第85話
「お待たせ」
「お、帰ったか」
「はわ、お帰りなさいです!」
「あっ、おかえり! ……えと、そちらのお方は確か……」
客間の中ではエメディアとルビちゃん、そしてサファイアちゃんも一緒に大人しく待機していた。そしてエメディアがエンデリシェの姿を見、立ち上がる。
「はい。エンデリシェと申します。偉大なる勇者パーティの一員である、エメディア様」
「これは、失礼いたしました」
エメディアは彼女の姿を見ると、すぐさま跪く。
「いえ、やめてください。私はもう王族ではございませんので、そのようなことをされる必要はありませんよ」
「はい?」
「私、こちらにいらっしゃるヴァン様と結婚させていただくことになりましたの、うふふ」
「……はい?」
「なんじゃと?」
「ええっ!?」
エメディアとルビちゃんは途端に驚愕を貼り付けた顔をし、サファイアちゃんは勿論俺とベルに関する事情を知らないので顔を真っ赤にし乙女の表情だ。
「お主それは本当なのじゃ? じゃがあの娘とも付き合ってるんじゃなかったかの? 人間は通常一対一のつがいにしかならんと聞いておるのじゃが……」
「ん、まあそれはそうなんだけど、色々と複雑な事情があって……そもそも俺も何故エンデリシェ殿下と結婚することになったのか詳しい説明は全くなかったんだ。殿下、すみませんがどういうことか説明していただけますか? 個人的にもちょっと急すぎて受け入れられないのですが」
それに以前、俺は彼女の告白を正式にお断りさせてもらったはずだ。どうして今頃になって、しかも降嫁させてまで陛下は俺とくっつかせようとしているのか? また彼女自身もそれを納得しているのかどうかも気になる。
「はい。ですがそれを話すには、まずはベルを交えてきちんと対話をするべきでしょう。一先ずは、神聖教会本部へと向かいませんか? お父様……いえ、国王陛下の命により、教会へは勇者パーティの方々を丁重に扱うよう申し出ているはずですので、あなた方の治療も受けさせてもらえるはずですし」
「んまあ、そうかな? 確かに俺も、ちょっと体調が宜しくないからな……やはりあの『浄化の光』はメリットとデメリットが混在しているようだ」
強大な力は振るう側にもそれ相応の反動をもたらす。体力も精神力も持っていかれるあの攻撃はやはり未だに多用できるようなものではない。こうして話をしていられるのもある意味身体が興奮しているからであろう。
色々な出来事があり、脳も肉体も休まることがない。一度身を落ち着かせたらすぐに意識を失いそうだ。
「でしたらなおさらですわ。
「は、はい。ヴァン、大丈夫なのですか? あまり無理をしないでください、人類のために行動することは誉ではありますが、親としてはやはりその身体が心配です。勿論、村のために力を振るってくれたことにはとても嬉しく思いますが……」
お母様が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「ええ、もう少しの辛抱でしょう。俺も、泣き言を言っていられる立場じゃ無くなってしまいましたし。お母様こそ、盗賊に捕らえられている間酷いことはされませんでしたか?」
「ええ、私は別に。彼らは私のことを人質兼人身売買の商品としようとしていたみたいですから、下手に傷つけたくはなかったようです。不幸中の幸いでした」
「それはよかったです。じゃあみんな、行こうか!」
お母様に手を取られ、ソファから立ち上がる。
「問題を先送りにしただけのような気がするがのぉ……」
ルビちゃんが何か言っている気がするが、そんなこと俺だってわかっている。ベルが起きた時にどのような騒動が起きるか、想像するだけで死にたくなるなもう。
「お姉ちゃんこそ、他人事みたいに言ってるけどちゃんと一度里に帰ってもらうからね! お爺様カンカンだったよ?」
「む、むうっ」
「というわけで、私たちは一旦お暇させていただきますねっ。短い間でしたが、お姉ちゃんがお世話になりました」
サファイアちゃんはペコリと頭を下げる。
「えっ、いっちゃうの?」
エメディアが少し驚いた様子で言う。なんだかんだと彼女が一番気にかけていたからな、短期間ではあれ急な別れに寂しい気持ちがあるのだろう。
「ええ。見つけ次第連れ帰るように言われておりますので。勿論、また機会があればお伺い致します! あなた方は歴史においてもお爺様含めドラゴン族に認められた数少ない人間と聞いています。個人的にも色々とお話をお聞きしたいので、こちらの問題が片づけばいずれはお会いする機会があるでしょう。では、お先に。お姉ちゃんいくよっ!」
「むむむむむっ! くっ、仕方ないのぉ……お主ら、またなのじゃ!」
あちらもあちらで問題を抱えているが、流石にこれ以上は俺たち人間が感知することではないだろう。そもそもルビちゃんと同行していたのも、渋々実家に帰る意向を滲ませていた彼女をその地まで送っていくためだったし。
こちらとしては、出来るならば虎の尾ならぬ竜の尾を踏む必要はない。せめてたっぷり怒られてくるんだな。
「バイバイ、ルビちゃん!」
「は、はずかしいのじゃ!」
エメディアがルビちゃんに抱きつき、頭を撫でる。
「それでは」
サファイアちゃんがお辞儀をし、姉を伴って客間から退室する。少しすると騒ぎ声が聞こえて来、部屋の窓から外を見たら二匹のドラゴンが別れを告げるように空で円を描き、遠くへと飛び去っていくのが見えた。
「ルビちゃん……元気でね」
「エメディア。彼女たちの言ってた通りまた会えるさ」
「ええ、そうだわね。そう願うわ」
なんだかんだと短いようで濃い付き合いだったな。ドラゴンと旅をするなんて少し前の俺なら聞いた瞬間笑い飛ばしていたことだろう。
「彼女らも僕たちと同じく家族を大切にしているのですね。と言うわけで、僕たちも"家族"の様子を見にいきましょう」
「ああ、そうだな」
「ええ」
「はい」
「私もご一緒いたしますわ」
「あ、はい……くれぐれも喧嘩とかしないでくださいね?」
「大丈夫です! 側室としての立場を受け入れるつもりはありますので! 正妻の場を奪ったり、御家騒動を起こす気はありませんのでご安心くださいっ」
そういうことを言ってるんじゃないんだけどなあ……彼女も少し浮かれすぎているように感じる。陛下も何を考えていらっしゃるのか、急な降嫁など本来ならば国家を揺るがす一大事だ。あのような簡略の謁見で発表するような内容じゃないはずだが?
ともすれ、こちらに根回しのない結婚が果たしてどのような騒ぎを巻き起こすのか、今から既に不安で余計と体調が悪くなりそう……
そうして大きな不安とその不安の火種を伴いながら、客間を出て馬車に乗り、王都北西にある神聖教会本部へ。
「はあぁ、遠くからでもこれだけ荘厳さが感じられるだなんて、やはり素晴らしい建物です」
そしてそこに近づくにつれ、アテネにあるような神殿を復元したかのような建物が見えてくる。お母様はそれを見、溜息のような声を漏らしながら窓からの景色を眺めている。
「そうですね。僕としては、この世界で一番の商売敵でもあるので、商人としては複雑な気持ちもあるのですが……」
「どういうことだ?」
「教会は販売する商品によっては、仕入れ値とは別途ロイヤリティと言われる取扱手数料のようなものを売れた個数ごとに持っていくのですよ。それだけでなく、彼らは独自の売買ルートも構築している。こちらとしては様々な事情からおいそれと介入できないルートとなりますから、色々と困る部分もあるのですよ。あ、今のオフレコでお願いしますね?」
ドルーヨは困ったように眉を下げ、肩をすくめてそう言う。
「ああ、うん」
そうして話をするうちに、いよいよ本部の敷地までやって来た。
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