第205話

 

 マリネさんが何度も説明したのだが、それでもシャキラ参謀は納得せず怒り心頭といった態度のまま去って行ってしまった。しかし、俺たちも大統領府(ファストリアでいう王城だ)へのアポイントメントを取り付けなければならない。


「マリネさん、参謀さんのことはともかくこの街の領主様に会ってみてはいかがですか? このままオタオタしていても時間がもったいないだけだと思います」


 イアちゃんが言う。ポーソリアルの兵たちは、特にドラゴンズに脅威を感じているらしく、遠巻きにこちらを眺めるばかりだ。なので今すぐこの場で本土決戦なんて事態にはならなさそうなのは安心できる。


「うむ、そうだな……しかし、シャキラの奴。国のことを想うのはとても嬉しいことではあるが、軍人として状況を冷静に判断する必要があるとは思わないのか? しかも彼女は参謀、軍の作戦計画や指揮系統の調整を担う重要な役職だ。判断力を失ってしまえば、それは軍や国民の命を危険に晒すことと同義。あのまま放っておけばやけになって戦争継続を強く打診する可能性もあることから、やはり今一度説得もしておきたいところだ」


 少しだけの接触ではあったものの、シャキラ参謀はマリネさんのことを強く慕っていることが伺い知れた。そんな大事な友人が負けを認めみすみす母国の地を踏んだことに対して思うところがあるのかも知れない。

 俺たちが一緒にいる以上、心の底から負けていないと信じ切るのは難しいだろう。あの人がよほどの狂愛国者で、国民全員が死ぬまでそれは負けではない! とか言い出すタイプだとまた話が違ってはくるが、マリネさんの口ぶりからは少なくともそのような危ない思想の持ち主ではないはずだ。ならば、もっと他のところに意固地になっている原因があるはず……


「あの女のことはともかく、ここはサファイアの言う通りじゃろう。ここは敵地、出来るだけ一塊に動いた方が各個撃破される心配も減る。しかしもう一方で、何かあったときに外から強襲できる勢力を維持しておくことも必要じゃ。というわけでまずはこの場で二手に分かれ、その後領主のところへ向かおう」


「はい」


「うむ」


 そうしてエンドラの後押しもあり、広場に駐留するのと二グループに別れた後、ここ漁港都市フィッシャリンの市長宅へ向かう。因みに俺は市長宅グループだ。


 降り立った広場の立地もあって市長の館へはすぐにつき、当然ながら俺たちが来たことがあらかじめ伝えられていたのだろう、マリネさんの名前を出したらアポもすぐに通った。

 そしてその中の一室で待つこと数分、一人の男性が使用人を連れて現れた。


「これはこれは、マリネ司令官殿。お初にお目にかかります、市長のカルパーチョと申します」


「カルパーチョ市長、煩わせてすまない。至急頼みたい事項があって呼び出させてもらった」


「はい、なんなりと」


 やってきたのは、黄色をベースとしたチェックの柄物スーツを着た低身長で小太りのおっさんだ。四十代だろうか、汗をかきつつ荒い息を吐いていて申し訳ないが率直にいえば不快だ。しかもどうやっているのか、左右の髪の毛を角のように天に向けて剃り尖らせておりそれ以外の部分はツルピカだ。市長はフウと大きく息を吐きながら、ソファにどかりと腰掛けた。その髪型と体格のせいで動きがいちいちコミカルなのがまだ救いか?


 ……ちなみにこれは後から聞いた話だが、今はポーソリアル共和国全土が戦時体制。『中央地方(俺たちでいう五大陸をここではそう呼ぶらしい)出征』に加え、魔王軍との戦いは終わったものの、俺たちの所同様狩り逸れともいうべきヤツらがまだまだあちこちに存在しているというのもあり、軍部の発言力が高まっている。また、マリネさんも今回の遠征の総大将というのもあり要請に応じなければ市長としてのメンツが色々やばいらしく、すぐにやった来てくれたようだ。


「簡潔に述べよう。この者たちは和平交渉の使者。中央大陸を統べる大国ファストリア王国からやってきた。彼らの意志は関係国の総意だと思ってもらいたい」


「どうも、ヴァン=ナイティスと申します。この度は、我が国の国王陛下からの勅命を賜り、貴国との交渉の代表としてこの地へやってまいりました。正式な使者ですが事情がありまして先遣を出せなかった故、大統領府との面識が取れておりません。ですので混乱を避けるためこの街から遣いを出し、返事が来るまでのその間滞在させていただきたいのですが」


「使者? 和平交渉ということは……我が国は勝ったので!?」


 市長は敵国の代表がいるにもかかわらずそんなことを言い出す。場の空気とか読めないのかこの人? 普通なら国際問題だぞおい。まあ俺たちも俺たちで今更いえた口でもないかもしれないけどな。


「いいや、残念ながらその逆だ。我が国の戦力は全滅と言っていいほどの壊滅状態。そして当の私も捕虜となってしまったのだ。今ここにいるのはあくまでも人道的配慮及び交渉材料としてに過ぎない。ふっ、矛盾しているだろうな」


「負け……負け!?」


 市長は驚きを強くする。信じられないといった表情だ。


「そんなまさか、何かのご冗談でハハハ」


「冗談などではないっ!!!」


「ヒッ」


 館の主の対面に座る交渉材料さんが、その主の笑い声を遮るように大声を出す。


「市長、これは歴とした事実だ。我が国は現在、窮地に立たされている。彼ら彼女らが本気を出せば、たちまちにこの街は火の海と化すだろう。それだけではない、この国全土が、いや、この大陸全土が消し飛ぶ目にあってもおかしくないのだ! それだけの戦力を彼らは有していた。我々が未開の部族などと侮って小突いた敵は、眠れる獅子ならぬ眠れる竜だったのだっ」


 文字通りの存在がここにイアちゃんいっぴきいますけどね。


「今すぐの報復行為に遭わないだけでもまだ僥倖だ。交渉の余地があるということはその分我が国がこれ以上の被害を出さずに済むということ。わかったら、さっさと連絡を取ってきてもらいたい! 頼めるなっ?!」


「は、はひぃ!!」


 市長はソファから飛び上がると、ペコペコと頭を下げ情けない声を上げながら部屋から退出した。


「……ふう、疲れるな全く」


「ありがとうございます、マリネさん。今の会話もわざとだったんですよね多分」


「ん? さあ、どうかな」


 マリネさんは今さっきまでとは全く違う落ち着き払った様子でそうしらける。


「はあ、でもマリネさんもこれから大変ですね。今ので完全に、敵国に捕らえられた情けない司令官という噂が出回ることになるでしょうし」


「仕方ない。私の名誉を捨てることによって国民の命が救われるのならば何も不満はない」


 エンデリシェがいう。が、マリネさんは本人が言うようにそんなこと微塵も気にならないといった態度だ。


「どこまでも、共和国のことを大切に思っていらっしゃるのですね」


「ああ。大事なのは国民の犠牲の上に成り立つ個人の名誉などではなく、国民一人一人が集まって作られた国家だ。そしてその国家という称号は当然、国民がいなければ何の意味にもならない…………お父様も昔はそれなりの信念をもった政治家だったのに、どうしてああなってしまわれたのか」


 今回の戦争に関して、ポーソリアルは色々と黒いことをしていたと聞く。彼女やあの髪長女の尋問で情報を引き出せているが、それがこれからの和平交渉でどう作用するのか。下手に藪を突けば蛇が飛び出す危険性もあるわけだし。ううーん、舵取りが難しいなこりゃ。


 そうしてしばらくして市長が返ってきた後、俺たちは一度館を去ることにした。






 ★


 ……一方その頃、大統領府執務室にて


「はい、はい……そうですか、はい。わかりました、ではまた後ほど」


「どうだ?」


「ええ、プレジデント。やはり本物のようです」


「そうか、マリネめ、失敗したか……まあ、それはいい」


 スキンヘッドの巨漢は、重厚な造りの椅子から立ち上がると、後手に手を組み陽の光が差し込む真っ白なカーテンの隙間から窓の外を眺める。


「ふふ、さて、どう処分するか」



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