第204話

 

 結局、マリネさんは『返事は今はいらない、気が向いたら応えてほしい』と言い残し去って行った。俺はと言うと、その後も一人石の上で悶々とした時間を送ったのだった。

 まさか、あんなタイミングでさらりと告白されるとは思っても見なかった。ベル達には一応報告しておいたし、それによって当然マリネさんと彼女達の間で一悶着あったのだが、結局肝心の告白の答えは返せていない。肝心なところでヘタれるんだなあ、俺って……


 で、そんなこんなでさらに三日後。途中途中の島に立ち寄りながら、ようやく目的地であるポーソリアル共和国がある『南大陸』が見えてきた。俺たちで言う南大陸からここまで、簡単に計算して約一万キロは離れているはずだ。

 今回の旅路においては、ドラゴン達の平均時速は方向の微調整や搭乗者への負担、また索敵の関係もありトップスピードではなく約三百キロ。空というただでさえ動きが再現された空間では思わぬ敵襲を受けぬための視界の確保が必要だし、敵地に向かう故に負担軽減のための休息も多くとっていたため、飛行時間は日が昇り落ちるまでの一日十二時間が限界。


 よって一日頑張って三千キロ飛べればいいという計算だ。現代地球の飛行機に比べれば仮にトランジットなどを含んだとしても遅くはあるものの、この世界の水準においてはまさしく人外の領域。休息日を含んでも約五日で到着できたのだから充分早い方だろう。




 ……ふと思ったが、もし仮に、もし仮にこの世界がどこまでも平面だとして。今見えている南だけではなく東西南北それぞれに大陸があるのだとすれば。俺たちは今まで、本当に小さな地域を世界の全てだと思い込んでいたのではないか? きちんと測ったわけではないけども、俺たちがここまで飛んできた海の幅ですでに五大陸がすっぽり収まってしまうだろう、とすれば、この世界の本当の広さは一体どこまであるのだろうか?

 向かっている先の『南大陸』の大きさにもよるが、ポーソリアルとのカタがついた暁には、本格的に調査に乗り出す必要があるだろう。




 ともかくもまずは、この交渉において我々の有利に進めることが第一。"やられっぱなしじゃ済まない"はここに来ている誰もが共有している気持ちだ。


「ふむ、そろそろ着くぞ。まずは港町に寄り、御触れを出す。いきなり首都に乗り込んでも無用な騒ぎを起こすだけだからな」


「ええ、その通りですね。過去にやらかしたドラゴンさんがいましたし」


「<なんじゃ、何か言いたいことでもあるのか?>」


「いいや、別に? あっ、あれかな?」


「ねえヴァン、船がいっぱいよ! 敵艦じゃないわよね? しかも私たちが知っているものよりもずっと大きくて形も違う……悔しいけれど、ポーソリアルが技術的に進んでいるのは確かなようね」


「あれは艦隊ではない、ただの漁船だ。我々もかつては帆船を用いていたが、今ではこうしてマジケミクの発展により作られた機械を用いた船が主流となっている。貴殿らに沈められた艦隊と同じく魔力による長距離航行が可能であり、漁獲量は飛躍的に上昇したのだ」


 俺たちもよく見知った港町の風景。埠頭には船がたくさん並び、漁業を生業とする人々でごった返している。そこまでは俺たちと国と同じだ。

 しかし明らかに違う点がある。それは、船と同じく街の建物も近代化されているということだ。煉瓦造りや木造の建築物はほとんどなく、それそのものかは分からないがコンクリート製と見られる建物や、中には一面や全面ガラス張りの建物までもがある。これは、ただ単に建築素材に関する技術が向上しただけではなく、建築工学や技術までもが同時に発展していったからこそのモノだろう。


 この街にはそこまで高い建物はないものの、この分だとそのうち高層ビルだって登場してもおかしくない。俺たちとポーソリアルの間には、一体どこまで技術力の差があるのだ?


「ううむ、取り敢えずは……うん、あそこでいいかな」


 マリネさんは、街にある大きな広場を指差す。人々の憩いの場になのであろう、その周辺は住宅街となっているらしく高い建物が全くない。そのゆえにドラゴンたちが降りやすいのだ。


「イアちゃん、ルビちゃん、エンドラ様、ひとまずお願いします」


「<はいっ>」


「<ラジャなのじゃ!>」


「<うむ。皆、気をつけるのだ、既に我々に対する警戒が強くなっている。だがわかっているとは思うが、こちらからは一切手出しをしてはダメだ。あくまでも和平交渉の使者なのだからな>」


「ええ、心得ていますよ」


 エンドラの指摘の通り、俺たちが接近していることに気づいた人々が慌てふためいている様子が見える。まあこれは仕方がない、少なくとも首都に乗り込むよりは格段にマシなはずだ。


「何者だ!」


「武装を解除しろ、急げ!」


「むっ? あ、あれは、まさかっ!」


 街の警備隊なのだろう、武装した集団が広場に一気に集まって来、俺達の周りを取り囲む。既に数百人ほどいるだろうか、かなり警戒されている様子だ。広場は立地的にも街の中心地に近く、人が集まりやすいのかもしれない。


 そしてその中の何人かが、ドラゴンの背中から降りたマリネさんに気がつく。


「皆のもの、静まれ! 私はマリネ=ワイス=アンダネト。知っての通り、アンダネト大統領の実娘である!」


 率先して前に出て、兵たちを宥めてくれる。相手も困惑しているものの、少しずつ落ち着いてきたようだ。今度は逆に、なぜこんな登場の仕方をしたのか怪しまれているようだ。


「一体何事だ! むっ、まさか、マリネ司令官では?」


 そしてその中から一人、格好が違う女性兵士が前に出てくる。

 お偉いさんの着るものであろう軍服を見に纏い、お付きの護衛らしき兵も引き連れていることから、ただの隊長などとは違うようだ。


「おお、貴方は確か……シャキラ参謀! どうしてこんなところに?」


「あっ……覚えていてくださったのですね、マリネ様!」


「あ、ああ。ってなんか距離が近くないか!?」


「そんなことありませんわ、私は再会の喜びを分かち合いとうだけでございます!」


 シャキラ参謀と呼ばれた女性は。長い金髪をたなびかせ、マリネさんの両手を取っていわゆる恋人つなぎをしている。しかもやたらと近く、胸と胸が押しつぶされるくらいの距離だ。そりゃあマリネさんも驚くわな。

 でもこれってもしかして……そういうこと?


「お、おい、やめろ! ったく、昔から変わっていないなあシャキラは……」


「うふふ、私は今も昔も、変わらずマリネ様のことをお慕い申しておりますわ!」


 目の中にハートが浮かんでいそうなくらいの勢いでマリネさんに抱きついた参謀は、すぐさまその相手から手で押し退けられている。しかしそれでも全く懲りないようで、きゃるんっと小躍りの効果音がなりそうなほどのホワホワした雰囲気だ。


「こ、こほん。それでだな、少し話があるのだが、いいか?」


「おおおお話ですか!? それってまさかまさかの」


「ああ、そうだ、まさかの和平交渉だ」


「こくは……和平? 和平とはそれはつまり」


「ああ。我が国は、敗北した」


「敗北? うふふ、全くマリネ様ったら、冗談がお上手なのですから」


 周りの兵や状況を見守る住民たちがザワザワと騒ぎ出す。中には既に泣いてしまっている者までいる。


「冗談ではない。あのドラゴンたちとその隣にいる使者たちが証拠だ。我々は、負けたのだ。総勢二十万の軍勢は一度は快進撃を見せたものの、その後圧倒的な力によって押し潰されてしまった。これが唯一無二の真実だ。そこで早速で済まないが、首都へ交渉に関する伝達事項をしたいのだが」


「あり得ません……」


「え?」


 マリネさんが淡々と話を進めていると。シャキラ参謀の様子がおかしくなる。俯き、両手を握ってブルブルと震えだしたのだ。そして。


「あり得ませんわっ!! 我が国が、負けるなどと! 私はっ! 認められません!!」


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