第252話

 

 向かい合った計六人の魔法使い。半分からは余裕を、もう半分からは緊張と興奮を感じ取れます。どちらがどちらかは言うまでもないでしょう。


「では、いつでも好きな時にかかってきてくれたまえ」


「なに? くそっ、舐められたものだな……!」


 しかしトライソードのリーダーであるノクタルさんがそんな挑発を向けた途端に、前衛に立つ女子生徒が苦々しげに歯を食いしばります。その右側に立つピンク髪の生徒もやはり同じように悔しそうに闘志を燃やす目を見せます。一方の左側に立つ眠そうな半眼が特徴的な緑髪の生徒は無表情を貫くがままですね。


「ラーラ! 牽制を頼む!」


「了解っ!」


「クシャトリヤ、隙を見て撃ち込むんだ、火力は任せたぞ!」


「うん」


 このパーティは前衛一人、後衛二人のようですね。見たところラーラーーララシアさんだからでしょうーーさんはその手に持つ弓で遠距離射撃、クシャトリヤさんは……なんでしょうか、得物は特に見当たらないため、純粋に魔法のみによる攻撃でしょうか? 因みに今回は特別に実戦形式であり魔法の授業ではありますが物理的な得物の使用が許可されています。ですので私もまだまだ慣れっこではありませんが弓を扱う予定なのでこの戦いは相手の立ち回り等、予習にもなるでしょう。


「ふむふむ、声に出して戦術を確認するのは大事なことだ。しかし相手にバレないようにするのは大事なことだぞ? 私の挑発に乗って興奮しているのはわかるが、もう少し冷静になれば小声で仲間に伝えることは可能なはずだ。それとまた挑発するようなことを言ってしまうが、我々はこちらからは攻撃しないことになっている」


「なに?」


 突然の不動宣言に、生徒たちがざわつきます。先生の様子を見るに予めそう頼んでいたのでしょう。なるほど、推測するに私たちの力量を測る為に完全な受け身に回るということですね。入学試験だけでは測りきれなかった素質や、ここまでの数回の授業をどこまで飲み込めているかという、今後の授業方針の参考資料集めも含まれていると思われます。


「さらに三分間、反撃も一切しない。唯一するのは攻撃を防御するだけだ、当然跳ね返しもしない。なので好きなタイミングで好きなように攻めてきたまえ」


「くっ……この……! 〜〜〜〜〜〜〜〜」


 怒り心頭な様子の前衛ーーモルマさんはさらに顔を赤くしますが、しかしかえって冷静になったのか今度はこちらに全く聞こえないくらいの声量でなにやら話を続けます。そして二人がうなずいたのを確認してすぐ、彼女がバッと飛び出しました。いよいよ戦闘開始です!


「はあっ!!」


 トライソードは専守防衛を宣言。つまりはこの先制攻撃からの追撃がどう出るかにより、互いの対応も変わってくるということです。

 そして、モルマさんは手に持つ槍の先に炎を宿します。火炎を旗のようになびかせ突進すると、しかしノクタルさんは避けようとはしません。


「とりゃあっっ」


「うん?」


 そのまま槍がノクタルさんの身体に突き刺さる……かと思ったその時、槍の軌道が急に変わり、胴ではなくその足元の地面に先が降下し突き刺さります。


 ーードオオォゥゥウウウンッッ!


 大きな爆発音と、熱波が一瞬にして相手を包み込む。火柱が立ち昇り、二人の姿が見えなくなってしまいます。それだけではなく、左右に突っ立っていたトライソードの二人も一緒に巻き込まれてしまいました。


「おお、なかなか派手だなあ」


「ね。私たちも頑張らないと、顔を覚えてもらえないよっ」


「ミナスは一体、今日の授業をなんだと思っているのですか……?」


「はっ!」


 その直後、ラーラさんのもつ弓につがえた矢の先が氷に包まれます。おそらく風の魔法でしょう、ワザを用い垂直跳びをした大きな彼女が中空から放った氷塊に変化した矢尻がそのまま火柱に飛んでいきます。


「あれはなにを?」


「わかりませんっっ?! 危ないっ」


 するとその数秒後火柱など目ではないくらいのとてつもない大きさの炎と、重低音な爆発音、そして衝撃波が練習場を包み込みます。防御装置によって守られているはずの客席部分さえも、振動によってガタガタと揺れてしまうくらいの攻撃に襲われたトライソード、そして最初に突っ込んだモルマさんはどうなったのでしょうか?


「びっくりしたっ」


「今のは一体どういう魔法なのだ? あんな爆発を起こす氷の矢なぞ、聞いたことがないぞ!」


「ですね。今までの授業でも、使われているところは見たことがありませんでしたし。あれが彼女の奥義なのでしょうか」


 と、二人と雑談をしていますと……一分ほど経って、唐突に残り火や煙が外周に、つまり私たちの座る方に向かって吹き飛ばされます。みんな少しびっくりしてしまいましたが、それでも我々の意識はまたすぐに練習場の中に注がれます。先ほどでは赤と黒の入り混じった景色のせいで中でなにが行われているのかわかりませんでしたが、ようやく皆さんがどうなったかを確認できるようになります。


 まず最初に目に入ったのが、トライソードのお三方。皆さんどうやらご無事なようですね。いや、それどころか、まさかあれほどの爆発を受けて無傷……?!

 さらに続いて、その向かいにいるはずのモルマさん。しかし彼女の姿は見当たりません。と思ったところ、よく見ればラーラさんとクシャトリヤさんがいる後衛のエリアに戻っていたようですね。追撃をしたのかどうかはまだわかりませんが、ともかくこちらも三人とも無事なようです。トライソードはともかくモルマさんたちも無傷に見受けられるのはどういうことでしょうか?


「ふふふふふ」


「ノクタル?」


 すると、今をときめく有名パーティーのリーダーは突然高笑いをあげます。腕を組みながら空に向かって大口を開ける様子を見ていますと、なにやら楽しそうに感じられているようにも思えますね。


「ははははは! 流石は王立学園! しかもAクラスときた。まだ十歳だというのにここまで強力な攻撃を繰り出せるとは恐れ入ったよまったく。一戦目からハードすぎやしないか教官殿?」


「教官殿はやめてくれ、ノクタル。だが前半には同意しよう、我が学園の生徒は昔も今も質が高い、それがわかっただけでも卒業生として鼻が高いのじゃないか?」


「私はそんなに自慢できるようや子供じゃなかった記憶があるけどな」


「ほざけ」


 ううん? ノクタルさんの雰囲気が、最初の頃とは随分変わっていますね。大人しく紳士的な、いうならば騎士のような態度に見受けられたのですが、今のこの方は欲しかったおもちゃを買い与えられた子供のような純粋なはしゃぎように見えます。


「さてさて、私たちはともかくそちらも相打ちになるような攻撃に思えたのだが、どうやって防いだのかな? よければ教えて欲しいものだが」


「いいでしょう。このクシャトリヤのおかげですよ。彼女のおかげで、あのような大規模な攻撃も安心して繰り出せるというわけです」


「なるほど、あの多重防壁は彼女が展開したのか……その年で恐ろしい能力の持ち主だ」


「そうね」


「私も驚いた〜! 当時の私よりもすごいんじゃないかなかな?」


 トライソードの方は、恐らくステーラさんが防壁を張ったのでしょう。本当に純粋に羨ましそうな態度です。


「多重防壁、か」


「驚き。まさかこの歳で使える生徒がいるなんてね」


「ですね」


 説明すると長くなりますが、多重防壁は簡単に言えば魔法で作られた物理・魔法的に作用する防御用の一枚板です。形は使う人によって様々ですが、大体は使用者やその仲間の全面を覆うように展開されます。

 しかし、その多重防壁ですが、枚数を重ねれば重ねるほど使用に必要な魔力、そして意地に必要な集中力(精神力ともいえましょう)が飛躍的に増していくものなのです。しかもあれだけの爆風から一瞬にして防壁を展開しその後耐え続けるのは、大人の魔法使いからしてもかなり大変なはず。ですのでクシャトリヤさんはこの場にいるみんなに驚かれているわけです。


「これくらいはまだまだ。これからが本番」


「ほう?」


「いうじゃない貴女」


「へええ、面白い子だね〜?」


 クシャトリヤさんは表情を変えずに一言そういうと、トライソードのお三方はさらに楽しげに頬を緩め口角を上げます。


「ではお望み通りに。こほん、さて、ところでもう既に三分間経ったぞ、これからはこちらも攻撃するということでよろしいかな?」


「え? しまったっっっ!!」


「気づくのが遅いな、リーダーさん。こちらの話に乗らずにさっさと追撃するべきだったのに」


 と、そう述べた瞬間。ノクタルさんの姿が消え去りました。


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