第26話

 

「改めまして、ジャステイズ=ヒロイカ=フォトスだ。一応、フォトス帝国第一皇子だが、身分等は関係なく接してくれると嬉しい」


「エメディアです。平民ですが、よろしくお願いします」


「じゃあ敬語はやめて……ヴァン=ナイティス、騎士爵家の長男だ、よろしく」


 俺たちは改めて自己紹介をしていた。


「ヴァン君、は、ベルの幼馴染なんだったね?」


 ジャステイズが聞いてきた。


「ああ、1歳の頃からな」


「へ、へえ、1歳……」


「私はジャステイズの幼馴染なんです。父が宮廷魔導師を担っていたので、よく宮廷に連れて行かれまして、その折にジャステイズと出会い、よく遊んだり魔法の練習をしたり、していました」


 少し恥ずかしそうに、エメディアさんが自らとジャステイズとの関係を付け足した。おお、成る程。それならベルの察しろという話も辻褄が合う。何も旅の中だけの関係じゃないんだな。しかし、ジャステイズのベルに対する態度も本当なら、エメディアさんは相当苦労するだろうな……まあ、俺が心配することじゃないか。


「あの、エメディアさん、失礼ですが、歳は?」


「16です」


「え?」


「あっ、今、この見た目で? とか思いましたね? また吹っ飛ばしますよ」


「す、すみません」


「あはは、どういう訳か、エメディアは色々と成長しないんだよ。10歳くらいに間違われることが多いね」


 ジャステイズが笑いながら言った。この態度は、明らかに女の子というよりも完全に友達とか一人の仲間として見ているな。


「むー!」


 エメディアさんはその小さな頬を目一杯膨らました。少し可愛いが、それだけだ。失礼だが、ベルの方が全然女らしい。うん、全然興奮とかしないから安心してくれ、ベル。だから俺のことを睨まないでくれないか?


「べ、ベル?」


「エメディアはそりゃ、16歳ではあるよ? 見た目も可愛いよ? でも、ヴァンは私がいるでしょ?」


「はい、ソウデス……」


「一々目移りしないの!」


「痛っ!」


 ベルが俺の尻を抓ってきた。


「いっ! お、お前、女性がする行動かよ」


「良いじゃない、今更」


「はあ、先が思いやられる……」


「浮気」


「スミマセンデシタ」


 俺はベルに向かって頭を下げる。


「あの、ベル、二人は幼馴染ってだけなの? なんだかかなり仲が良さそうだけど」


 エメディアさんがベルに向かって問う。


「あ、ああ、そうだな。ヴァン君はどうなんだ?」


 ジャステイズも俺に向かって問うてきた。やはり来たか。


「どうって?」


 俺は頭を下げたまま、ジャステイズの方を向き聞き返した。


「だ、だから、その、女性としてだな……嫌、別に他意は無いんだぞ? ただ、ベルも勇者だから、旅の中でも色々と誘惑されてたしなあ、なんて」


 それは誰に誘惑されていたんだ? そんな奴、俺が追い払ってやる! って、もう旅は終わったのか。


「……よし、二人にも今のうちにお知らせしましょう! 俺、ヴァンとベルは、付き合っています! そして今度、結婚するのです!」


 俺は頭を上げ、二人に向かって叫んだ。ふふん、高らかに宣言してやったぞ、早い者勝ちだ!


「なっ、ベル、本当?」


「そ、ん、な……」


 二人とも驚いた顔をして固まっている。特にジャステイズは壊れたロボットよりも酷い有様だ。手足が中途半端な位置で止まっている。


「うん、本当なの。だから、ジャステイズ、ごめんなさい……」


 ベルが頭を下げた。ベルもここできちんと決着をつけるつもりのようだ。


「……嘘、だろ」


「本当なの」


「ジャステイズ……」


 エメディアさんは心配そうにジャステイズのことを見つめる。よっぽど好きなんだろう、そこまで親身になれるなんて、良い女性じゃないか。


「……ヴァン君、君はプリナンバーだったね?」


「え、はい」


「プリナンバーたるもの、その責はとても重い。それはわかっているか?」


「責?」


「プリナンバーは、その知名度と実績に相まって、長く人々から尊敬される存在だ。時の勇者も各地のプリナンバーの協力を仰ぐのだから、余計とな。しかも今回は女性勇者で、同じ家から続けて選ばれた。プリナンバーは、この機に情報を全て公開し、勇者の存在をさらに高めるつもりだと聞いている。つまり君は、今よりももっと人々から注目され、その責任も思うなるというわけだ。


 僕もプリナンバーのうち『フォトス』の称号を与えられた者の末裔。しかも帝国の跡継ぎ。言っちゃなんだが、君よりは世間に対する責任感も強いと思う。だから、問うのだ、君は責を担う覚悟があるのか、と」


 情報公開。つまり人々に、勇者は何たるかや、プリナンバーの行動を公にするということか。今までプリナンバーが纏めた歴史書にしか詳しく載っていなかった勇者についてわかり、更にそのプリナンバー自体が、積極的に世間に関わることになるのだろう。もしかして俺が国軍の指導を担ったのも、その布石だったのか?


「時代は変わる。僕たちがどういう存在なるのかはわからない。人々をより支配するようになるかもしれないし、逆に反感を買い落ちぶれるかもしれない、という事だ。もし君が覚悟を持てないというのなら、ベルとは別れて欲しい。僕ならベルの事を守りながら、共に歩んでいけるだろう。どうかな?」


 どうかな、と言われても、そんな急に……


「ヴァン?」


 ベルが俺の肩に手を置き心配そうに顔を覗き込んでくる。……覚悟、見せなきゃな。


「……ジャステイズ、お前の言いたい事はわかった。だが、正直俺はプリナンバーとしての自覚なんて、今まで持った事は無い。人生も全て成り行きだと思っていた。お前は、そもそも皇族としての自覚とか、下積みみたいなものがあるのかもしれないが、俺もベルも、そんなものは持ち合わせていない。逆に、同じ目線だからこそ、共に歩める時もあるんだ。


 それに、覚悟は持つ。その話が本当なら、俺も一応だが、国軍の指導者という立場を担ってはいる。実家も地方の農村だ。魔物を退治した事も数え切れないほどあるし、村人からの相談を受けた事もある。だから、人々に自分の力を見せる事も、目線を合わせる事も、出来るつもりだ。その点、逆にお前はどうなんだ? 果たして、庶民の目線からプリナンバーとして活動できるのか? 俺は出来る、とそこは胸を張って言えるぞ?」


「何? 庶民の目線……そうだな、僕には欠けているのかもしれない。皇族として、そしてその後は勇者の仲間として。普通の生活はした事が無いのは確かだ。だが、ヴァン君よりは、確実に世の中を上手く回していけるだろう。そこにベルが一緒にいる。これほど素晴らしい事があるだろうか?」


「その言い方だと、ベルが道具に聞こえるぞ?」


「はあ? 道具?」


「お前、本当にベルの事が好きなのか?」


「なっ、す、好きに決まっているだろ? これほど魅力的な女性は二人といない!」


「あっ……」


 エメディアさんが小さく声を漏らした。しまった、ここでする会話じゃなかったか?


「……ヴァン、ジャステイズ、そこまでよ」


 そう思ったその時、ベルが見かねたのか俺たちの会話に割って入った。


「話が逸れているわ。ジャステイズ、私はプリナンバーがどうとか、責任感がどうとか、関係無いの。一人の女性として、一人の男性であるヴァンが、ヴァン=ナイティスが好きなの。だから、いくら言葉を取り繕っても、心が貴方に傾く事は無いわ。だから、ごめんなさい」


 ベルは再び頭を下げた。


「……ベル、なあ、俺は男として、見ていられないのか?」


「かっこいいとは思うわよ?」


「なら、このヴァンという男と何が違うのだ?」


「ヴァンは……その、私の一部みたいなものだから」


「ベル」


 俺は思わずベルの顔を見てしまう。


「本当は離れたくなかったし、この4年間も苦しい日々だった。だけど、この人形のおかげで、今まで我慢してこれたの」


 ベルが手元に布を出現させた。


「ヴァン、ごめんなさい、あの人形は、旅の途中でボロボロになってしまって……残った布で、ヴァンの顔を描いて持っていたのよ?」


 俺が布を覗き込むと、俺の顔に似た模様が描かれていた。ふふ、少し面白いな。


「そ、そうか、いや、別にいいんだぞ?」


 俺は照れ隠しにそっぽを向きながらそう言った。


「……ベル、本当に、僕じゃダメなんだな?」


 ジャステイズは俺たちのそんな様子に動じず、ベルに聞く。


「ええ、もう一度、言うわ。私は、このヴァンと結婚します。だから、ジャステイズとは付き合えません」


「……そうか。わかった。今まですまなかった。何回も迫ってしまったな」


「ううん、気持ちは嬉しかったから、いいのよ」


「あ、ああ、そうか。それなら良かった、嫌われてないだけでも十分さ。ヴァン君、君にも謝らないとな、愛しの彼女を奪おうとしたのだから」


「嫌、いいさ」


 ジャステイズの奴、ベルの事を2年間想い続けていたくせに、こんなに簡単に諦めていいのか? 不思議と不安になる。


「その代わり、」


 ジャステイズが少し大きめな声で言う。


「けじめをつけるためにも、僕と決闘して欲しい」



 ……は?

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