第86話

 

 神聖教会本部は、いわゆる神殿の形をしている。

 古代ギリシャのように建物の周りを装飾や像で飾り付けてある重厚な作りの柱がぐるりと取り囲み、屋根は一定間隔で溝が彫ってある三角を貼り付けたようないわゆる寄棟の形をしている。

 周りには噴水や木々で彩られた庭が広がり、この神殿はその地面から十数段上の高さに建てられている。そのため、人々はまずその荘厳な建物を見上げ圧倒されながら、中へと進入することになるのだ。


 神殿自体にも真っ白な下地に縁を飾る金色のアクセントが施されており、灯りを惜しむこともない。昼と夜ではまた違った趣に感じられることだろう。


 そしてここは通常、人々からそのまま『本部』と呼ばれることはない。初代勇者パーティの一員であり、また神聖教会の設立者でもある聖女『モノカラクトフ=エジア=サーティア』の名前を頂戴しているのだ。よってここは『サーティア大神殿』と呼ばれている。


 また、サーティア大神殿には各地の神殿巫女を束ねる存在である『聖女』と呼ばれる役職が存在する。しかしその役職は現在は空白であり、そもそもこの五十年ほどは誰もその肩書を有していないのだそうだ。

 どのように選ばれるかはあちらの最高機密となっているため我々信徒が知る術はない。しかし市井の噂ではもう間も無く久しぶりの聖女が誕生するのではという話だが、その出所も真偽の程も不明だ。




「これはこれは、勇者パーティの皆様、お待ちしておりました。神に選ばれし方々が我が神殿を訪れてくださることを大変光栄に存じます。どうぞこちらへ」


「こちらこそ、お世話になります、よろしくお願いします」


 神殿の職員であろう男性が、馬車を降りた俺たちのもとへ歩み寄ってき祈りのポーズを捧げる。ドルーヨが代表して答え、そのまま俺たちは案内されるがまま敷地を進んでいく。





 職員は、皆『聖布』と呼ばれるポンチョをコートくらいに長くしたような、貫頭衣にも見える前が半開きの服を身に纏っている。もちろんその下にもいろいろな規定に合わせた服を着てはいるが、基本はこの聖布と帽子の色で彼らの位や所属を判別するのだ。


 聖布とは、『神の涙』と呼ばれる、この大神殿内のたった一箇所から湧き出ている枯れることのない泉に浸した布を使った服だ。

 聖女モノカラクトフが魔族との戦禍で傷ついた民を癒す物をと神に祈りを捧げたところ、急に泉が湧き出たという。人々がその水を飲むとたちまち体調が回復し、傷口に垂らすと一瞬にして治ったという言い伝えがあるのだ。いわゆる『奇跡』のエピソードってやつだな。


 この男性は、紺色の聖布と帽子を被っている。これは確か、幹部職の中でも最低位に当たる『大司教』が着るものだったはず。




 聖女(別枠扱い)……純白一色の聖布

 ↓

 教皇(実質的なトップ)……クリーム色に金の装飾の聖布と帽子

 ↓

 枢機卿(会社でいう役員)……黒の聖布に赤の帽子

 ↓

 大司教(幹部職)……紺の聖布と帽子

 ↓

 司教(中間管理職)……コゲ茶色の聖布に黒の帽子

 ↓

 司祭(いわゆる街の神父さん)……ネズミ色の聖布と紺の帽子

 ↓

 助祭(ナイティスのような教会のない村に街から派遣される人)……ネズミ色の聖布と帽子

 ↓

 一般信徒(俺たち)


 とある中の四番目だ。

 この神聖教会本部サーティア大神殿には大司教以上の人間しか務めることはできないのだ。


 大司教は中管区と呼ばれる(日本で言うところの関東地方とか九州地方とか)各国家を大きく幾つかに分割したうちの一つを任されている。

 それを管理する上で必要な日常の業務に加え、この大神殿での仕事もやらなければならないので、それ相応のスキルが求められると聞く。

 要はここはエリートが集められた本社のような存在なのだ。




 なお、大管区と呼ばれる国一つ一つを管理するのは枢機卿の仕事だ。彼らは神聖教会幹部としての仕事と同時に、外交官のような役割も担っている。各国の催しにはその担当となっている枢機卿が出向くのだ。上に行けば行くほどハードな役職となっていくわけだな。


 そしてそのトップには教皇と呼ばれる者が存在する。教皇は現在きちんと席が埋まっており、その役割とすれば信徒代表といったところだろうか。実質的な業務は枢機卿以下が回しており、大きな方針を打ち出したり、信徒目線でのメッセージを出すのがこの人の仕事だ。




 さらにその上、今は空席となっている聖女の位。

 ここだけは別枠扱いというか、別格の存在として神聖教会のコントロール外にあるという。教皇まではあくまでも同じ信徒内での位でしかないわけだが、"彼女"はその枠組みから外れた一つの信仰対象と昇華している。

 時たま神からのお告げを受け、それ以外はひたすら民のために祈りを捧げる毎日を送るとか。


 あらゆる信徒が最終的に崇める物理的な存在が聖女だ。神の依代としての純潔さを保っているが故に、現世における神の代弁者として俗的な崇拝の対象となっている。


 しかしその崇拝の対象もここ数十年は存在していない。教皇がその代わりを務めてはいるが、あくまでも同じ一信徒としての存在でしかない。

 やはり人々の求める信仰対象は神を除けばその上をいく聖女しかいないのだ。特に年配の世代では、早くその存在が現れるのを待ち望んでいる人も多いようだ。




「つきました、こちらです」


 内部の様子を観察しながら、案内された先につく。神殿本体ではなく、その傍にある信徒の治療専用の建物だ。


 神聖教会は治療行為を主な収入源の一つとしているため、資金や職員に余裕がある場合ここのように専用の建物や部屋を用意して沢山の患者を受け入れる施設がたまに存在する。

 もちろんここは本部なので、建物の規模も大きく治療行為の数も多い。金で人を呼び寄せ治療し、その金でまた別の人を治療するというループが出来上がっているわけだな。


 なお、他の収入源は寄付や『違反金』の徴収などである。


「立派な建物ですね」


「ああ。流石は神聖教会本部だ。神殿だけではなくどの建物もその空気を崩さないように配慮されているようだな」


 お母様の驚く通り、治療棟であってもそこらへんの豪邸よりもよっぽど立派なのだ。いかに多くの人々から"信仰されて"いるかが窺えるだろう。


「これだけの資金が我々にも回って来れば……今のは失言でしたね、聞き流してください」


 ドルーヨはさっきのように証人として思うところもあるようだ。だが今はとにかく皆の治療を終えないと。商会と教会の縄張り争いに付き合っている暇はないのだから。


 そうして別の職員と交代し案内された部屋は、どうやら特別室であるようだった。他の部屋よりも警備が厳重で、近寄る人も殆どいない。ようは病院のVIPルームだな。


「お供の方々をお連れ致しました」


「どうぞ」


「待っておった」


 中から聞き覚えのある声が返ってくる。


「やあ、久しぶり……でもないかな」


「無事に再会できて何よりなのである」


 ベッドの上には、起き上がりこちらを見上げるジャステイズとデンネルの姿があった。


「ジャステイズ!」


「うおっと」


 彼女であるエメディアが飛びつくようにその体を抱きしめる。


「良かった、腕が治って……!」


 エメディアが言うのでよく見ると、スラミューイの触手で飛ばされ確かに千切れだはずの腕が見事にくっついている。すぐに気づいたあたり、エメディアも相当気にしていたようだ。そりゃそうだろうな。


「デンネルも、無事に意識を取り戻したようで良かったよ。でも起き上がって大丈夫なのか?」


 エンデリシェ様とお母様はあちらの感動の再会を見て涙ぐんでいるので、こちらは男同士で会話をする。


「うむ、我は元々身体が丈夫な故に。この通り傷を治してもらえたら後はもう自力でなんとかするのみである」


 とわざとらしく筋肉を盛り上げて見せる。


「流石としか言いようがありませんね。今度その身体の仕組みを調べさせてもらえませんか? 新しい薬ができれば売り出せそうな気がするのですが……」


「や、やめるのである! ドルーヨは未だに時たま恐ろしいことを口走る。商売以外のことは考えられんのか?」


「冗談ですよ。ですが機会があれば是非」


 と勇者パーティの商人はウィンクをして見せた。


「ドルーヨ……まあいい。あとどれくらいで退院できそうなんだ?」


「うむ、明日にはもう出て行ってもいいという。我としては今すぐにでも大丈夫ではあるが、流石に彼らの言うことは聞くべきだろうと思いこうして大人しくしている」


 と、デンネルはポンッとベッドを叩いて見せた。


「そうか、それならいろんな意味で安心だ。ところで出会ってすぐに悪いが、ミュリーとベルは? ここにいるのか?」


 俺は気になっていることを訊ねる。


「ああ、彼女たちなら、となりのブースにいるよ。この部屋は仕切れるようになっているからね、ほら」


 ジャステイズが会話に混ざってき、自分たちのベッドの右方向を指差す。部屋の入り口から斜め奥は、たしかに白い仕切りで奥が見えなくなっており、その前に護衛が立っているのに気がついた。


「そうか……よし!」


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