第170話

 

「何事だ!」


 見れば、なにかの破片のようなものが、パラパラと空から城に降り注いでいる。しかも結構な数だ。あれは……


「もしかして、肉片?」


 今となってはすっかり見慣れた、いや見慣れてしまった赤黒い物体だと気がつく。城自体もよく見れば、白い部分が汚れて・・・いるのがわかった。


「ヴァン、急いでいきましょう!」


「ああ」


「お嬢様、私も!」


「いえ、あなたたちは周りの残った魔物たちを片付けて頂戴。不必要に戦力をばらけさせるのは良くないわ」


「か、かしこまりました」


「<ベルさん、気をつけてね!? おいニンゲン、彼女を傷つけたら許さないからな!>」


「大丈夫だ。ベルのことはしっかりと守り抜いてみせる。さあいこう」


「ありがとうパラくん。行ってきます!」


 近寄ってきたベルをパラくんの上から抱き寄せ、二人で城へ向かう。


「まさか、あの魔族が? でも、俺の魔法で拘束していたし、見張りもたくさんいた。城に詰めている神官は上位のものだから聖魔法の威力だって決して弱くないはずなのに」


「見てみないとわからないけれど、アイツの可能性は高いと思うわ。今は、何故を考えるよりもどうするかを実行しなきゃ」


「ああ、その通りだな」


 彼女のいう通り、考察なんていくらでも出来るし、なんなら直接聞けばいいことだ。脳のリソースを事態収集へと回さなければ。


 くそっ、本当に厄介な出来事が次から次へと起こるな……実は女神の加護ドルガ様のじゃなくて、呪いがかけられているんじゃないか? 




 ……神の呪い? 何かどこかで聞いた響きのような……




「うっ」


「え? ちょ、ちょっとヴァン? 大丈夫っ?」


「だ、だいじょ、うぶ、だ」


 とは言うものの、頭が割れるように痛い。

 一旦空中で静止し、頭痛が治るのを待つ。が、どんどんと酷くなってくる。


「な、何かが、急に思い出せそうになっ、て、あたま、が」


「それって私も……とにかく一度地上に----きゃあっ!」


 痛みのせいなのか、それとも別の要因でか。それはわからないが、どんどんと目の前の景色が薄れていってしまう。そして俺は俺の名を叫ぶベルの声を頭のどこかで聞きながらも、地面に激怒する衝撃を受けつつ意識を手放した。















<こ、ここは?>


 再び気を取り戻すと。どこか見覚えのある景色が見えた。

 そして続いて視線を少し下げ……ようとしたが、動かない。一体どうなっているんだ?


<あれ? なんだこれ?>


 己の身体をよく見てみれば、なぜか豪奢な服を着た老人の体になってしまっていた。


<えっえっ? なんじゃこりゃ!?>


 しかも、自分自身を触ることすらできない。というよりも、意識と身体が別々に存在している感覚だ。


『さて、ヴァン君たちを世界に戻したところで。今一度ルールを説明しよう…………うん? その前に、邪魔が入っちゃったようだね。ドルガ君、きみ一体どんな時間差設定をしたんだい?』


 声がしたので、改めて前方を確認する。すると、複数の人影が話し込んでいるのがわかる。


『えっ!? な、なんのことでしょうか?』


『惚ける必要はないよ。出来るだけ時の流れが乖離するように設定したよね? まあそれはもういいよ、今更だしね。でも、こっちはちょっと違うかなぁ?』


 あれはドルガ様と、そして……グチワロス、だよな? そしてもう二人、漆黒を具現化すればこんな見た目なのだろうと言う人と、光輝を具現化するすればこんな見た目なのだろうと言う人の計四人がその場にいた。


<おい、あまりキョロキョロするでない。くすぐったいわ>


<だ、誰ですか!?>


 なにもできないのでただひたすら会話を眺めていると、ルビちゃんたちが使う念話のように、頭の中にしゃがれた声が響いた。


<お主の意識が宿っている身体の主じゃよ。どうやらワシのかけた術はうまく機能しているようじゃな>


<じゅ、術とは?>


<今はそれを詳しく教えることはできん。ともかく、お主は今ワシの身体に憑依している状態だということだけ理解しておればよいからな?>


 老人は名を名乗ることはなく、要領の得ないことを言い出す。


<は、はあ>


 だがひとまず頷いておこう。少なくとも騒いでもどうしようもないことくらいはわかるからな。


<そう、それで良い。さて、今から起こることをよく見ておくのじゃぞ? まあ、向こう・・・に帰ればまた全て忘れてしまうとは思うがの……>


<忘れてしまう?>


 と聞こうとすると、ちょうどグチワロスらしき白い人型が老人に話しかけてきたので、会話が中断されてしまった。


『調律神。余計なことをしないでくれるかな?』


『なんのことですかな?』


『とぼけても無駄だよ。わかっているさ、今その身体の中には、ヴァン君の意識が宿っている。そうだね?』


『はて、本当になんのことやら?』


『えっ、ヴァンさんの!?』


 ドルガ様が慌てふためいている。単純な驚きというよりも、冷や汗を掻くような、憔悴する感じの慌て方だ。

 それに、この場にいるみんなの話声が、寝起きに遠くから声が聞こえてくるような、ぼんやりとしてはっきしとしない時に似ている。

 これは他人の身体や意識を介して聞いている故の現象なのだろうか? それともこれは、夢だったり?


『驚嘆、かくも吃驚調律神とはそれほどのことまで出来る存在……』


『あらあら、邪魔者が侵入してきたということかしらね?』


『ほっほ、お二人とも慌てなさんな。誰もきてやしませんよ?』


『ふうん、そう。あくまでしらばっくれるつもりなんだね。ボクの命令を無視するなんて、調律神は随分と偉くなったんだねえ』


『まさか。ワシごときが、我らの父であらせられる貴方様を欺くような真似をする筈がありません』


『でも実際に…………ここにいるじゃないか』


<えっ>


『ごはっ……!』


 なんと、グチワロス? は腕を俺が憑依している老人--調律神と呼ばれている--の頭にグサリと突っ込むと、そのまま続いてグリグリとその中で捻り始める。


<ちょ、やばいんじゃ!?>


 なにしてんのこの人!? えっ、たしかになんかめっちゃ不穏な空気が流れていたけど、いきなり殺人とか気が短すぎだろう!


『ネズアル様!?』


『まあっ』


『血飛沫、肉片、血飛沫、肉片』


 ドルガ様や他二人も、グチワロスモドキの突然の行動に驚いている。


<わ、わかったか……! こ、これが、主神ネズアルの本性なのだ! "世界"の全てを束ねるお方の、やり方だ……!>


<は、話していて大丈夫なんですか!? 早く治療しないと!>


 というか治るのか!? そもそも今はとても話ができる状態とは思えないのに、じいさんもじいさんで摩訶不思議な人だ。


<慌てるな、少年。お主には、すでに大きく重いものが託されている。ゆめゆめ忘れるな。本当の敵は『ドルガ』の中にいるのではない。この神界にいる、目の前のお方なのだということを>


『ううん? 見つからないなあ。どこにいるんだろう?』


『ゴギ、ギャ、やめ、あばっ』


『んーん、やめないかなあ。悪い子には、お仕置きしないといけないよねえ?』


『ま、マキナ様っ! 主神様、これ以上はおやめください! いくら神が強靭な生き物だと言っても、限度があります!』


 ドルガ様が前のめりにそう言い、危険を顧みず止めに入ろうとするが。


『あらぁ、邪魔しちゃやーよ?』


『無礼千万!』


『きゃあっ!』


 白と黒の二人に弾き飛ばされ、尻餅をついてしまう。


<後は頼んだぞ、少年>


<まっ――――>


 俺の意識は、老人の視線が天井を向くと同時に、再びブラックアウトした。















「----ン、ァン…………」


「んん〜〜……?」


「--ヴァン、大丈夫!?」


「んん?」


「ヴァン! 起きて! 生きてる? よかったっ!」


「ん、あれ、ベル?」


 再び目を覚ますと、今度は目の前にこちらを覗き込むベルの顔が見える。


「はあ、本当によかった……びっくりしたんだからね!?」


 彼女は目に涙を浮かべ、どうしてか怒った様子だ。


「えと、一体何が?」


「こっちが聞きたいわよ! 突然意識を失って、そのまま地上に落下したんだから! イアちゃんが偶然気がついてくれたからよかったけれど……」


「そうなのか、すまない……いてて」


 まだ頭が痛むな。それに俺は、なぜ気を失ったのだろうか?


 ううーん、思い出せない。そういや、前にも同じようなことがあったと思うが。


「ヴァン、起きられる? 大変なことが起こったのっ!!!」


「大丈夫だ。体は動く。大変なことって? ……ってえ?!」


 上半身を起こすと、城の近くの広場に流されていることがわかった。


 そして城の方を見ると。

 なんと、王城の上半分が吹き飛んでほぼ全壊してしまっていたのだ。





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