第129話

 

「ヴァンっ!」


 ベルの声がし、続いて柔らかい衝撃が前面を包み込む。


「<くおおん!>」


「うわっ」


 側から見ればポヨヨンと音がしてそうな感触を受け、チョップによって生み出された速度が一瞬にして打ち消された。


「いてて……」


 そして俺はそのまま地上へ落下する--ことはなく、その感触を生み出した相手により中空で受け止められる。


「ヴァン、大丈夫!? どうしてこんなことしてるのよ?」


「ああ、実は! っていうか、そっちこそ何故ドラゴンの上に……?」


 俺を受け止めた相手。それは、全身が水色をし、デブデブと突き出た腹の部分だけ白く塗られている身体を持つドラゴンであった。


 頭の部分にはイッカクかユニコーンか、ドリルのようなツノが突き出ており、その下にある部分はどうにも頼りなさそうな、垂れ目がちにも見える顔つきだ。


 ドラゴンは俺と目が合うと、何を思ってか威嚇するようにそのつぶらな瞳で睨みつけてくる。また、背中から生えた同じく翼膜の部分まで水色の翼を忙しなく動かしていた。

 しかし見た目が見た目だけに全く怖くない。なにを伝えようとしているのか?




 そして当のベルはそんな頼りなさげな太っちょドラゴンの背中にしがみついていた。


 ここからはドラゴンの上体が邪魔でその様子を伺うことはできないが、大きな声を出せていることから、どうにか無事回復したと考えられる。


「私も色々と事情があって! とりあえず、こっちに来てちょうだい。パラくんよろしく!」


「<は、はいっ! あれっ? と、届かない>」


 パラくん? そう呼ばれたドラゴンはそのまま俺を持ち上げ……ようとしたが、当たり前だがドラゴンの関節の仕組みからして背中に腕が伸びるはずもなく。そもそも太った身体のせいで可動域も狭いようで、再びあたふたと忙しない様子を見せた後。


「<あ、すみません! こうすればよかった、あはは>」


 今度こそと俺を魔法でだろう、風を使ってその包み込む掌から浮かせた後ようやく背中に着地できた。


「おっとっと」


「ヴァンっ!! ヴァン、会いたかった!!」


「うお〜い、危ないぞベル」


 ペンキをぶちまけたようなパステルカラーな水色の背中に降り立った俺に対して、彼女は飛びかかるようにして抱きついてくる。


「えへへ、ごめんなさい、でも本当にその顔を見たかったわ。久しぶりね」


「ああ、そうだな。久しぶりだ。君がいない間はまるで世界を闇が覆ったかのように陰鬱とした気分だったよ」


「…………なにそれ、貴方らしくない」


「ご、ごめん、気の利いたことでも言おうとしたんだけど」


 俺の身体を突き放し離れたジト目のベルを見て、慌てて弁明する。


「……ぷっ、うふふ、大丈夫大丈夫。気持ちはよくわかるわ。私も同じだもの」


「ああ、そうか。じゃあシンプルに。愛してるぞ、ベル」


「私も、愛しているわ、ヴァン」


 と、お互いに口元を近づけ……


「<――――うおっほん!!!>」


「「!」」


「<すみません、僕の背中は宿屋じゃないんですがっ!>」


「え? あ、すまん……?」


 背中から、いやドラゴンからそのような念話が発せられ咄嗟に彼女から離れてしまう。なんだよ、気が削がれるなあ……


「こらっ、パラくん! めっ!」


「<ごごごめんなさい、つい>」


 ベルが相手の頭を指差すような仕草を見せ怒る。と、水色ドラゴンはそのドラゴン族にしては短い首を動かして頭を下げる仕草を見せた。


「いや、流石に今のは俺達が悪かったよ。ありがとう、ええと、パラくん? って呼んでいいのかな?」


「<略称で呼んでいいのは家族とベルさんだけだ! 気安い態度を取るな人間!!>」


「えっ? すみません」


 え、なんでこの竜こんなに情緒不安定な感じなんだよ。怖えよ。


「めっ! って言ってるでしょ! この世の中でヴァンを怒っていいのは私だけなんだからね!」


 いやそれもちょっとどうかと思いますがベルさん何でさらっと俺の腕を抓っているんですかねえ。


「<ふんっ>」


 えええ、何というか、子供っぽいドラゴンだな。もしかすると、実際に年齢的には若い竜なのかもしれない。

 絵本から飛び出してきたのかと問いたいくらい、明らかに他のドラゴンとは異質な容貌は気になるところだ。


「ヴァンもびっくりしたわよ? 急に決闘を始めたって情報が入って来たものだから、慌ててこっちに向かってきたら。また急に空を飛んでいる人間を見かけて、しかもそれが探し人ヴァンだったんだから」


「正確には飛ばされた訳だけどな」


「それってやっぱりエンシェントドラゴンに?」


「ああ、まあな」


「<流石はお爺さま! こんなベルさんを誑かすような人間はさっさとやっつけてしまったらいいのにぷぎゅっ!!>」


「ぷぎゅ?」


 よく見れば、ベルがしゃがみ込んで背中に生えた鱗の一枚を引き剥がしていた。ドラゴンの鱗ってそんな簡単に剥がれるような代物じゃないんだが、もしかして力が元に戻ったのか!


「ベル、もしかして」


「ん、ごめんなさい、違うわよ。きっと私の力が元に戻ったのかって聞きたいんでしょうけど、あいにくと。幼いドラゴンはまだ鱗が成長しきっていないから、こうして剥がれやすくなっている所が出来てしまうのよ」


「なるほど」


 どうやらこの生意気ドラゴンは予想通り子供らしいな。だから性格もちょっと不安定というか、感情的な訳か。

 身体つきも、他のドラゴンとは違って身長は小さいし、太っているし。ここからだんだんとスマートで引き締まった身体になっていくのかな?


 しかしいくら剥がれやすいからと言って、そんなペリペリ剥がしてしまっていいのか?


「でも何で剥がす必要が?」


「躾よ」


「しつけぇ?」


「ええ。若いドラゴンは、成長期なだけあって鱗の生え替わりも早いのよ。だから親ドラゴンは悪いことをした子供の鱗を剥がして教育するわけ」


「何だそりゃ、体罰上等ってわけか」


「でも、剥がす行為自体はそれほど痛くはないらしいわよ? 動物が瘡蓋を剥がすようなものらしいわ。もちろん剥がされた跡の皮膚は触ったら結構痛いらしいけど」


「そうなのか」


 と、俺は頷きつつその剥がれた跡を突こうとするが。


「<がるるるるるる! だからボクを躾けていい人間はベルさんだけだと言っているだろう!>」


「おおっと!」


 急に暴れ出したパラくんは俺を振り落とそうとしているのか、右往左往し始める。


「ど、どうにかしてくれ〜!」


「パラくん? 後でわかっているわよね?」


「<ひっ! しゅみません……>」


 彼女のいうことは素直に聞くようで、暴れるのをやめたパラくんはそれ以降、大人しくしていたのであった。




 そんなふざけたやり取りを交わしつつも、彼の背中に乗って広場まで戻ってくる。

 そこには相変わらず沢山のドラゴンと、その取り巻く中心にはイケメン青年形態のエンシェントドラゴンが涼しげな表情で佇んでいた。


「おお、帰ったか。まさか無事に戻ってくるとは。ん? 何故パライバが一緒なのだ? それに、女勇者も」


 地に降り立ち祖龍に平伏するパライバ--パラくんを見ながらエンドラは首を傾げる。俺たちは軽くだが空で出会った時のことを話す。


 それにしても、『無事に戻ってくるとは思っていなかった』って、あの後俺がどうなると予想していたんだ? 確かに受け止められなかったら、かなり遠くまで飛ばされていた気はするが。しかし俺も転移を使えるので戻っては来れるだろう。


 この人にはそれ程までに、舐められていたというのか。ムカつくな……!


「ベル、改めて。この人こそエンシェントドラゴンだ。かつて君が戦ったっていうな」


 イケメンにも納得してもらい、顔合わせをする。


「ええ、今さっき聞いたところではあるけど、実際に目にすると信じられないわ……お久しぶり、でよろしいのでしょうか?」


「うむ。久しいな、勇者ベルよ。主を助けさせて以来か? もちろん、そちらは気を失っていたから覚えてはいないだろうが」


「はい。その節はどうもお世話に。いえ、今もお世話になりっぱなしではありますが」


「気にするでない。事情はあらかた聞いている。ともかく、今は少し込み入った事情があってな。この少年と模擬戦のようなものをしておるのだ。もうしばらく、大切な婚約者を貸してもらうぞ?」


「どうぞ、私もここに来るまでに大雑把に説明を受けましたので、理解はしているつもりです」


 また俺の方も、彼女からここ一ヶ月に何があったのか空の旅で簡潔に聞いている。しかしもう少し詳しく話を聞かなければ。それ以前の北方で何があったか等は言いたくないのか話してくれなかったし。


「そうか、ならば少年よ、仕切り直しといこうか」


「ええ。少しでらありますが介入を受けてしまいましたし。きちんと勝敗はつけるべきでしょう」


 さっきの攻撃で、決まっていた感じもあるが。だが、今度こそ一泡吹かしてやる!


「真面目なやつだ。では、こい!」


「おう!」


 ベルとパライバくんが遠巻きになり、俺たちは再び対峙する。




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