第253話
「おいヴァン、魔法行使の授業見に行こうぜ!」
「あん? なんだよいきなり」
「いいからいいから、今めっちゃ盛り上がってるんだ!」
「よくわからんが……まあいいか」
午前中の実技の授業である剣技の選択授業を終えた俺は、クラスメイトに引き連れられて、一年生の魔法行使の授業が行われているという屋根付きドーム型の円形練習場に向かう。
ーーそしてそこで目にしたのは、三人組と対峙している我が妹の一人であるエンデリシェ=メーン=ファストリアであった。
「凄い人だなこりゃ」
「そらそうだろ! あのトライソードが来てるんだぜ? 例え相手が一年生だろうと、生で戦っているところをじっくり見られる機会なんてそうそうないんだからさ!」
「なるほどなあ、それでこの人手か……」
トライソード、というと、あの有名なダンジョン攻略パーティだな。男一人と女二人の三人一組で常に行動していて、他人の助けを借りることはない一匹狼(三匹狼?)だ。その実力も相まって国内国外問わずまさに孤高の存在と言えるであろう。
だがそんな彼らがなぜここに来ているのだろうか? 学園の卒業生であることは有名な話だが、わざわざ後輩の練習相手を、それも入りたてのひよっこな一年生に貴重なはずの人生の時間を費やしているのはどうにも不思議だ。
そしてさらに驚きなのが、これからその最強の存在と相交えようとしているのがエンデリシェ他の三人組ときた。そういえば俺はまだ彼女がどれほどの実力を持っているのかは知らなかったな。休日に話をすることはあるものの、魔法を使うところを見たことはないし、知っているのは主席入学をした優等生というくらいだ。だがそれも王族の英才教育の賜物と考えればさほどおかしなことではない。
彼女自身は家庭教師たちのことをよく思われていなかったと感じているようなのだが、腐ってもそこは王族。必要最低限のレベルの教師は確保していた上、エンデリシェ自身の才も手伝ってご立派な王女様に育て上げられてはいるのだ。
……して、俺は自分も実技の授業を終えたばかりで疲れているというのに、せっかくだし見てやろうかという気になり空いている席に腰掛ける。ベルに見られたら『きちんと休むときは休まないとダメよ!』などと怒られてしまうのだろうが、幸いというかこの場には当然まだ八歳の妹様はいらっしゃらないのだ。そして周りを取り囲む人混みに少し戸惑いながらも俺をここに連れてきた友人と共に、眼前に注目する。
「ふむふむ、これは思わぬ騒ぎになってしまったようだ。それにとうに昼休みに突入していたとは、これはすまない。今からでもやめられるが?」
「いいえ、やります。やらせてください、ここまで来て私たちだけ手合わせ願えないというのは悔しいので」
「そうか、ならばいいかな先生?」
「かまわん、あとでこちらでどうとでも処理しておくさ。さ、先ほどまでと同じように遠慮なくしごいてくれや」
「了解した」
この学園のカリキュラムは実技の授業は午前中で終わり、昼からは座学になる。そして今の時間はその間の貴重な休憩時間なわけだが、エンデリシェも、その周りに立つ二人の女子生徒も全く意に介した様子はない。
そして先生それとトライソードの方も意思を崩さずといった様子だ。それに見たところ、どうやら彼女らで最後のようなのだ。なぜわかるかというと、魔法科一年Aクラスの生徒らしき者たちが皆ボロボロになって観客席でジッとしているからだ。アレはつまりそういうことーーこの三人に徹底的に指導を受けたということを物語っているわけだ。
そうして俺が状況を改めて確認しているうちに、いよいよ場の空気がほぼ完全に静まり返る。野次馬が如く集まっていた上級生下級生問わず、これから行われる最後の戦いを目に焼き付けようとしている。そのほぼ全てがトライソードをナマで見たいという者だろうが、俺としては身内贔屓ではあるが当然エンデリシェ達が果たしてどこまで抵抗してくれるのかが楽しみだ。
「…………参る!」
何故か棒立ちのままのトライソードの
「当たる!」
横に座る前のめり気味のクラスメイト同様、幾人かが息を飲むのがわかる。実力では圧倒的にトライソードが優っているはずなのだが、ここまで棒立ち、というか無防備なのは気になる。そうして少女の剣の先が胴に突き刺さるかと思った瞬間ーーーーそれよりも早く一瞬にして巨大な障壁が展開され、カキーン! と甲高い音が練習場に響き渡った。
「はっ!」
「むっ?!」
だが、少女の動きは止まらない。逆手に持っていたナイフを障壁に突き立てると……突如爆炎が巻き上げられたのだ。
ノクタルを障壁ごと包み込む炎に紛れて、一度二度とバックステップを踏んだ彼女の後方から今度は
「ミナスっ」
「わかってる!」
そしてさらに、ポニテの少女はそこを横切るようにして移動しながら、後ろで待機するうちのもう一人、茶髪を耳にかかるかかからないかほどのセミショートに切りそろえた女子生徒に声掛けをする。
その少女が両手を前に突き出すと、ちょうどトライソードの三人を取り囲むくらいの大きさの、すり鉢状の落とし穴が出現した。しかもその落とし穴はよくみると、まるで蟻地獄の巣かのような、足場が中心に流れるよう細かく踏みつけにくい材質に変換されているのがわかる。それほど余裕はなかったはずだが、ここまでの細かな芸当ができるとは、あのセミショートの娘もなかなかやるようだ。
そしてさらに、前方に飛び出しているポニテ娘に何やら魔法をかけたのも見えた。あれは身体強化魔法か?
ーーなるほど、この娘は支援系統の魔法が得意というわけか。支援には単純なバフデバフや回復だけではなく、罠の設置などのギミック系統も含まれており案外忙しい役職なのだ。支援職の魔法使いには、仲間や敵だけではなく、戦闘が行われている"場"そのものを俯瞰的に観察し適時判断を下す役割が求められている。
そんな少女が下した判断が、先頭を突っ走る細剣の少女の攻撃をアシストするための敵の足止めだったということか。はてさてうまくいくのかな?
「やるじゃ〜ん?」
「ステーラ」
「わかってるって♪」
一方のトライソードも、さすがに棒立ちとはいかなくなったようで。足元を思い切り蹴り上げたステーラさんがくるりと空中で回転しながら、穴が開いていない地面へと着地する。
同時にルナミースさんも剣の先から氷を出現させると、足場をカチコチに固めて悠然と歩いて冷気が漂う坂をゆっくりと登っていく。
「おい、反撃はしないのか?」
「わからん、どういうことだろうか?」
「おい、どうやらトライソードの三人は三分間最低限の防御のみで一切反撃しないという条件で戦っているらしいぞっ」
「はあ? そりゃ戦ってる生徒からしたら舐められたものだと憤らずにはいられなさそうだな、面白いことをする方達だ」
別のクラスメイトによると、その条件にもかかわらず、トライソードの三人には今のところ一年Aクラスのどのパーティも勝てていないという。それどころかまともな攻撃すら通っていないのだとか。そんなのありか? いくら十歳の寄せ集めとはいえ、無傷とは信じられないな……
だが実際、先ほど爆炎に飲み込まれたはずのノクタルさんはいつのまにか脱出しており、さらには仲間の二人とは違いすり鉢から抜け出そうというそぶりすら見せない。一体何を考えているのだろうか?
「くっ……! 舐めるな、とりゃあ!」
「ほいよっと」
着地したばかりのステーラさんに、ポニーテールの少女がレイピアを突き出す。それをステーラさんは笑みさえ浮かべながら余裕を持ってひらりと交わす。
反対、氷の上を歩いて脱出したルナミースさんに向かっては、
「まだ、これが!」
そしてエンデリシェはというと。溜めた魔力を放出しノクタルさんの頭上にすり鉢にギリギリ収まるくらいの大きさの巨大な岩を出現させると、そのまま躊躇なく勢いをつけてイケメンパーティリーダーへ向けて叩き落とした。
「おっとーーーー」
ズズゥゥウン、と腹まで響く鈍く重い音が練習場に鳴り響く。
「油断しないで!」
「やあっ!」
続けて先頭を走る細剣の少女が氷でその岩を囲い、最後、追い討ちをかけるように砂を操作する魔法で岩ごと包み込んで地面の奥深くへ沈めてしまった。
「はあ、はあ」
「どう、なの?」
「やった、のか?」
生徒三人組は未だ不安そうに状況を確認する。
「おお〜、こりゃまいったかな〜?」
「少し油断した、かも?」
一方のトライソードの女性陣二人は相変わらず余裕な態度で、しかし少し苦笑い気味にそう溢す。
「……なんてね★」
だが、悪戯小僧のように舌をペロリと出したステーラさんがウィンクをすると、けたたましい音を立てて砂がまるで海中で機雷を爆発させた時のように巻き上がった。そしてそこからゆっくりと浮上するノクタルさん。その表情は、先ほどまで浮かべていた貼り付けたような笑顔とは違う、おもちゃを買い与えられた幼児のような純粋に楽しそうで嬉しそうな笑顔だ。
「ここまでだ、三分経ったぞ。やれ」
「了解」
ルナミースさんが一つ返事を返すとスタ、スタ、スタ、とゆっくりと歩み大きく開いた穴の前まで出てくる。
「!!」
「くる!」
「気を付けて!」
エンデリシェ達は後方で固まり、どのような攻撃が飛んでくるのか身構えている様子だ。
そして、ルナミースさんが腰のあたりに下げる剣に手を携え、ほんの少し鞘から刀身を見せたその時。
ーーギュルルルルッッッ、とプロペラを無理やり止めたような、DJがスクラッチを止める時のような、音階を素早く下がっていく不快な感じの鈍く響く音が耳を突き抜けた。
「「「!!??」」」
「おっ?」
「エンデリシェ?!」
その直後、三人ともが、糸の切れた人形が如く地面にパタリと倒れ伏したのだ。
「そこまで! 勝者、トライソード!!」
先生の合図で模擬戦の終了が告げられる。しかしこの場にいる者達は皆、試合の決着なんて目の前の景色でわかっていると言いたげであり、むしろ意識は今何が起こりどうしてこうなったのかと一点に向けられていた。
「っ、すまん、ちょっと失礼する!」
「ん、あ、ああ」
クラスメイトに断ってから客席を飛び出し、六歳年下の妹の元へ。
「……息はある、か……先生!」
「ああ、手伝ってもらえるか。ノクタル、ルナミース、ステーラ、お前達は一旦下がってくれ。それと生徒諸君! 私は彼女たちを介抱するが、トライソードにはむやみやたらと話しかけないように! 破ったものは問答無用で院長に報告するからな!」
ざわざわ、と話し声が途切れることはない。が、皆退学は嫌なのか素直に言うことを聞いて飛び出してくるような真似はしない。
「すまないね、やりすぎたかな?」
「ん?」
と、エンデリシェを医務室に連れて行こうとすると、トライソードのリーダー様が唐突に話しかけてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます