第34話

 

 ドーン……


 私達が王城に向かって歩いている途中、突然後方で何か光ったかと思うと、続けて物凄い地響きが王都に響き渡った。


「なにっ!」


「きゃあっ!」

「うおっ!」

「ひっ!」


 周りで私達の凱旋を歓迎していた人々も突然の出来事に悲鳴をあげたり、動揺したりしている。


「雷……?」


 私は上を見た。おかしい、空は何処までも快晴だ。雷を落としそうな雲も存在しない。


「ベル!」


 エメディアが焦った様子で私の名前を呼ぶ。


「うん……これは魔法だわ。それもかなり高度な」


 私は強力な魔法が行使された時特有のピリピリとした空気を感じ取った。これ程の規模の魔法を行使できるだなんて、まさか、魔王軍の残党の!? 嫌、まさかあいつらが……


「ベル、今すぐ様子を見に行かないと!」


 ジャステイスも何が起こっているのか察したようで、私に転移することを進言してきた。他の皆も同様だ。


「わかっているわ。皆、行くよ!」


 私はざわつく民衆を尻目に、嫌な空気を感じた方向に向かって仲間達と共に転移した。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 白くなった視界が、次第に開けてくる。


「くっ……」


 ……ふう、危なかった。


「防御魔法、展開しておいてよかったぜ」


 もしもの時のために、予め防御魔法を展開しておいたおかげで、雷に打たれることなく済んだ。防御魔法は既に耐久性を失い、打たれた後直後に消失してしまった。


「酷えなこれは」


 俺の周りの地面は黒焦げだ。最低でも半径500メートルくらいは包み込まれのだろう、見渡す限り草も生えていない。こんなの直撃したらとっくにあの世だったぜ。


「おっと、状況確認だ」


 俺は鳥の視界を覗く。何体かの視界が見られなくなっていた。恐らく先ほどの雷でやられてしまったのだろう。


「何ということだ……」


 俺の見通しはどうやら甘かったらしい。俺を中心に、半径1キロくらいが緑色から真っ黒な大地へと豹変していた。そして一部は敵陣に掛かっている。


「仲間まで巻き込むとか、テナード侯爵は何を考えているんだ」


 たった一人の敵のために、何百人もの自らの影響下に置く民の命を顧みないなど、為政者としては明らかにおかしい。


「人命軽視は民の求心力の低下を招くことくらいわかるだろうに」


 人心掌握はいつの世も大事なことだ。民無くして国も街もやっていけない。


「くそっ、早くさっきの魔法使いたちを--」



 その時遠くから呻き声が聞こえた。



「「「「「……ぐ、ぐ、ぐおおおっ」」」」」


「何だ!?」


 俺は咄嗟に鳥の視界を見る。


「な、何だこれは!」


 黒焦げになった兵士たちが、一斉に動き出したのだ! さながらホラー映画のように、手首から先をだらんと下げ、よろよろと歩き始める。


「ゾンビ……嫌、アンデッド!」


 これは間違いなくアンデッドだ。元から一つの生物として存在しているゾンビとは違い、死んだ人間が魔物のように再び活動しだすことが特徴である。ゾンビは魔物、アンデッドは魔法で操られた人間、と言ったらわかりやすいか。


「……こいつらっ!」


 俺は先程魔法を使った魔法使いの集団を発見した。テナード侯爵も健在している。


「「「<死よ、訪れよ!>」」」


 集団の中の幾らかの魔法使い達が、闇魔法を使用した。この魔法は--



「「「「「「ぎゃあああああああ!!」」」」」」



 魔法使い達の周りに倒れ伏していた兵士たちが一斉に悲鳴をあげる。そして口から盛大に血を吐き出し、そのまま動かなくなった。


「な、何てことを……兵士を、殺しただと?」


 しかもこの魔法を使うということは……


「「「ぐふっ」」」


 魔法使い達も同様に血を吐き出し、前のめりに地に倒れ伏した。


「よし、いいぞ! そのままアンデッドにしてしまえ! 王都を死の街に!」


 テナード侯爵が叫ぶ。それに呼応して残った魔法使い達が魔法を発動した。


「「「「「<死よ、我らの赴くままに!>」」」」」


 魔法使い達がそう叫ぶと、25万の兵士達が一斉に動き出した。


「「「「「「ぐおおおおおおおおお!!!」」」」」」


 兵士達は黒焦げ兵同様によろよろと歩き出す。血まみれ死体もそこそこあるが、黒焦げ兵よりは見た目はまだマシだ。


「聖魔法で……嫌、光魔法か?」


 兵士達は既に死んでいる。しかし聖魔法を使って仕舞えば、兵士達は灰となって消えてしまう。せめてこうなった以上、遺体だけでも残しておきたいのだが。だが、光魔法だけではこの人数を相手にはできないだろう。


「くそっ、どうすりゃいいんだ!」


 ……見捨てるのか、25万人を。つまらない反乱のために家族の許に二度と戻れないのか? 悪いのはテナード侯爵だ。兵士達は明日を生きるために参戦しているものがほとんどだったろう。俺はどうすれば良い?


「始末するのは、最後の魔法陣でもできる……だが、悲惨なことになるのは目に見えている……そうか、あの魔法使い達を倒せば!」


 術者を倒せば、アンデッド状態は解除される! そうだ、魔法使い達を先に殺してしまうしかない! もう大のためには小を見捨てるしかないか。


「魔法使い達は躊躇なく闇魔法を発動していた。命を捨てる覚悟は出来ているという訳か」


 召喚とは違い、純粋な闇の攻撃魔法は自らの身も呪ってしまう魔法が多い。それを戸惑わず使えるということは、テナード侯爵に相当の忠誠を誓っているのだろう。


「ええい、飛べっ!」


 俺は飛行魔法を発動し、敵の許まで一気に飛んでいく。そしてものの1分ほどで、敵がすぐ真下に見えてきた。


「! 何奴っ!」


 魔法使いの一人が俺に気づく。


「誰だ貴様は! 貴様がこの魔法陣を」


 テナード侯爵が俺に向かって叫んできた。


「テナード侯爵、及び反乱軍に告げる。今すぐ投降せよ! さもなくば容赦はしないぞ!」


 俺は空中に静止し、その場にいる者達に言い返す。四肢がなくたって尋問はできる。ここまでのことを仕出かしたんだ。責任はきちんと取ってもらう。


「だ、黙れ! お前達!」


「<氷よ貫け!>」


 魔法使いが巨大な氷柱を飛ばしてくる。俺はそれを難なく躱した。


「くっ、<炎よ、その熱を滾らせろ!>」


 違う魔法使いが、今度は巨大な火の玉を飛ばしてくる。流石にこの大きさは躱せない!


「喰らえ!」


 俺は巨大な水玉を打ち出す。火の玉と水玉がぶつかり、爆発した。


「「「「うおっ!」」」」


「そいっ!」


 俺は続けて麻痺魔法を放つ。



 バチッ!



 然し、麻痺魔法は何かに弾かれてしまった。


「何だ?」


「……ふふっ、まさかこんな敵が出てくるとは」


 魔法使いの一人の呟きが場に響き渡る。


「誰だ、お前?」


 爆発によって生じた靄が散り、敵の様子が見えてきた。


「名乗る必要はないだろ? どうせこの後君は死ぬのだから」


 全身黒尽くめの魔法使いだ。確か、テナード侯爵の一番近くに立っていたはず。他の者がローブだけなのに対して、こいつはフードまで被っている。


「は?」


「作戦は失敗した。もうこいつらに用はない……死ね!」



 その瞬間、黒尽くめが爆発した。

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