第98話

 

「ドルガ様が? なぜそこであの人の名前が出てくる?」


 ミナスは先ほどベルが密約を結んでいるなんてことを言っていたと思うが……まさかな。ベルは実は神達の肩を持っているなんてことないよな?




「あのお方は、第三軸……つまりは、カオスとも他の神界の神々とも違う勢力の代表でいらっしゃるの」




「えっ!?」


 カオスに加えてまた新たな組織が出てくるのか。神界ってぜんぜん一枚岩じゃないんだなあ。人間社会と変わらないように思えてくる。


「先ほどそこのカオス……ミナスは私があのお方と密約を結んでいると言ったわ。それは間違い。まず前提としてなんだけど、ドルガ様は『上級神』であらせられるのよ」


「上級神? 上司みたいなものか」


「そうね。神には、『下級神→上級神→十二神→主神』という四つの位が存在するの。因みにグチワロス様はこの中で『下級神』に当たるわ。で、ドルガ様は『十二神』のお一人、『調律神マキナ』様と懇意にされている。マキナ様は、神の中でも特に人間想い親人間派といわれているお方で、今の神界の在り方をよく思っていらっしゃらないみたい。その在席年数も十二柱の中で一番長いため、神々に対する発言力もあるの」


 今までの話を聞いていたら、上のほうにいる神様達も同じような性格だと受け取っていたが、良識的なお方も存在するようだ。


「そこで、前々から今の神界のシステムを抜本的に改革し、"人間のことを丁寧に扱おう、神の仕事の評価は別のところで下そう"という提案をしていたドルガ様は地球時間でここ百年ほどマキナ様と手を組んで活動を活発化させているのよ」


 社内のコンプライアンスの見直しを会社の重役に掛け合ってみるみたいな感じか。


「私はその話を聞いた後、ドルガ様とある約束を取り交わしたわ。ミナスは密約なんて言葉を使っていたけれど、改めて否定するけれどね。で、その内容は――――


 ・私とヴァンを死後に神に引き上げ自らの一派に加えること。


 ・同時に変革派はいよいよ表立って行動を起こすこと。


 ・ヴァンの身の安全を必ず絶対百パーセント保証すること。


 ――――この三点よ。その代わり……


 ・私はドルガ様の代わりとして変革派の顔となって音頭をとること。


 ・それが上手くいったらこの異世界ドルガを管理する神となること


 ・カオスには情けをかけずにきちんと罰を与えること。


 ――――を交換条件として受け入れたわ。カオスの側には私達がこそこそ動いているように見えたかもしれないけれど、それはそちらも一緒だし。外に動きを出来るだけ察知されないように内密に話を進める必要があったのよ」


「ベルが神界革命の顔になるってことか? それって危険なんじゃ」


 平気で人を喰らうような性格なのだ。仕事の邪魔だからと"成り上がり"のベルをすぐさま排除しにかかってもおかしくはない。


「何を考えている人間っ!! そのような危険なことをしてなんになる! 遺される者の気持ちを考えたことがあるのか! 神々は貴様が思っているよりもずっと危険な存在で、かつ狡猾だ。誰が誰の味方で敵かなんてわからない。お前達のやり方は、交換条件など持ち出さずとも真の盟友として志を共にする我らカオスの障害でしかないのだ! 何が変革派だ、穏健派の間違いじゃないのか? むしろ我々の方がよほど変革を目指し理論立てて遂行しているぞ?」


 するとミナスが怒りだした。鬼気迫る表情だ、それほどまでに変革派のやり方をよく思っていないということか。

 神であるミナスがそれほど怒るということは、やはりベルが任される予定なのは盾役のような危険な行為であるようだ。そう考えると、俺としては心配してしまう。


「女神ドルガは我々の敵。そのやり方は結果的に余計な混乱を巻き起こすだけだ。神界は我々カオスが唱える、全てを一から作り治す大革命を起こさなければ、変わるような世界ではない! 腐敗し切った組織は一度無に帰すべきであって、内部から変えようとしてもその変えようとした者が潰されるだけだということがなぜ理解できない? 女神ドルガは甘い、甘すぎるのだ。結局己の立場に甘んじて急激な変化を嫌っているだけ。それに貴様のような一勇者と手を組んだところで上手くいくはずなどない!」


「そんなことないわっ。お前達『破滅派』は自らの盲信する思想で目の前が曇っている。過激な思想を唱えようとも、傷つく人が増えるだけだわ! 理解者を増やしつつ、変えられるところはスムーズに変えていく。大勢を犠牲して新たな世界を作っても、それは今の神々が回しているシステムと何も変わらないじゃないっ」


 二人は言い合いの応酬だ。白熱しすぎだ、抑えないと!


「まて、ベル、ミナス、一旦落ち着いてっ」


「だがそういうお前達は既に無意な犠牲を出しているではないか! グチワロスが行おうとしていた計画を中途半端に阻止したため、地球人が一人犠牲になった。結果、このドルガのバランスが崩れ始めているのだぞ? 和解を模索している側がむしろ一つの世界を崩壊に導こうとしているのだ。それに、グチワロスもそのせいで……」


 カオスは悔しがるように歯を食いしばる。


「ど、どういうことなんだ?」


「それは……」


「ベル、計画を阻止って? グチワロス……様は何がどうなったんだよ」


「…………」


「話せないなら、私から話してやるっ、それでいいな?」


「いやまって! 私がきちんと話すっ。ヴァン、さっきミナスは地球から転生するのは本来一人のはずだったって言っていたわよね?」


「あ、ああ、確かにそう言っていた」


「実はグチワロス様は、カオス達の行動をサポートするため、ドルガ様に罪を着せようと一人だけ異世界転生させようとしたのよ。それも、器側だけをね」


「えっ? そんなことをしたら、魔王退治ができなくなるんじゃ」


「その通りよ。それでこの世界が不味い状態になった責任を取らせドルガ様を失脚させて、カオスに協力的な神を新たな『世界ドルガ』の管理人にしようとしていた。この世界は、カオス達にとっての革命のスタート地点と決められていたのよ」


「この世界を皮切りに、神界を一気に壊そうとしていたと?」


 グチワロスのやつ、あんな気の抜けた見た目や言動をしていたくせに、思想も行動も結構アクティブな神なんだな。


「だけれども、それは失敗したわ。なぜならば、事前に動きを察知したドルガ様がグチワロス様を懐柔したのよ。今ここでそんなことをすればカオスの存在をバラす、とね」


「え? それじゃあまるでドルガ様がカオスのことを庇っていたみたいじゃないか」


「その通りよ、なにせあのお方は、カオスも含めた神界全体を武力に頼ることのない変革によって変えようとされているのだから。カオスの動きが神界に露呈すれば、やけになったカオスとそれを撃退しようとする神同士の内部抗争が始まると予測なされた。だからドルガ様は己の変革派の思想や行動を表立って披露していく一方、カオスを説得しつつ己の派閥に取り込もうとしていらっしゃるのよ。そこでグチワロスが事件を起こしかけた」


 カオスすら取り込んで神界を変えようとなさっているとは、ドルガ様って神の中でも実はかなりのカリスマ性を持っているのか? そうでなければ普通はそんな簡単についていかないと思うが、それなりの自信があっての行動なのだろう。

 派閥の代表を務めているくらいなのだから、人心(神心?)掌握も得意なのかもしれない。


「ドルガ様はグチワロス様を懐柔すること自体はできた。グチワロス様はあのお方のことを好きだったらしいし、どうやらその感情を利用したみたい」


「そ、そうだったのか」


 神にも恋愛感情はあるんだな。言っちゃあ悪いが立場でも見た目でも性格でも、到底叶わぬ恋な気もするが。


「でもグチワロス様は既に間違った転生をする直前だった。このまま放置すると、もう一人しか転載させることはできない。だから責任を取るために更なる罪に手を染められたのよ」


「それは?」


「もう一人を自らの手で殺すこと。つまり、私だけじゃなく、"ハジメちゃん"を直接殺害することよ。だけれどもそれは結果的に失敗という形になってしまった。無理に因果に介入したせいで、本来死ぬべきじゃなかった人間まで殺してしまったの。つまり、地球ではあの瞬間私たち以外の三人目が死亡したのよ」


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