違うわ、体内の魔力が暴走しているみたい! このままじゃ、ドラゴンの身体がもたないわ!」


 ドラゴンは身体を揺らし、苦しげな様子だ。俺は慌てて背中を掴み、振り落とされないように必死に耐える。


「くそっ、いけ!」


 俺もベルのように腕から光を伸ばし、ドラゴンの首元を目掛けて突き刺す。


「グギャアアアアア!」


 しかし、ドラゴンは暴れることをやめない。だが先ほどの苦しげな様子とは違い、抑え込まれていた力を解放しているような暴れっぷりだ。


「おい、どうなってるんだ!?」


「ううん、大丈夫、成功よ! 今度は身体が自由に動くか確かめているみたい」


「そ、そうか、うん」


「あはっ、それにしても遊園地のアトラクションみたいね」


「ベル……お前って結構変な性格してるんだな、初めて知ったよ」


「そうかな?」


 ドラゴンの背中に二人でしがみつき、炎を天に向けて盛大に放射するその姿を眺めながら、共同作業が成功したの喜びを二人で笑顔で分かち合った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る