第87話
「どうぞ」
不審に思った護衛と戦闘に……などというイベントも別になく。すんなりと通された先には、ベルとミュリーがそれぞれ寝かされていた。
ミュリーは大きな怪我を負っていないが魔力の使いすぎで。ベルは怪我による出血とその他細かい傷の治癒で。
先ほど連れ込まれたばかりであったためか、まだ到底起きそうにはないな。
だがそのベルの寝顔を見ていると、ようやく一時の平穏を取り戻せたという安心感がどっと押し寄せてくる。
「あ、あれっ?」
すると、くらり、と目の前が一瞬歪んだように見えた。
「ヴァン様、どうされたのですか?」
いつのまにか後ろにいたエンデリシェとエメディアが慌てて地面に手をつきそうになる俺の身体を支える。
「おっと、すみませんエンデリシェ様、エメディア。いや、少し立ちくらみか身体がいうことを聞かなかっただけなので。ありがとうございます」
二人の助けをやんわりと解きながら謝る。
「ヴァン、君も一度横になるべきだ。あれだけの戦闘をしておいて、なんともないわけがない。僕たちがここに運び込まれた後も戦っていたというじゃないかっ」
「である。己の身体を酷使しすぎると良いことはない。休めるときにはとことん休む、それが肉体を維持する大事な要素であるぞ?」
デンネルとジャステイズの二人がこちらを覗き込みながら声をかけてくる。
「ああ……そうさせてもらおうかな。殿下にはお聞きしたいこともあるけれど、今は頭と身体を休ませてもらいます。エメディアも、一応診てもらったほうがいいんじゃないか?」
「ええ、そうさせてもらうわ。貴方はとにかく今すぐにで、も横になりなさい」
「えっ? でもこっちは」
なぜか、ベルの横にある空きベッドに身体を押し付けられる。慌てて抵抗しようとするが、思ったよりも肉体が疲労しているのか、それほど力が強くないはずのエメディアに逆らうことができない。
「構いませんよ。ミュリー様とエメディア様はこちらで別の仕切りを作らせてもらいますので。ベル様とヴァン様はどうぞそちらでお並びになってください」
職員の一人がそう声をかけてくる。俺とベルの婚約はすでにこの前の"国軍指導官勇者パーティ加入発表会"によって国民に知れ渡ることとなっている。出歯亀、というわけじゃないだろうが二人きりにさせてくれるようだ。
「そ、そうですか? 問題がないなら、たしかに嬉しくはありますが……」
「今はお休みくださいませ。お話はまた皆様がご快復されてからでも構いませんし」
「私も、少し寝かせてもらうわ。そんなに戦闘していないとはいえ、あんな悲惨な行為を平気で行える残虐な奴との戦いの後だし、精神的には疲れているもの」
たしかに、今振り返ると俺たちは先ほどまでかなり凄惨な現場にいたのだと思う。村人を皆殺しにされ、俺自身悲しみを通り越して空虚な怒りとそれをやり過ごしてのある意味達観した気持ちとの狭間に居るのかもしれない。
「僕はもう少し起きています。ジャステイズさん達と状況の共有もしておかなきゃですしね」
「大丈夫なのか? そっちこそ、無理はするなよ」
「ええ、商人というもの、いつなんどき商機が巡ってくるかわかりませんからね。睡眠時間をコントロールするくらいはお手の物ですよ」
となんでもないように爽やかな笑顔を浮かべながら言う。
「そうか? それじゃあすまないがそっちは任せた。俺は今しばらく休ませてもらうよ……」
「ええ、お疲れ様、ヴァン」
エメディアはそう言うと、職員に指示を受けながらミュリーのベッドを魔法を使い動かし、別の仕切りへと移す。
「それでは簡単な診察だけさせていただきます、もう少々お時間を頂戴しますね」
「はい、ありがとうございます」
職員により幾らかの検査や質問を受け、その後治癒魔法と対応する薬を飲まされる。流れに任せて治療を受けはしたが、後々の代金……いや寄付金がどのくらいになるか怖いな、何せお膝元での治療行為なわけだし?
「それではゆっくりとお休みください。神の御許にいるのですからきっとすぐによくなりますよ」
「ええ、神の御加護を」
恐らくは患者全員に言っているのだろう、そのような台詞を述べ、職員は仕切りから出て行った。
そして俺はそれを確認すると、静音魔法をアレンジしたオリジナルの魔法をかける。この空間は俺とベルだけとなった。
「……ベル」
横に寝そべる彼女の寝顔を見ながら、これからの旅路にふと不安を覚える。
末席と名乗っていたスラミューイですら、あの強さとしぶとさなのだ。また俺自身はじめての旅路において少しの油断が命取りになることも身を持って経験した。魔族はまだまだ諦める様子はないようだし、更にはカオスといういまだに目的もその身元もはっきりとしていない奴らがいる。
人類に真の平和が訪れるのはいつになるのか? 個人的にも平和が訪れるのはいつになるのかとゲンナリする出来事が続いているし、これから先、なかなか厳しい人生になりそうだ……
そうして俺は、いつしか眠りについた――――
「……んんっ」
身動ぎをすると、ぎしり、と何かが音を立てる。
あれ、俺はどこで何を……ああ、そうか。確か神聖教会本部、サーティア大神殿で治療を受けたんだったな。今はベッドに寝かされている筈だ。
「あれ?」
身体も大分回復しているのを感じられる。治療行為はきちんと役に立ったようだな。元気になったのだしそろそろ起きないと、みんなを待たせているかも。と思い、重たい目を開ける。
が、目の前は真っ暗なままだ。
「今は夜なのか? それにしても暗すぎる気がするが……」
部屋に入るときに窓があるのは確認したし、何より灯りをケチるような財政状況とも考えられないのでこれだけ真っ暗にするということはない筈だ。
だが実際に、目を開けて辺りを見渡しても何も見えないくらい黒一色に染められている。
というより、視界が覆われているのか……?
「!!」
俺は何者かの関与を疑い咄嗟に起き上がろうとする。しかし、両手首と両足首に強い抵抗を感じそれができない。必死に感触からするに、何かで縛られているようだ。まさか、曲者によってどこかに拉致かもしくは建物内に監禁されたのか?
「誰だっ、何が目的だ! 話をしろ! でないと魔法でこの辺りを吹き飛ばしてもいいんだぞっ?」
俺はあえて挑発するようにそう叫ぶ。ビクビク怖がるよりは効果的だからだ。
「ヴァン、落ち着いてっ。私よ」
すると、ベッドの左側から決して聞き間違えることのない最愛の声がした。
「ベル? ベルなのか!? まさか一緒に拘束されてっ」
「違うわ、私が貴方を拘束したのよ」
「るの……か……え?」
だが耳がおかしくなったのだろうか? いやしかし、確かにベルの声のはずなのだが。もしかしてスラミューイのようにベルに擬態した魔族が何かしているのか!? 俺は突如訪れたピンチに固まってそれ以降の返事ができなくなってしまう。そのまま、顔の付近でゴソゴソと物音がする。そして数秒の後に一気に視界が開け、明るさでぼやけつつもようやく一人の女性の顔を認識することができた。
「ベル。本当にベルなのか?」
瞳に映ったのは、確かに俺の婚約者兼世界を救う勇者様のご尊顔だ。
「え? そうだけど……どうしたの?」
「ま、魔族じゃないのか? 隠しても無駄だぞ!」
「何言ってるのよもう、そんなわけないでしょ。なんなら昔の恥ずかしいエピソードをここで一つずつ述べて行ってもいいのよ? たとえば八歳の時、近所の森に入ったときに」
「えっ、わかったわかった! 確かにベルのようだ、すまんすまん!」
その仕草や雰囲気、喋り方からも彼女で間違いはないのだろうとようやく納得した俺は、慌てて大声を出して暴露大会が始まろうとしていたのを打ち消す。
「もう起き上がって大丈夫なのか? というかまず聞きたいのだがどうして目隠しと拘束なんてしてるんだ」
「大丈夫よ、ありがとう。すっかり良くなったわ。
「……えっ?」
すると、彼女はベッドの上に膝をかけると、するするとそのワンピースのような薄手の着衣を脱いでいく。
「ヴァン、今からするわよ」
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