第136話 ※同上

 

 この場にいるものは全員各国の要人も要人。軍のトップや首脳だ。

 僕は当然その両方を兼ね備えているので、大人達の厳しい視線に晒されても臆することはない。上に立つ者が屁っ放り腰では、下にいるものも安心して背中を任せることはできない。


「どうも、お待たせ致しました皆様。フォトス帝国軍の指揮官として今回皇帝陛下から命を賜りました、ジャステイズ=ヒロイカ=フォトスです」


「うむ、よくぞ参られた。連合軍の長として感謝しよう」


「はっ、ありがとうございます、ファストリア国王陛下」


 今回の対ポーソリアル共和国連合軍の最上位にあたるのは各国の取りまとめを任されている、名実ともにこの五大陸の覇権国であるファストリア王国国王陛下だ。

 そのレオナルド陛下以下、北大陸および東西の北部にある国を除いた全ての国の元首がここに集っている。


 なお、上記の国々は当然魔族との戦いを強いられているためそちらに戦力を回してもらうことになっている。今の板挟みの状況は正直不利に働いているな。

 本来ならばここに加わっていたであろう百万からなる兵力が全て北に持って行かれているのだから。そしてまた、人類希望の要である勇者ベルも。


「殿下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう」


「これは、お久しぶりでございます、女王陛下」


(僕がいない間行われていた)議論の休憩がてら互いに改めて軽く挨拶を交わしていると、丁度僕の対面に当たる席に座る方に順番が回ってくる。そしてこちらを見、その妖艶な貌立ちと上体を見せつけるようにして背もたれに体を預けるとゆったりと言葉をかけてきた。


「あらまあ、お義母さまでもよろしいのですよ?」


「まさかそんな、恐れ多い」


「うふふ、未来の義息子なのですから、そう堅苦しく為さらなくても」


「そのようには参りません。この場では少なくとも、お互いに相手を敬う必要があります」


「まあ、真面目なのね。流石私の娘の旦那さまだわ、将来が期待できますわ」


「それはどうも」


 そして僕の二倍は生きているその女性は、手元にある扇を広げた。




 この方は、東大陸の国家『エンジ呪国』の祭祀長という役職に着かれている、ヒエイ=コカゲ様だ。

 祭祀長は他国における国王に当たる役職で、代々女性のみに受け継がれてきているという。


 今年で丁度四十歳になるというヒエイ様は、未だその美しくしかしどこか陰のある妖美な雰囲気とプロポーションによって、行く先々で特に男性からの熱い視線を受けているという。本人もそれを自覚しているのか、民族衣装だというその零れ落ちそうな胸が半分以上丸見えの、一枚の布を身体の前で巻きつけるように折り重ねた服を着ている。わざとやっているのだろう生地も薄く、お陰で胸に脚やお尻のラインが丸見えで正直困った・・・お方だ。


 そして、先程当人が仰ったようにヒエイ様は僕の義母となることが決まってもいる。娘のホノカ様が僕の正室となることが決まっているからだ。

 ホノカ様は僕と同い年であり、副祭祀長という皇太子と同位の役職に就いている。つまりは共に将来国家元首になるはず・・であった。


 だが、呪国は国家財政的にそれほど潤沢では無い国。

 まず、こたびの対魔族戦争ではどのような業を使ったのかは知らないが、国全体を大きな障壁で覆い、魔族や魔物もろとも他国の民の侵入まで防いでしまった。

 そのため自己完結できる資源にも限りがあり、ギリギリのところで僕たちが魔王を討伐できたためなんとか持ち堪えたものの、国内景気と財政は侵攻を受けた他国とそれほど変わらないところにまで落ち込んでしまったのだ。


 そこに手を差し伸べたのが我がフォトス帝国。父上――皇帝は属国となる代わりに援助するという交渉を持ちかけ、この女性はなんと二つ返事で了承してしまったという。更に、本来ならば跡継ぎであったはずの己の娘を僕に差し出し、その分魔法技術供与や他国との仲介を要求したのだ。


 つまりはホノカ様は身売りされたわけだ。


 えてして東大陸に飛地を持つこととなった帝国は、将来的には僕とホノカ様の子供を次期首領と据え置くことに決めている。まだ、正式に籍を入れてはいないが、彼女はいづれは正室として僕のそばに寄り添うことになるだろう。


 --なので、この女性はそれを前提に少しふざけた物言いをしているのだ。




 ……個人的な勘ではあるが、この人はこの一連の流れを最初から予想して、というよりそうなるように誘導していたのでは無いかと疑っている。

 流石に対魔族戦争が発生する前からこうなることを予想していたとは思えないが、かなり初期の段階から仕込みをしていたのでは無いか? という疑いだ。


 実際、わざわざ他国からの非難を受けるような引きこもり戦略をとったわけだし、経済的な打撃を受けることも予想できただろう。帝国とは大陸は違えどちょくちょく使者を出すような間柄であったし、ホノカさんだって僕に嫁がせるには丁度いい年齢になった。考えたくは無いが、僕たちが魔王をいつ倒すかまで予見していたのでは無いかとさえ思えてしまう。


 呪国は魔法ではなく『印術』という技術が普及している、この五大陸において大変珍しい国だ。今回の戦争でも、兵達は印術師と呼ばれる者が沢山徴兵されていると聞いている。もしかすると、その障壁とやらもコレを使って展開したものなのかもしれない。


 これは、何も完全なる妄想では無い。このエンジ呪国の祭祀長という役職は、ただの国主ではないからだ。

 占い、といえばいいのだろうか。代々"祭祀長だけ"に受け継がれてきた、彼らの使う印術の元となっている『祈祷術』なる技術があるとされており。それはなんと過去、現在、未来、あらゆるものを見通すことができるのだという。

 ならば、こうなる未来も予め分かっていたのではないかという予想だ。


 祈祷術はソレがあるのかないのかさえ全く言及されたことはないほどの秘術となっている。宙ぶらりんのまま肯定も否定もせず、他国への牽制に使っているのだろうどれほどの効力があるのか全体像が窺えない技術を有している国という印象を持たせようとしているのだ。


 流石に何千年も存在する国だけあって、噂程度が出回るのは見過ごしているように見える。だがそれも、この人を見ていると情報操作をした上で少しずつコントロールしているのではないかと疑いが出てくる。我々は、呪術という一国に対しては掌で踊ることしかできないのではないかと、そんな恐ろしい気持ちにさえなってくるのだ。




「うふふっ♡」




 ……はっ、いけない。つい考え込んでしまった。

 未だにこのお方を目の前にすると、警戒心が強くなってしまって困る。


「どうしたのかしら?」


「いえ、大丈夫です。少し、疲れが出たのかもしれませんね」


 と愛想笑いを返しておく。


「あらそう? 娘も連れてきたらよかったわね。そうすれば、少しはその心も身体も養わせていただけたでしょうに」


「そういうわけには参りません。ホノカ様には是非、安全なところで我々の勝利をお祈り頂きたく存じますゆえ」


「へえ、残念だわ。あなた、結構奥手なのかしら?」


「なんのことでしょうか?」


「いいえ、別に? でも私、『英雄色を好む』、この言葉は当てはまらない人はいないと思っているのよ。勿論貴方もその対象よ?」


「あはは、これは参りましたね。僕は別に奥手でも軟派でもありませんよ。ただ、自分と世の中に対して誠実に生きたいだけですから」


「うふ、そう。ならその言葉、忘れないでおくわ」


「ええ、どうぞ今後ともご贔屓に」


 しかしそうでないと、気を抜けばすぐに食べられてしまう・・・・・・・・妄想が頭をよぎるのだ。他の国の元首とは違う、部類別け出来ない恐ろしさが、この人とそして呪国には秘められている。父上にも、改めて諫言申し上げておかなければ。




「ふむ、そろそろ頭も休まったところだろう。では、新しい友軍も加わったところで、再度対ポーソリアル戦の戦略及び戦術会議を始める!!」


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